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さよなら悪役

 ――翌日の放課後。

 一緒に来ると主張した亰花を麻美と奈緒に任せて、俺は昨日のファミレスへと足を運んだ。

 予定時刻よりまだ十分は早いが、あらかじめ予約していた席に座って有浦さんを待つ。


 ………………。

 …………。

 ……。


 ……そして十分後、時間通りに有浦さんが入店してきた。


「ここです、有浦さん」


 キョロキョロと俺を探す有浦さんに声をかけて誘導する。

 気付いた有浦さんは破顔しながら寄ってくると、対面の席に着いた。


「参ったな、時間より早くいるなんて。待ったかい?」

「十分ほどです。少し軽食を頂いていましたから、時間は気にしていませんでした」

「ふーん、なら良いけど。しかし随分と盛況だよねぇ。今日は暑いし、仕方ないけど」

「そうですね。一応、予約席を用意しておいて良かったです」


 有浦さんの言う通り、ファミレスは満席に近い状態だ。

 店内の至る所で、がやがやと人の会話や視線が飛び交っている。

 コレなら俺と有浦さんの会話も目立たないだろう。

 そう思いながら、俺は有浦さんが注文を済ませた事を確認した。

 ……よし、これで話が切り出せる。


「それで、有浦さんは目的の物はキチンと持ってきたんですか?」

「絶夜くんこそ諭吉を三百人、用意できたのかい?」


 茶化すような口調の有浦さんに頷きながら、俺は持参した鞄から封筒を取り出した。

 有浦さんが使っていた物と同じA4サイズの封筒には、厚さ一センチの百万円の札束、それが三つ収納されている。

 

「どうぞ、確認してください」


 そう言って俺は、テーブルに置いた封筒を有浦さんの方へ押し出す。

 有浦さんは早速とばかりに封筒を両腕で抱え込むと、望遠鏡のように封筒の中を覗き込んだ。


「うわぁ、これが三百万の重みかぁ。凄いなぁ、独特の感触じゃないか」


 ガシャガシャと封筒を上下に揺らしながら、有浦さんは子供のように頬を上気させながら嬉しそうな表情を隠さない。

 こんな状況でなければ、一緒に喜んでいたかも知れないほどの幸せ顔だ。

 だが今の俺としては、早くこの件を終わらせて帰りたいのである。


「さぁ、約束を守ったんです。次は有浦さんの番ですよ」


 そう言って俺は、有浦さんに向けて手を差し出した。

 三百万は失ったが、その代わりに俺と亰花の安全が保障される。

 その為の証拠を求めたのだ。

 ――だが。


「うん、じつは忘れちゃったんだ。御免ね」


 ピシリッ、と。

 俺と有浦さんの間に亀裂が入った。

 それは、明確な裏切り行為に他ならない。

 本当に取り引き材料を忘れた、なんてお人好しな考え方はしない。

 ……それでも、万が一があると思うと勝手に口が動いていた。


「今から取りに行けば良いじゃないですか。それでも構いませんから」

「それは無理かな。ボクも暇じゃないし、まぁ、また今度と言う事で手を引いてよ」


 きっと今度なんて機会は、永遠に来ないに違いない。

 俺が金を渡す代わりに、有浦さんが脅迫を止める。

 その約束を、有浦さんは完全に破棄したのである。

 なら再び、有浦さんが金を要求する危険性が出てきた。

 そう、思いながらも。

 俺の心の中は波風(なみかぜ)の立たない海のように静まりかえっている

 何故なら理由は簡単、コレも想定していた事態の一つなのだ。

 ――だから。 


「あぁ、そうですか」

 

 と、ただ一言の感想しか出てこなかったのである。

 もちろん不満はあるが、目の前にあるドリンクと一緒に飲み込んだ。

 その仕草で俺の気持ちを理解したのか、有浦さんは意外そうに目を開く。


「……へぇ。偉いね、文句の一つも言ってこないんだ?」

「決めていたんですよ」

「なにをだい?」

「有浦さんが何をしても平静でいようって」

「ふぅん。想定済みって感じかい?」


 その質問に、俺はあえて応えずに口を開いた。


「有浦さん、ちょっとした質問に答えて貰って良いですか」

「質問?」

「レビューにおいて、最も共感される評論の仕方って知ってますか?」

 

