第四話 互いの関係
翌日。光の月2日。
あたし――スペリオル聖王国の第二王女、ミーティア・ラン・ディ・スペリオルは、昼食を終え、王宮内にある自分の部屋で考え事に没頭していた。内容は昨日会ったアスロックと、彼の持ってくるであろう『火の解読書』のこと。
…………。まあ、彼には『ミーティア・パイル・ユニオン』と名乗ったけれど、あれは言うまでもなく偽名。いや、あそこで本名を出したら、いくら相手がアスロックであっても、あたしがこの国の王女だと気づかれただろうし、気づかれて畏まった態度をとられたくはなかったしで……。……そ、それに、ユニオン王国の王族の血を引いているというのも嘘ではないから、その、ごにょごにょ……。
一体なにに対してしているのか、自分でもよくわからない言い訳を心の中でしながら、イスに腰かけたまま、正面にある大きな鏡に映る緑色のドレスを身にまとった自分とにらめっこすること、数秒。
――コン、コン。
あたしの部屋の扉が軽くノックされた。
「どうぞ~」
腰の辺りまであるオレンジ色の髪を軽くわしゃわしゃ~っとやりながら、あたしは極めてゆる~く返した。謁見者や重要な客人、あとお父さまの前では丁寧な言葉を使うし、一人称も『私』に直すが、しかし、あたしの性格上、普段からそんな言葉遣いはしていられない。……肩が凝って仕方ないから。
扉を開き、腰まである黒い髪を揺らしながら入ってきたのは、青いドレスに身を包んだ線の細い美人だった。あたしの姉であるこの国の第一王女、セレナ・キル・ソルト・スペリオル。19歳。
「――あ、お姉ちゃん。わざわざどうしたの?」
「お父さまに頼まれて、ね。ミーティアを呼んでこいって」
「お父さまが呼んでる? ……あ~、もしかして、まだ怒ってるの? 昨日のこと。駄目ねぇ~。あの程度のこと、笑って許せるようにならないと」
イスから立ち上がり、両手を広げて「やれやれ」とやるあたしに、お姉ちゃんが嘆息する。……むぅ、まるであたしの感覚に問題があるかのような反応を……。
「昨日のことは、お父さまが怒るのも当然だと思うけれど……」
『昨日のこと』というのは、まあ、あれのことだ。新年早々、『家出』したこと。『その日のうちに戻ります』と書置きしておいたというのに、お父さまは『よりにもよって、新年一日目に断りもなく外出するとは』とカンカンに怒っていた。
しかしやはり、そんなに怒るほどのことかなぁ、とあたしは思ってしまう。なぜなら。
「あたしが居なくたって、お姉ちゃんが居るんだから問題ないと思ったんだけどなぁ……」
「お父さまとしてはやっぱり、『実の娘』に居てほしかったんでしょう」
その言葉にあたしは複雑な気持ちになってしまう。しかし、お姉ちゃんに他意はなかったのだろう、ちょっとだけボサボサになっているあたしの髪が気になったのか、「ほら、座って。髪、梳かしてあげるから」と、その青い瞳に穏やかな色を宿したままで櫛を手にする。あたしも大人しくそれに従い、イスに改めて腰かけた。
「『実の娘』に、ねぇ。あのお父さまがそんなこと、思うかなぁ……」
「思うわよ、きっと。血が繋がっているかどうかというのは、やっぱり重要なことだと思うし、それに私は種族すら違うわけだしね」
サラッと言うお姉ちゃんに、当然、あたしの複雑な気持ちは強まった。自然、お姉ちゃんの耳に視線をやってしまう。その明らかに人間のものではない、『尖った耳』に。
そう。お姉ちゃんは人間ではない。人間を遥かに超える魔力と、永遠にも等しい時間を生きる『エルフ』と呼ばれる存在だ。
これは書物で読んだことだけれど、なんでもエルフは20歳になると、その容姿のままで見た目の成長が止まるらしい。まあ、もちろん個人差はあるのだろうけれど。
ちなみに、お姉ちゃんは今月の34日で20歳になる。当然、お姉ちゃんの肉体的成長も、あと1年と経たないうちに止まることになるのだろう。正直、ちょっとだけ羨ましかったりもするけれど、でも、いずれは見た目と精神の年齢が一致しなくなるのだという未来を考えると、やっぱり肉体的にも成長し続ける――というか、老化していくほうが幸せなのでは、とも思う。
「――はい、これでよし」
