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第一話 物語のはじまり

 ああ、また年が明けちまったなぁ、と。


 目の前に広がる立派な町並みを眺めながら、おれは呆れと達観、そして安堵が混ざり合った息をついた。


 ガルス・シティを発ってから3年弱。長い旅路の果てにようやく辿り着いたこの街の名はスペリオル・シティ。スペリオル聖王国の王都である。


 今年は蒼き惑星ラズライト歴1902年。そして今日は光の月1日。……うん、昨日は蒼き惑星歴1901年の闇の月60日だったから間違いない。


 さて、宿屋でも探すか、とおれは寝癖がついたままになっている短髪の黒髪を掻きながら、一歩、足を踏み出した。まだ昼を少し過ぎたばかりなので焦る必要はないが、それでも宿は早めに抑えておいたほうがいいに決まっている。特に、おれの場合は。


 だって。


 あまり認めたくはないけれど、おれは重度の方向オンチなのだから……。





「…………。はぁ……」


 ああ、迷ったなぁ。5分と経たずに迷ったなぁ……。ああ、これだから広い街ってのは……。


 とりあえず、高台にある城を目印に街の入り口まで戻ることにする。ちなみに周囲は完全に住宅街。城下町だというのに、やけに質素な造りの家が目立った。


「まあ、王都に住んでいる人間が全員金持ちなわけじゃないってことだよな」


 特に感傷的になることもなく、ただ、なんとなくつぶやいてみた。一人でいると自然、独り言が多くなるのだ。


「とにかく宿屋だ、宿屋。メシ屋を兼ねている宿屋。腹が減って仕方なくなってきた……」


 それからいくらか歩き回り、なんとか大通りに出る。


「いらっしゃい! いらっしゃい!」


「さあさあ、お立ち合い! こちらの闘士の繰り出す、紅球烈蹴波こうきゅうれっしゅうはによるリフティング、見なきゃ損だよ!」


「おや、そこのお人。絞りたてのジュースはいかがかな?」


「…………」


 すごい活気だ。さすが王都だけのことはある。いや、今日が新年一日目だからこの活気なのだろうか。どちらにせよ、正直、気圧された。


 というか、おれはこの活気に気づくことなく、質素な家が並ぶ住宅街に迷い込んでいたのか……。


「お、兄さん。いま、うちの用意した闘士と試合して勝てたら賞金1000リーラ、という催し物をやっているんだが、どうだい? ちょっと挑戦していかないかい?」


「え? あー、いや、おれは――」 


 断ろうとした瞬間。


爆炎乱舞クラッカー・ボム!」


 まだ若い少女の声と、連続する爆発音が、耳に届いてきた! 爆発が起きている場所は、おれを誘ってきていた男の背後に出来ている人だかりの中からか!?


「うわあぁぁぁっ!?」 


 少し遅れて、男の悲鳴も聞こえてきた。何事かと思わず人だかりの中へと入っていくと、そこには<爆炎乱舞クラッカー・ボム>によって生じたのであろう、いまなお続いている小爆発と、それから逃げまどっている中年男性、そして、それを見ながら呆れたように肩をすくめて「やれやれ」などとこぼしている少女の姿。


 少女の年齢は、大体13歳といったところだろうか。顔立ちは、かなり可愛い部類に入るだろう。もっともいまは、隠そうともしていない呆れの色がその緑色の瞳にあるためか、少々小憎たらしい印象を受けるが。

 服装は赤い貫頭衣かんとういに黒のズボンと、簡素ではあるが質のよさそうなものを身にまとっている。


 その少女が小爆発が収まると同時に中年男性へと駆けた。オレンジ色の長いポニーテールをなびかせながら。

 彼女の右手は両腰にそれぞれ一本ずつ提げているエアナイフのうち、左腰のほうへと伸びており、怯んでいる男にそれで斬りつけしようとしていることは明らか。


 止めに入るべきか? いや、でもこれはここの見世物――おそらくは賞金をかけた試合のはずだよな? なら下手に止めに入るのはマズいか?

