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クマ社長

 ……同居生活について決まってから五分後。

 和沙さんと亰花さんに混じり俺もパーティー会場に合流した途端、コチラに声をかけるツキノワグマがやって来た。

 いや、違うか。よく見れば人間だった。

 恰幅(かつぷく)の良い肉体をダークスーツで包み、俺でも知っているグランドという名が付いたブランド時計を巻き付けている。

 そんな風貌を一言であらわすと、やはり熊人間としか言いようがなかった。

 しかし、こんな上品な服を着る野生動物に覚えがない。

 ……誰だ?

 と心の中で呟く俺の疑問は、亰花さんの言葉によって、すぐさま解消した。


「あら、父様」


 ――ほげぇ。

 そんな呻き声を吐き出しそうになったが、全力でフラグ阻止に務めた。

 ……信じられない。

 猫目の大型種が、服を着ていた訳ではなかったのだ。

 こんな見た目が熊みたいな人の遺伝子から、あの美人姉妹が生まれたというのか。

 人体の神秘だ。

 そんな精神的ショックを受けたものの、相手は社長である。

 呼ばれた立場は社員の息子とは言え、さすがに挨拶せねば成るまい。


「はじめまして、天保院社長。馬波 絶夜です」


 そう言ってペコリと頭を下げる。

 すると冬眠から目覚めたばかりのような、ゆったりとした声が耳に伝わってきた。 


「……そうか。君が、馬波部長の息子か」

「はい」

「すまんね、バカな娘の提案に付き合わせてしまって。短い間だが世話になる以上、こちらとしても礼は尽くしたいと思う。何かあったら遠慮無く言いなさい」


 かなり曖昧な言い方だったが、おそらく他の人間に感づかれない為だろう。

 ――同棲の件は秘密。

 それは明言されなかったが、暗黙の了解という事に違いない。

 見た目は熊であっても、やはり人間社会に精通した方なのである。


「こちらこそ、良い社会勉強とさせて頂きます」

「うん、好青年だな。亰花も、迷惑をかけてはいけないよ」

「わかっていますわ」


 返事の良い亰花さんに、天保院社長は満足そうに頷いた。

 その光景は紛れもなく美女と野獣、ではなく仲睦まじい親子そのものである。

 ……しかし、俺は気付いてしまった。

 そんな二人に対して和沙さんは、つまらなそうに黙って見ているだけなのだ。


「――よし。では、私はコレで失礼するよ」

「え?」


 和沙さんに挨拶しないんですか、という質問は口に出来なかった。

 その前に、天保院社長が理由を答えてきたからだ。


「残念なことに、何かと挨拶に回らなければ行けないからね」

「はぁ、なるほど」


 コチラが曖昧に頷いている間にも、既に天保院社長は歩き始めていた。

 そして、和沙さんと天保院社長がすれ違う。


「…………」

「…………」


 結局、和沙さんと目も合わせないまま、天保院社長はこの場を去ってしまった。

 もしかしたら、親子間でなにか確執(かくしつ)があるのかも知れない。

 そんな風に考察しながら、社長の後ろ姿を見送る。

 ……と、天保院社長に挨拶をしている見覚えのある男を見かけた。

 親父殿である。

 視線に気付いたのか、挨拶を済ませてノコノコとやって来たようだ。


「……同棲の件、怒っているのかい。絶夜」


 コチラの顔色を窺いながらそう呟く親父殿に、俺は無表情な態度で言葉を返した。


「いいや、まったく。だが本当のことを素直に伝えなかったのは心外だな」

「……正直に言えば怖かった。お前の文句や怒る顔を見たくなかったんだ」


 なんとも親父殿らしい回答だった。

 俺が親父殿を尊敬しているように、親父殿は家族を大切にしている。

 だからきっと、親父殿は俺に嫌われたくなかったのだろう。


「まぁ、もはや過ぎた事だ。俺自身も了承したし、親父殿を攻めることはない」

「そうか。それは良かった」


 俺の言葉を聞き、胸を撫で下ろして安堵する親父殿。

 そのタイミングを逃さずに、俺はちょっとした文句を差し込んだ。


「だがな、親父殿。次からこういう話は包み隠さず離して頂きたい。俺を、もう少し信頼して欲しい」

「――――」


 ショックだったのだろう。

 この主張を聞いた瞬間、親父殿は大きく目を見開いた。

 しかしコチラの言い分を察してくれたのか、ゆっくりと首を縦に振る。


「次からは必ず、そうしよう」


 その言葉を聞いて、ようやく俺は自分を納得させる事が出来た。

 今日の出来事を、全て受け入れる準備と覚悟が完了したのだ。

 ならば、前向きに明日を迎えるだけである。


『明日から美少女と同棲生活するなんて、楽しみだよね』


 という欲望の声。

 否定はしない。

 そんな気持ちと共に、自然と口元が釣り上がるのを自覚する。

 なんだかんだと言って、新しい経験を積むのは楽しい事この上ないのだ。


「親父殿」

「なんだい、絶夜」

「……この経験を積めば、俺はもっと大人になれるだろうか」

「なれるとも」

「そうか」

「あっ、でも性的な意味で大人になっては駄目だよ?」

「……親父殿」


 ――この日、俺は初めて自分の親を見損なった。

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