あたしの髪を梳かし終え、お姉ちゃんは満足げにそうつぶやいた。あたしはなんとはなしに毛先をくるくるといじる。この髪型でいることを周囲から望まれていることはわかっているし、だからこそあたしもこの髪型をデフォルトにしているのだけれど、やっぱり、どうもあたしの性格には合わない。大体、なんで皆、ポニーテールは駄目だと口を揃えて言うのだろう。動きやすいうえに髪も長く保っておけるというのに。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん。そういえば、なんでお父さまが呼んでるの?」
イスから立ち上がり、部屋を出ると同時に尋ねる。まあ、小言を言うのが目的でないのなら、呼ばれる理由なんて大体限られてくるわけだけど。
「ええ、それがね――」
「待って! 当ててみせる! ――謁見者でも来るんでしょ? 今日。それもただの謁見者じゃなくて、ちゃんと客としてもてなす必要のある類の人が!」
「……勘がいいわね、ミーティア」
いやいや、これは勘だけで当てられるものじゃないと思うよ? お姉ちゃん。
「そう。今日は大事なお客さまが見えるそうなのよ。――あ、ミーティア、お客さまの前では言葉遣い、ちゃんとしてね」
「わかってるって」
「じゃあ、いまから――」
「やだ。どうしてお姉ちゃんにまで堅っ苦しい言葉使わなきゃいけないのよ。いつも言葉遣いには気をつけてるんだから、心配はいらないでしょ?」
「……まあ、それはそうね。で、そのお客さまのことだけど、なんでもガルス帝国からの使いの方らしくて」
「ふうん。男の人?」
「ええ。……ミーティア、そういうの気になるお年頃?」
「違うって……」
イタズラっぽく微笑むお姉ちゃんに、あたしはげんなりと返した。
そう、断じて違う。あたしが気になっているのは彼自身ではなく、彼の持ってくるであろう『火の解読書』だ。……そういえば、あいつ、宿屋に忘れてこなきゃいいけど……。
あの場で彼に言うことはしなかったけれど、彼の役割は実はとても危険なものである。いや、ちょっと違う。危険になるよう、仕組んだ存在がいる、というべきか。
アスロックは言った。闇の解読書が紛失したから、火の解読書を持ってくることになったのだ、と。でも、それはおかしい。なんというか、動機になっていないのだ。
6つの解読書を揃えないと『聖本』のすべての内容を読むことはできない。それゆえに各国は解読書を保管し、他国には絶対に渡らないようにした。それは当然のことだ。『聖本』には、あるいは広範囲に渡って破壊を撒き散らすような高度な魔術の詠唱文の記述があるかもしれない。実際、あたしも『聖本』に載っている『界王』という存在の力を借りた術の研究をしているのだし。
しかし、だからこそ。ガルス帝国の行動に納得がいかない。だって、闇の書がなくなったからといって、「もうどうでもいいや」と、まるでヤケになったかのように火の書まで手放せるものだろうか? 他の解読書をすべてスペリオル聖王国が手に入れても、火の書だけでも保管しておけば『聖本』の完全解読は阻止できるというのに。
そこには目を瞑るとしても。
本当に火の書をこの国に届けさせることが目的だったとしても、やっぱり疑問は残る。
そう。『なぜアスロックに『刻の扉』を使わせなかったのか』という疑問が。
この疑問の解は、むしろ多すぎて特定できない。ガルス帝国にとってアスロックが邪魔な存在だったから、『使い』として送ることで彼を国外から出したかったのかもしれないし、この可能性は無いに等しいだろうけど、ガルス・シティの『刻の扉』が使用不可能な状態になっているのかもしれない。
あるいは、もしかしたら本当にヤケになって、紛失させることが――この国にたどり着けず、旅先で野垂れ死にさせるつもりでアスロックに火の書を持たせたのかもしれない。……実際、彼はかなりの方向オンチなようだし、こうして無事に火の書が届くだなんて、ガルス帝国の王宮の人間たちは思っていなかったのではないだろうか。
なんにせよ、いま挙げたどの説をとるにしても、なんだかきな臭い事情がある気がする。そう、アスロックがのこのことガルス帝国に帰ったらマズいことになるのではないだろうか、という気がするのだ。
まあ、それはアスロックの問題であって、あたしが案じることじゃない、と言われてしまえばそれまでなのだけれど。
そんな深刻なのかそうでもないのか微妙なことに思考を巡らせているうちに、謁見の間に入るための扉が見えてきた。謁見者は正面から入るけれど、あたしたち――王宮に住む人間はそこから入るわけじゃない。ちゃんと数ヶ所、裏口のようなものがある。何ヶ所もあるのは、この王宮に攻め入られた際に逃げるルートを複数確保する必要があるからだ。いや、本当に余談だけれど。