 しかし、彼女の獲物は風の魔力をまとわせて切れ味を高めてあるエアナイフ。少女にその気があれば――いや、場合によってはその気がなくとも男を殺してしまいかねない。


 それが、おれの故郷で行われていた『とある訓練』を思いださせた。


 おれの故郷、それはガルス帝国首都、ガルス・シティ。

 そこでは優秀な――死を恐れない戦士を育てるため、『相手を殺してもかまわない戦闘訓練』が当たり前のように存在していた。

 死を恐れない、というのは、あらゆる意味で、だ。自分の死はもちろん、相手を殺してもかまわないというルールを設けることによって、人を殺すという行為に疑問や罪悪感を覚えないようにする、という。そんな、最低で最悪な戦闘訓練。


 もちろん、それを鵜呑みにして、訓練中に本当に人を殺していた奴はごく少数ではあったけれど。それでも『少数は嬉々として殺していた』というのも、また、事実で。


 そんな光景が、目の前のそれと重なる。


 おれは。


 少女が間を詰めきる前に彼女のほうへと向かっていった。ほとんど反射的に。深く考えることなく。だって、おれにはその戦闘訓練で間違って人を殺してしまい、苦悩していた『親友』がいたから――。


「おい! ちょっと待――」


「――ふっ!」


「げぐっ!?」


 ……いや、まあ。向かっていきはしたけれど、だからといって必ずしも間に合うというわけでもなく。おれが声を上げたと同時、少女の攻撃は男のわき腹に突き刺さり、彼はその場に倒れ込んでしまっていた。

 相手の意識がなくなったことを目で確認するなり、少女は男のわき腹からバックステップ気味にそれを抜く。――男のわき腹に突き刺さっていた、自身のつま先を。

 そう。少女は結局、最後までエアナイフを抜かなかった。腰に手を伸ばしたのは相手を怯ませるためのフェイントだったらしい。


「殺傷能力なんてゼロに等しい爆発の連続に怯んだうえに、あの程度のフェイントも見抜けないなんて、この国の闘士の質も落ちたもんね。さて――」


 呆れたようにこぼし、少女は一度言葉を区切り、おれへと視線を向けてくる。


「どこからかかってきても、あたしはかまわないわよ、挑戦者さん。あ、言っとくけど、あたし強いから、手加減なんていらないわよ。というか、子供だと思ってなめてかかってきたら、マジで怒るから」


「へ? いや、おれは――」


「おおっとぉ! 謎の美少女魔術士、試合開始と同時に挑発だあぁぁぁぁっ! 対する謎の美形戦士はどう応えるか!?」


 なんかいきなりアナウンスを始めた、さっきおれを誘ってきていた男。しかし、ちょっと聞き捨てならないところがあった。


「ちょっ! おい! 試合開始と同時って……!」


 おいおいおいおい! なんだ? いつの間におれがこの少女に挑戦することになったんだ!? いやまあ、銀色のマジック・アーマーやショルダー・ガードを装備しており、腰にはエアブレードまで提げている、というおれの格好から考えれば、挑戦者と間違われても文句は言えないのかもしれないが……。

あ、でも『謎の美少女魔術士』って言われていることからも、ビジュアル的にも、さっきの試合、この少女のほうが挑戦者だったんだよな? なら、なんで彼女に賞金を渡さないでおれと戦わせるんだ!?


「――あら、どうしたの? いまの試合見てて怖気づいちゃったかしら? 正直ね、あの程度のヤツ相手じゃストレス発散にもならなかったのよ。だから、来ないのならあたしのほうからっ!」


 バックステップでおれから距離をとり、呪文の詠唱を始める少女。……ああもう、やるしかないか!


 『あの程度のヤツ相手じゃストレス発散にもならなかった』のあたりで、おれをこの試合に放り込みやがった男が気絶したままの闘士を運びながら額に青筋を浮かべていたが、おれはそれを無視して腰のエアブレードを抜き、構えた。

 もちろんこれで斬りかかるつもりはない。あくまで少女を怯ませるのが目的だ。


 しかし少女は剣を抜いたおれに、むしろ不敵な笑みを返してくる。まるで、望むところだとでも言いたげに。それを見て、おれはエアブレードを牽制目的に使用することに決める。そしておれもまた、呪文を唱え始めた。


 先に呪文の詠唱を終えたのは、当然ながら少女のほう。


風刃裂牙エアロ・ファング!」


 ……って、おいおい! ただの試合でそんな危険な術を使うか!? 普通、それよりも格段に威力の落ちる<裂風刃エアロ・カッター>あたりを選ぶだろう!