 まるで一足す一は? と尋ねるような口調で有浦さんに質問する。

 ソレを挑発だと、正しく理解した有浦さんは鼻を鳴らして腕を組んだ。


「はっ、ボクもTCMの社員だ。それくらい知っているよ、褒めることでしょ。レビューを参考にするユーザーは、その商品を購入するか迷っている。だから商品を褒めることでポジティブな感情を持たせて、物欲を煽るんだろ?」


「少しビジネス的な意見でしたが、正解です」

「当然さ」

「では、共感されないレビューは?」


「商品を貶すことだろ。基本的にネガティブな意見というのは、購入する側のユーザーに受け入れられないって話だったっけ?」


「えぇ。正当な理由で低評価にするのは良い。けれど過度な商品への悪口は、結果としてレビュリスト本人の印象を悪くする。俺達もまた、批評の対象になるという事です」


 だからこそトップレビュリストは、批評する時は商品を馬鹿にしない。

 もちろん人に嫌われない事が人気に繋がるという事もある。

 だが嫌いなものをレビューするより、好きな物を語った方が良い。

 少なくても、俺はそう考えている。


「……タメになるよ。けど、それがどうかしたのかい?」


 まったく興味が無い。

 そんな態度をしながら、有浦さんは封筒を自分の鞄に仕舞い込んでいる。

 帰り支度をしているのだろう。

 だが、このまま無事に帰す気は無い。

 ――むしろ、これからが本番だ。


「簡単な話です。レビューのように、有浦さんがどんな駄目な人であっても、決して悪く言い過ぎないよう気を付けたって事です」

「……そりゃ、どうも。でも、そんな事をして何か得でもあるのかい?」

「えぇ。だって、この場には俺たちを批評するユーザーが、大勢いますからね」

「は?」


 有浦さんは間の抜けた声を出して、首を傾げている。

 それに対して俺は、無言のまま周囲に視線を向けた。

 ソレに倣うように、有浦さんも他の客へと視線を移す。

――その瞬間、二十を超える人々と目が合った。


「ひっ」


 喉が引き攣った声を出しながら、有浦さんは弾かれたように仰け反った。

 その表情は思わぬ不意打ちを食らって、恐怖に歪んでいる。

 ……今の状況とは、まったく関係ないが。

 美味しいおにぎりを食べていたら、その具がイナゴの佃煮だと知った時の親父殿も、あんな顔をしていた。


「な、なんだ、こいつら」

 

 まるで、犯罪者を見るような目付きで彼らを睨む有浦さん。

 じつは少し前から釘のように好奇の目がコチラに刺さっていたのだ。

 だが、有浦さんは金の魔力に取り憑かれて気付かなかったようである。


「TCMに登録している、レビュリスト達ですよ」

「はぁ?」

「俺が呼び込んだんです」

「なっ」

「TCMのユーザーが集まる掲示板に、この場所に来れば面白いイベントが起きると教えておきました」

「い、イベント?」

「最近、問題視されている盗作行為についてのアレコレ」

「!?」


 正確には、盗作行為についての問題提起だ。

 

 ――コTCMの年間ランキング第三位が来る、とは書かなかった。

 

 そんなことを書かずとも、人が集まったのだ。

 掲示板の利用者にも被害に合った人間もいたし、関心は高かった。

 まぁここまで集まるとは、自分でも予想外だったけれど。


「おかげで十分前まで忙しかったですね」

「……ちょっと待ってよ」

「なんですか?」

「十分前って、まさかその為に早く来ていたのかい?」

「はい。ここで、どういう事が起きるかという説明する時間は必要でしたから」

「…………」

「その上で、皆さんには協力して貰いました」

 