そんな裏口のひとつからお姉ちゃんと共に謁見の間に入ると、視界に2人の人間の姿が目に入った。40代前半の男性――お父さまが玉座に、この国の兵士を束ねる聖将軍シャズールがその傍らに控えている。
本来なら、他の国で言うところの宮廷魔道士――聖魔道士も居るべきだというのに、ここ数年はその役割を完全にシャズールひとりが請け負ってしまっている。彼もまた40代前半。火の魔力が込められているフレア・アーマーの赤が目に痛いったらありゃしない。
「――お待たせいたしました、お父さま」
髪を揺らし、あたしは普段の自分からは想像もつかないくらい優雅に礼をする。正直、やってから自分のあまりの『らしくなさ』にちょっとだけ鳥肌が立った。
「……遅かったな」
どこか不機嫌そうにその黒い瞳を細めて、お父さまが低い声で言う。無言でお辞儀をしたお姉ちゃんのことは完全に無視して。……まだ昨日のことを怒っているのだろうか。少なくとも『昨日は娘が居なくて寂しかったよぉー』などとは間違っても思っていないだろう。そんなことを思っている人間のとる態度じゃないし。
デュラハン・フォト・バース・スペリオル。それがあたしたちのお父さま――スペリオル九世の名である。男性の王族が纏う白い服に、瞳と同じく黒い髪。しかしそのあごひげと繋がっている髪にはうっすらと白髪が混じり始めている。まあ、苦労が多いのだろう。国王なんてやっていると。
そんなお父さまとは、お姉ちゃんはもちろん、あたしも似ていない。というのも、あたしはお母さま似で、実際、オレンジ色の髪も緑の瞳も、そして実年齢よりも少しばかり幼く見られてしまうところまで、いまは亡きお母さまそっくりだったりするそうなのだ。
ちなみに、あたしもお姉ちゃんもそうだが、お父さまは腰に護身用のダガーをさしている。本当に護身のことを第一に考えるのならエアナイフをさしておくべきだと思うのだけれど、なんでもダガーのほうが王族としての威厳が出るらしい。威厳よりも実用性を第一に考えるあたしにはちょっと理解できない思考だった。
やれやれと頭を掻こうとし、しかし、おっといけないと手を引っ込める。お父さまの前であるということと、これから謁見者が来るという手前があったからだ。まあ、来る謁見者はアスロックなのだろうけど。
それにしても、やっぱり王女という立場は面倒だと思う。常に淑やかに、礼儀正しくあることを求められるし、教養も身につけなければならないし、勝手に髪型を変えることは、まあ、許されていないわけじゃないけど、それでもやっぱり周囲からいい目では見られないし。本当、気軽に嘆息も出来やしない。
他にも嫌いな人間にだって愛想笑いしなきゃいけないし、とあたしはいけ好かないこの国の聖将軍に目をやった。
銀の長髪に血のように毒々しい赤い瞳。王族以外は誰であろうと帯剣してはいけないはずの謁見の間で、しかし、お父さまに特別に許されているため、腰にエアブレードをさしている。
……なんとなくわかるとは思うけど、あたしはこいつが嫌いだ。なんというか、わけもなく人を見下す、その態度が嫌い。しかもその『人』にはあたしやお姉ちゃん、ときにはお父さままでが含まれるときすらあって。
そんなこいつが、さっそくあたしを見下すような態度で言ってくる。
「確かに遅かったですな。すでにセレナさまから聞いていらっしゃると思いますが、今日はこの国にとって重要な客人がお見えになるのです。昨日のこともそうですが、ミーティアさまの不在は――」
「あー、うるさいうるさい。ちゃんと間に合ったんだからいいでしょ。で、誰が来るの?」
嫌いだからなのか、どうにもこいつにはつい『素』で返してしまう。すると案の定、お父さまから叱責が飛んできた。
「――ミーティア。王女としてなってないにも程があるぞ」
「…………。はい、すみません。お父さま。それで、本日お見えになるお客さまはまだなのでしょうか?」
「そろそろ、だと思うのだがな……」
珍しく、少し狼狽した様子を見せるお父さま。……ふむ、これは、ひょっとすると街で迷ってるのかな、アスロックのやつ。
しかし、こうなるとなかなかに暇になる。
「――そういえばお姉ちゃん。ドローアはまだ帰ってきてないの?」