 とはいえ、心の中でぼやいていても状況は変わらない。おれは呼気を漏らさずにエアブレードを一閃。詠唱を途切れさせることなく、凶悪なまでの威力を持つ風の刃を霧散、消滅させた。おれの武器が風の魔力が込められている剣――『魔道武器スペリオル』だからこそ、こういった真似もできる。なんの魔力も込められていないロングソードで同じことをしたら、今頃は確実にあの風の刃で深手を負わされているだろう。


 ――刹那!


「――てやあっ!」


 <風刃裂牙エアロ・ファング>を放つと同時におれのほうへと駆けてきていた少女の、伸び上がるような蹴りが襲いくる!


 ……まあ、もっとも。

 パターンがさっきの男に仕掛けたときとほぼ同じである。おれは余裕を持って少女の一撃をかわし、再びエアブレードを振るって間合いをはかった。


「……なるほど。さっきと同じテは通用しない、か。そうこなくっちゃ」


 楽しげに少女がつぶやくと同時、おれは唱え終えた術を発動させる。


火炎の矢フレイム・アローっ!」


 それに応えておれの目の前に現れる十数本の炎の矢。


「へ!? ちょ、あなた、それ、本当に火炎の矢フレイム・アロー!? 冗談でしょ!?」


 怖気づいたのか、現れた炎の矢を見るなり顔を蒼くする少女。やれやれ、さっきまでの不敵な態度はどこへやら、だな。


「う、撃つんじゃないわよ。いくらあたしでもそれを全部消滅させるなんて、ちょっと出来そうにないし……。とりあえずそれ、空に撃ちなさい! 空に! 他の人を巻き込まないように!」


 あ、なるほど。そういうことか。しかし……。


「そうは言うけどな。お前の使った風刃裂牙エアロ・ファング、あれだってけっこう危ないと思うぞ。もし、おれがかわしていたらどうするつもりだったんだよ」


「うっ、それは……」


 言葉に詰まる少女。ふむ、あまり物事を深く考えずに実行してしまうタイプなのかもしれない。おれと同じように。


「と、とにかくっ! まずはそれ、ポイしちゃいなさい! ポイ!」


「ポイって……」


 おれは赤ん坊か、と正直、呆れる。しかしそうするのが一番であることは間違いなさそうだった。


 なので。


「――行け」


 空に向けて、具現していた炎の矢を撃ち放つ。


 少女はそれを見届けると安堵の息をつき、


「ま、まったく心臓に悪いことをしてくれちゃって……。……っていうか、あれ、本当に火炎の矢フレイム・アロー? 侵掠炎矢サルトリー・アロー並みの本数があったけど……」


「いや、あれは火炎の矢フレイム・アローだぞ。というかだな、侵掠炎矢サルトリー・アローってのは一体なんだ?」


「はい!? あなた、侵掠炎矢サルトリー・アロー知らないの!? あんな強力な火術かじゅつを使えるのに!?」


「なんだよ。悪いのかよ」


 こんな子供にバカにされるというのは、なかなかにムッとくるものがあった。まあ、おれだって自分のことを自分で賢いだなんて思っていないけれど、それでもやっぱり――。


 と、おれの表情から大体なにを考えているのか悟ったのだろう。少女がフォローするように声をかけてくる。


「いえ、別に悪くはないけどね? う~ん、でもやっぱりなんだかちぐはぐよねぇ……。あのね、侵掠炎矢サルトリー・アローっていうのは火炎の矢フレイム・アローを強化した術で、使い手の力量にも関係するけど、基本、本来なら十本くらいしか出せなかった炎の矢を十数本まで出せるように――」


「ちょっとちょっと! お客さん方! いま話し込まれちゃ困りますよ!」


 割り込んできたのは、試合開始と同時に引っ込んだはずの男。闘士の姿がないところを見るに、あの男を休ませに行っていたのだろうか。


 それはどうでもいいとして、正直、おれとしては『そんなことで困られても……』という感じなのだが、しかし少女のほうはそうでもないらしく、


「あ、ゴメン。気になることがあるとつい、ね。――挑戦者さん、とりあえず試合続行といきましょうか。あなたにはちょっと訊きたいことがあるんだけど、それは試合が終わってから、ということで」


「へ? なんだ、まだやるのか?」


 この人ごみの中でまだり合うつもりだったのか、この少女は。


「もちろん。いまのは単なる小手調べみたいなものだったんだからね。本番はこれからよ。――あ、ここからはお互い、他の人を巻き込まないように飛び道具系の術はナシにするってことで」


