始まり‐始まり
広場は騒然としていた。周りからは怒号が聞こえる。
罵倒、泣き叫ぶ声、崩れ落ちる人々。
壊れた人形のように、意味の分からない言葉を吐いている物もいる。
かと思えば、逆に嬉しそうに居る者もちらほらといた。悲壮な表情の周りとの差が、とても奇妙なギャップを生み出している。
しかしこれは現実ではない。ゲームの中なのだ。
だが、それも今までの話。
――そう、彼らは閉じ込められたのだ。この世界の中に。
ログアウトボタンが存在しないことにプレイヤーの一部がちらほらと気が付き始めたころ。それを見計らったようなタイミングで、つい先ほどあった製作者による“説明”。
それが与えた衝撃が、衝動が、反動が、今のこの状況を作り出した。
それが普通の反応だろう。それが普通の応答だろう。
そう、だから――俺がおかしいのだ。
こんな状況で、冷静でいられる俺の方が明らかにおかしい。周りの人は気が付いていないようだが、俺は明らかに浮いている。その自覚があった。
しかし、それとこれとの話は別だ。
俺は、この現状を面白がっていた。楽しんでいた。この場では少数派の、この状況を楽しんでいる人だった。
「おもしれえ、本当に、流石としか言いようのないセンスだよ……!」
誰が、とは言わない。何が、とは言わない。この場で、このタイミングで、言っていることの意味は誰でもわかるだろう。勿論その言葉を聞いていたら、の話だが。
現状、彼の言葉を気にする人はいない。そんな余裕はない。
故に彼らは気が付かない。彼が……笑みを浮かべていることについても。
パニックになっている広場。その中で、いくらか我を取り戻した者たちが集まっているのが見受けられる。
きっと知り合いなのだろう。などと俺は他人事のように思う。
そんなことは大事の前の小事。俺にとっては嵐の前の塵ほどにも興味を持たない。
現状、俺の興味はこの世界のことにしか注がれていない。
他人など二の次だ。
きっと、この中に何人か俺の知り合いがいるのだろう。
だがそんな奴は大抵、廃人のゲーマーだ。こんな状況でも、何とかするだろう。
いずれは話すかもしれないが――それは今ではない。
俺は外に向かって歩き出す。剣と魔法の世界で生きていくために。
そして、このゲームと作った兄を、驚かせるために。
こんな状況も、俺にとってはコース料理の前菜でしかないのだ。そうだろう。
これはオープニングなんだから。
そう思いながら、俺は今日の出来事を振り返っていた。