「え? ええ。まだフロート公国に行ったままね。もうそろそろ帰ってくる頃だとは思うけど。――そうね、今頃はラット・シティあたりまで来ているんじゃないかしら」
ドローアはちょっとした用事があって、先月、フロート公国に向かった。彼女はあたしよりひとつ年上なだけなこともあって、幼馴染みであり、親友のようなものだ。少なくともあたしはそう思っている。なので正直、居てくれないと息苦しくて仕方がない。いや、この場合は『生き苦しい』とでも言うべきか。
「早く帰ってきてくれないかなぁ……」
そうつぶやいたときだった。兵士がひとり、正面の扉から赤絨毯の上を歩いてやってくる。そしてお父さまとシャズールに小声で報告。その様子からするに、謁見者――アスロックが到着したのだろう。
いきなり謁見者に入ってこられたら、こちらとしてはすごく困る。いつやってくるかわからない謁見者を延々と待つのは肉体的にも精神的にもきついし、緊張が緩んであくびを漏らした瞬間に入ってこられようものなら、王族の威厳なんて一瞬にして消し飛んでしまう。なので、前もってこうして兵士が謁見者の到着を報せにくるという仕組みになっているのだ。
さてさて、彼はあたしを見て、果たしてどんな反応をするだろうか。そんなことをあたしは少しだけ憂鬱に考える。
ややあって。
謁見者が正面の扉をくぐり、姿を現した。
髪は黒く、ちょっと寝癖っぽく散らしてある。まさか王宮に寝癖で来るとも思えないから、元からこういう髪型なのだろう。
無駄なく筋肉のついた――しかし、見る者に威圧感を与えることは決してない身体に身につけられているのは、長旅で少し薄汚れたのであろう銀色の鎧とショルダー・ガード。脚にはぴったりとした黒いズボン。
そして、髪を下ろしたあたしを見てのことなのだろうか、彼のダーク・ブラウンの瞳はこれでもかというほどに大きく見開かれていた。そのままきょろきょろと周囲を見回しているのは、うん、謁見の間の広さに圧倒されてのことだろう。
腰にエアブレードこそ提げていないが、目の前の謁見者はやはり昨日街で会った青年、アスロック・ウル・アトールその人だった。
その彼は一通り周囲を見渡し終えると、玉座へと伸びる赤絨毯の上を、その足裏に伝わる感触を楽しむような表情を浮かべて進んでくる。……緊張の色がまったく見えないあたり、彼、けっこう大物なのかもしれない。いや、こういうタイプの人間は大抵、紙一重の馬鹿だったりするのだけれど。
数歩、足を進め、そこで立ち止まりお父さま――スペリオル九世の前で恭しくお辞儀する……かと思いきや。
「――あれ? どこかで見たようなと思ったら、ミーティアじゃないか。どうしたんだ? 髪なんて下ろして。言っちゃ悪いとは思うが、似合ってないぞ」
朗らかにあたしに向かって話しかけてくるアスロック。……いや、悪いと思うのなら言うのよしなさいよ、そういうことは。
いや、それよりも。普通、こういう場所でタメ口で話しかけてくるか?
あたしは心の中で深く嘆息しながらも、表面上は上品な笑顔を浮かべて応対する。
「昨日はお世話になりました。そのお礼の意味も含め、スペリオル聖王国はあなたを歓迎させていただきます。――ところで、本日はどのようなご用件でお父さまに謁見を申し込まれたのです?」
回りくどく言ってはいるが、その内容は結局のところ『謁見を申し込んだ以上、まずは国王と話してくれ』と促したに過ぎない。しかしアスロックはそれを読み取ることができなかったらしく、「うえっ」と腰を引き、船酔いでもしたかのような表情で尋ねてきた。
「お前、そういうキャラだったっけ? なんか、気持ち悪いぞ……」
とりあえず、一国の姫君に向かってそういうことを言うべきではないと思う。……まあ、あたし自身、内心では気持ち悪いと思っているので、そのあたりは彼とまったく同意見なのだけれど。
少しばかり脱力しながらも、しかし場が場であるため、あたしは丁寧な口調を崩さずに返す。
「お気になさらないでください。それよりも本日はどのようなご用件で謁見を?」
「いや、それはお前だって知っているだろ? ほら、昨日見せたあの本のことだよ」
そんなことは言われるまでもなく知っている。というか、謁見の内容は昨日、彼が王城に謁見の申し込みをしに来たときに、ちゃんと兵士に伝えてあって、それは当然、お父さまの耳にも届いているのだ。
