表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

月みたいな少女

 和沙さんの言い分に複雑な思いを抱きながら、俺は確認するように尋ねた。


「俺を、からかっている訳ではないのでしょう?」

「当然です。遊びでホテルの最上階を取る趣味は持ってないもの」

 

 そういう問題でも無い。

 だがここはスルーして次の疑問をぶつけるべきだ。


「なら俺は、いったい誰と同棲させられると言うんですか」

「大丈夫。疑問はすぐに解けるわ、そろそろ本人が私を迎えに来るでしょうから」


 ――そう和沙さんが答えた瞬間。


 ガチャリ、というドアのロックが外れる音が聞こえた。

 それはつまり、何者かがキーを差し込んだと言う事に他ならない。

 コチラが驚く間もなく、誰かのカツカツという足音が隣の部屋から響いてくる。

 そしてソレは、俺と和沙さんのいるベッドルームへと向かってきた。  


「姉様、そろそろパーティーが始まる時間ですわっ」


 声だけで上機嫌なのが判るほどの、高いテンション。

 ――そこに居たのは純白のドレスに身を包んだ、金髪の少女だった。

 ランプの明かりに照らされてキラキラと煌めく腰まで伸びた髪、白磁(はくじ)のように細やかな肌にヒラヒラとしたレースのシルクを纏う姿は、等身大の西洋ドールのよう。


『すごい綺麗だ』


 と呟く欲望の声に、俺は久しぶりに同意した。

 ホテルの最上階、見晴らしの良い夜景が見えるロイヤル・ルーム。

 だが、そんな高級な景色は目の前の少女と比べれば見劣るものであった。

 夜空に散らばる満天の星々であっても、月の輝きには敵わない。

 地上に瞬く人工の夜空も、月の光と同じ色の髪を持つ少女の前では色褪せる。

 あぁ、本当に。

 こんな綺麗な(ひと)を見たのは、生まれて初めてだ。


「……あら。貴方、誰ですの?」

「え?」

「まるで時間が止まったように固まっていたので、よくできた彫刻かと思いましたわ」


 まつげの長い眼がコチラを怪しむように、じっと睨みを効かせている。

 どうやら、俺が居ることは想定していなかったらしい。

 しかし和沙さんを姉と口にした以上、天保院の身内なのは間違いない。

 そんな予想をしていると、和沙さんが少し不機嫌そうに口を開いた。


「……亰花。相手を尋ねる前に、まずは自分から名乗りなさい?」

「あうっ、すみません」


 (たしな)める口調の和沙さんを前に、女の子はビクッと身体を震わせて謝罪した。

 そしてコチラに向き直ると、改めてペコリと頭を下げる。


「失礼しました、わたくし和沙姉様の妹です。名前を天保院(てんぽういん) 亰花(けいか)と言いますわ」


 天保院(てんぽういん) 亰花(けいか)

 ソレが目の前の女性の名前なのか。

 心の中で何度も相手の名前を反芻(はんすう)しながら、コチラも立ち上がり自己紹介を行う。


「初めまして、俺の名前は馬波 絶夜と言います」


 そう言いながら、俺はケースから名刺を取り出す。

 二度目の経験の成果か、何の躊躇もなく渡す事が出来た。


「……馬波、絶夜さん?」


 どことなく不安そうな声が、安堵していた俺の耳に届く。

 その顔を見ると、受け取った名刺を持ったまま、ぎこちなく首を傾げている。


「これってもしかして、夜を絶つという意味を持つのかしら?」


 ……俺は思わず息を呑んだ。

 驚いた、この早さで名前の意味を当てた人は初めてだ。

 大抵は俺の名前を見たとき、名前の意味を考える前に笑ってしまうのに。


「凄いですね、最速の正解です」

「そ、そうなの?」

「いつもなら名前の意味よりも、読み方を気にするんですよ。しかも何のヒントも無しに意味を読み解いたのは、俺の人生の中で貴方が初めてです」

「ふ、ふーん。これぐらい当然の事なので、褒められても困りますわ」

 

 そう言いつつも、照れているのか顔が赤くなっている。

 自分でも自覚しているのだろう、不本意だとばかりに腕を組んでツンと横を向く。 

 しかしすぐさま、チラリと視線をコチラに送ってきた。


「……べつに正解したからと言う訳ではありませんが、貴方のことは絶夜さんと呼んでもよろしいかしら?」

「もちろんです」


 この人は好奇心や偏見で、俺の名前を言う事は無いだろう。

 何故かは判らないが、そんな根拠のない自信が胸の中に広がる。


「そう。なら、わたくしのことも亰花と呼んで構いませんわ」

「わかりました、亰花さん」

「……さん付けですの?」

「まぁ初対面ですし、仕事関係の方ですから」

「そう、まぁ良いですわ。わたくしも人のことは言えませんし」


 不思議だ。

 自分でも珍しいと思うほど、サクサクと会話が進む。

 ……この人とは、偽ることなく仲良くなれると確信している。

 そんな感想を抱いていると、和沙さんが口を開いた。

 どうやら、コチラの様子を見計らっていたらしい。


「さっそく仲良くなって良かったわね、亰花」

「はい、和沙姉様」


 口元をVの字にしてニッコリ笑う亰花さん。

 月のような華やかさからは一転、まるで太陽みたいな笑顔だ。

 部屋の雰囲気まで明るくなったと感じるほどの、天真爛漫(てんしんらんまん)っぷりである。

 そして、そんな妹の表情を嬉しそうに見ながら和沙さんは言葉を続けた。


「相性も悪くなさそうだし、これなら共同生活も問題なさそうね」

 

 ポイッと。

 一連の会話の中に、何の遠慮もなく爆弾発言を放り投げてくる。

 ――忘れていた。

 自分を迎えに来る人物が、俺との同棲相手だと和沙さんは言っていた。

 そして実際に、和沙さんは亰花さんに共同生活について口に出している。

 これが何を意味するかなど、誰だって判る話だ。

 ……ただ一人を除いて。


「姉様。それは、どういう意味なのかしら?」


 きょとんとした顔をしながら、亰花さんは尋ねている。

 ……やはり俺と同様に、同居の話を聞いていなかったのだ。  


「おめでとう亰花。貴方は一ヶ月間、絶夜くんと一緒に暮らすことになったの」

「ちょっと待ってください、同棲って一ヶ月間だけだったんですか?」

「えぇ、そうよ」


 ……一ヶ月だったのか、それなら何とか。

 ――って、いやいや。

 そういう問題でも無い。

 しかし、もはや和沙さんにとっては決定事項なのだろう。

 パチパチと拍手しながら笑顔で妹を祝福している。


「父様も説得済みだから安心なさい。そしてしっかりと学ぶのよ、亰花」

 

 いったい、何を学ぶというのか。

 何の説明も無いまま、和沙さんは親指を立てた。

 それを見た亰花さんは、目を丸くした後、深呼吸をしてこう言った。


「えぇ、バッチリ了解しましたわ」


 ……なん、だと?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