「いや、魔術ってのは、大抵のものが飛び道具系のものじゃないか?」


「あら。あなたの術のストックにはその系統しかないの? それはご愁傷さま。でも、あたしの場合はそうでもないのよね。まあ、あなたにはエアブレードがあることだし、なんとでもできるでしょ。――さて」


 一息にそこまで言うと、ポニーテールの少女はつま先を地面にトントンとやって、呪文の詠唱を開始。さらに左の腰に手を伸ばし、おそらくは防御に使うためなのだろう、エアナイフを構えた。


 さて、おれの魔術のストックには飛び道具系以外のものがないのかというと、実はそんなことはない。なのでその中からひとつを選択し、すぐさま呪文を唱え始める。――まあ、この術はなんだかんだいって、攻撃呪文ではなかったりするのだが。


精神裂弦操ダーク・ストリングス!」


 またしても先に呪文が完成したらしい少女が呪力を解き放つ!


 地面に向けて伸ばした左の掌に黒いなにかが収束していき、やがてそれは一本の黒い『鞭』を形作った。

 少女は握った感触を確かめるように2度3度とそれを振るい、


「――行くわよっ!」


 ワンパターンにも、また距離を詰めてくる。……いやまあ、こればかりは相手に直接当てなければ意味がないため、イヤでも間合いを詰めなければいけないのだろうが。それにリーチの長い『鞭』を作りだしたあたり、おれの剣が届く範囲内で戦うのは危険だとわかってもいるようだった。


 ――まあ、なんにせよ。


 おれには、その『鞭』の届く間合いにすら、入らせるつもりはないんだけどな。


 少女に背を向け、円を描くように走る。彼女に間合いを詰めさせないように、しかし人ごみにも突っ込まないように。


 そして。


 充分な距離をとって、おれは術を発動させた。


火炎障壁ファイアー・ウォール!」


 おれと少女の間に現れる、『炎の壁』。


 いや、実は使うのが難しいんだ、この術。

 一応、防御のための術なのだけど、『炎の壁』である以上、突っ込んでくるものが存在するなら、当然この壁はそれを呑み込み、焼き尽くす。

 そのため、少女がこの『炎の壁』の出現に気づいて、立ち止まれるくらいの距離をとって発動させる必要があった。


 結果は、まあ、上手くいったと思う。少女が『炎の壁』の向こう側から「のわあぁぁぁぁっ!?」と驚きの声を上げていた。

 それからすぐに『炎の壁』を回り込んでこっちに駆けてくる彼女。見たところ、おれの狙い通りヤケドも負わなかったようだし、精神集中が切れでもしたのか、手から漆黒の『鞭』も消えていた。また、血相を変えてなにかわめいているあたり、なにかの術の詠唱をしているということもなさそうだ。


「ちょっと、あなた! これ、なに!?」


 おれに掴みかかってくると同時、『炎の壁』を指差す少女。いや、なにって……。


「もちろん火炎障壁ファイアー・ウォール。――さすがにこれには驚いただろ?」


 なにしろ『炎の壁』は、背の高い部類に入るおれですら見上げるほどの高さを持っているのだから。背の低い彼女には驚嘆ものだろう。正直、このまま戦意を喪失してくれれば、一番よかったのだが。


 しかし彼女は、顔を蒼ざめさせたまま、おれの服を掴んだままで、更にわめきたててきた。


火炎障壁ファイアー・ウォールって……。嘘でしょ!? あれ、『炎の壁』じゃなくて『マグマの壁』じゃない! ――と、とにかく早く消しなさい! 早く!!」


「マ、マグマ? なんだそりゃ?」


「んなことどうでもいいでしょ! 早くあれを――」


「へ? ああ、そう慌てるなって。三十分もすれば自然に消えるから」


「ちょっ!? さ、三十分も出たままなの!? あれ!?」


 彼女の言うところの『マグマの壁』を指差したまま、ポニーテールの少女は「うわあぁぁぁ……」と頭を抱えてうずくまってしまった。……うん、まあ、とりあえず彼女の戦意を喪失させることには成功したみたいだし、これにて一件落着、といえる……よな?

現代モノのほうの筆がどうにも進まないので、過去作を加筆修正しての掲載となります。

しかし、過去作とはいっても未完の作品。

修正のために読み直すうち、書き終えたいという気持ちがどんどん膨らんできてはいるものの、果たしてどこまでいけるか……。

あまり期待せずにお待ちいただけると幸いです。

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