しかし、それでも通過儀礼というかなんというか、謁見者は必ず国王に改めて謁見の内容を話すものである。別にそうしなければならないという決まりはないけれど、それはもはや、謁見者にとっては暗黙の了解となっている。それはガルス帝国の王宮であっても変わらないはず。
いい加減じれったくなり、あたしが拳をプルプルと震わせていると、彼はなにを思ったのか怪訝そうな表情を浮かべて訊いてきた。
「……お前、ミーティアだよな? えっと、もしかして似ているだけの別人だったり……?」
なんでそんな発想が出てくるのだろう。つい先ほど『昨日はお世話になりました』と言ったというのに。
と、さすがに見かねたのだろう。あたしの隣に黙して立っていたお姉ちゃんが口を開いた。
「いえ、間違いなく同一人物ですよ。昨日はミーティア、国民の前で挨拶するのが嫌だったのか、王宮を抜け出してしまいまして。本当、アスロックさんにはご迷惑をおかけしました。――申し遅れました。私はミーティアの姉で、この国の第一王女であるセレナ・キル・ソルト・スペリオルと申します」
そうして優雅に一礼。むぅ、あたしがやっても気持ち悪いだけだというのに、お姉ちゃんがやると妙に様になるなぁ……。
アスロックもアスロックで驚いたように目を瞬かせると、お姉ちゃんには丁寧に返した。
「……あ、えっと、初めまして。アスロック・ウル・アトールです。――しかし、そっかぁ。それは確かにミーティアらしい……」
そこまで口にして、アスロックの動きが止まる。しかし、王宮から抜け出すのを『ミーティアらしい』って……。本当に失礼なやつだなぁ、こいつ。
「…………。あれ? じゃあ、ミーティアってスペリオル聖王国の王女なのか?」
再度あたしに投げかけられる問い。そうか。彼、あたしが王女だとまだ気づいていなかったからタメ口全開だったのか……。
これからは丁寧な言葉に切り替えてくるだろうと、少し憂鬱な心持ちになりながらあたしは首肯した。
「はい。そういえば、まだ自己紹介もしていませんでしたね。――スペリオル聖王国の第二王女、ミーティア・ラン・ディ・スペリオルと申します」
「ミーティア・ラン・ディ……。でも昨日は――」
「お忍びで街に出ていましたので、失礼とは思いましたが、偽名を」
「偽名……。つまり、嘘をついていたってわけか。駄目じゃないか。嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ」
……あれ?
「申し訳ありません」
「……ところで、ミーティア。その口調、なんとかならないのか? 正直、らしくないというか……」
……あれれ?
「そう仰られましても、これが私の普段の口調ですから」
「そうか? おれはどっちかっていうと、昨日のミーティアのほうが『素』っぽい感じがするんだけどな……。お前が自分のことを『私』って言うと違和感すごいし」
……う、う~ん……。見抜かれてるなぁ、なんか。それに、一向に口調が変わらない……?
「それとだな、丁寧なお前の謝罪は、なんというか、心が篭もっていない感じがするぞ。とりあえず謝っとけばいいだろう、みたいな印象を受けるというか、な」
偽名を使ったのはともかく、ユニオンの王族の末裔だというのは嘘ではないんだけどなぁ……。でもこの口調だと弁解も難しいし……。
「まさか、王族なら嘘をついても物を盗んでも罪には問われないと思っているわけでもないだろう?」
……いや、というか。
「あんた、ちょっとは畏まれえぇぇぇぇっ!!」
「畏まってほしかったら、謝罪くらいちゃんとできるようになれよ。――しかし、やっぱりそっちのほうがミーティアらしいぞ。うん」
「ちょっと! あたしに代わってあたしの『らしさ』を決めないでよ! ……いやまあ、否定はしないけど!
というかねえ、確かに偽名を使ったのは悪いと思うけど、ユニオンの王族の血を引いているっていうのは本当のことなんだからね! いい!? スペリオル一世の妻は当時のユニオン王国の第一王女で――」
根負け、とでもいうのだろうか。
あたしが王族だと知ってもなお、昨日と変わらない態度をとるアスロックに、あたしはついつい『スペリオル聖王国の第二王女』という仮面をかなぐり捨てて『素』の自分をさらけ出し、彼に食ってかかってしまったのだった。
……謁見の間で、それも謁見者に対して『素』の自分を出せたことや、アスロックがあたしに変わらない態度で接してくれたことが実はすごく嬉しかったりもしたのだけれど。
まあ、それはそれ、ということで。