 などと手短に彼らの紹介を終える。

 するとソレを合図とするように、傍観者達は次々と口を開いて批評(レビユー)を始めた。


「いやー、最低だったな。あのサラリーマン」

「っていうか、あの書き込みが本当だった事に驚き」

「つか、大人が学生を脅すなよなぁ」


 店内の至る所で、様々な感想がまるで弓矢のように飛び出てくる。

 その中で批判の的になった有浦さんは、傷付いた様子で俺に尋ねてきた。


「……ねぇ絶夜くん。まさか、ボクらの事をバラしたんじゃないよね?」


 ――裏切られた。

 口に出していないが、有浦さんの顔がそう語っている。

 俺が罠を用意していた事に、ショックを隠せないようだ。

 でも同情する気は無い。

 だって約束を破ったのは、お互い様だ。


「取り引きは書面で記しておくべきでしたね、口約束なんて信用できませんから」

「……絶夜くん。それって、ボクへの皮肉かい?」

「いえ。取るに足らない、個人の感想ですよ」


 ――さて。

 この一言を以て、ささやかな仕返しは終わりだ。

 悔しそうに押し黙っている有浦さんに、今日初めてのスマイルを送る。


「じゃあ、デモンストレーションは、ここまでにしましょうか」

「え?」


 戸惑う有浦さんを尻目に、俺は今日集まったユーザー達に向かって挨拶を行う。


「如何ですか、みなさん。これはあくまでもフィクションでしたが」

「え?」

 

俺の『フィクション』という言葉に有浦さんは戸惑っていた。

 しかしソレを無視しながら、俺は言葉を続ける。


「いつか同じような目に合うレビュリストは出てきます。明日は我が身、だからこそ結束が必要なんです。その為には皆様の力が欠かせません。是非とも、協力よろしくお願いします」

 

 そう言ってペコリと頭を下げると、大きな拍手や歓声が店内に響いた。

 本当にありがたい。

 これだけの人が集まり、俺に賛同してくれる事は感謝する他ない。


「……絶夜くん、いったい君は何の話をしているんだい」

「レビュリストの、レビュリストによる、レビュリストの為の団体組織。レビュリストの権利を守る組織の結成、その為の集会じゃないですか」

「? ? ?」


 完全に混乱している。

 有浦さんの頭上には、はてなマークが大量に表示されているに違いない。

 だがタネを明かせば、どうという話ではないのだ。


「ここ最近レビューの盗作が横行していた事で、レビュリストの間に不安や危機感が蔓延していました事は把握してますよね?」

「まぁ、ね。苦情や相談の件数が伸びつつあるのは、部長から聞いていたよ」


 詳しくは知らないけど、とアピールする有浦さん。

 あくまでも罪を認めない往生際の悪さ。

 だが、今回に限ってはその方が都合が良い。


「その事態を憂いて、俺がレビュリストを守るという旗揚げで名乗り出たという設定、もとい理由で有浦さんに協力を依頼したんじゃないですか」

「きょ、協力? ボクが?」

「……えぇ。俺や他のレビュリスト達に、実際にこういう危険があるという事を演技しながら、教えてくれたんでしょう? TCMの社員として」


 つまり、有浦さんの悪事を告発するという復讐ではなく。

 この取り引き現場を、茶番に変えるというという方法。

 彼らの認識では、有浦さんは悪者を演じた協力者でしかないのだ。

 高校生から金を脅し取る悪人という事実は、そういう役をしただけのフィクションとして彼らに受け入れられている。

 それでも、有浦さんの肝は随分と冷えただろう。


「素晴らしい演技でしたね、有浦さん。おかげでコチラも被害者に成りきれました」

「……あぁ、そういう事なのか。ははは、絶夜くんも人が悪いなぁ」


 ようやく状況を理解したのだろう。

 有浦さんはほっとした安堵の表情を作った。

 お金を取られた高校生が、ちょっと仕返しをしただけに違いない、と。

 でも胸を撫で下ろすのは、もう少し後にして欲しい。


「――えぇ、まったく。ずいぶんと迫真の演技だったわね、有浦?」


 弛緩した空気を切り裂くように、張りのある声が店内に響き渡る。

 その声の主を確認すると、有浦さんは驚愕した顔で立ち上がった。


「……て、天保院室長。なんで、此処にっ」

「じつは匿名の連絡があったのよ。TCMの社員が、とある集会の開催について独自に協力しているって。その確認の為に、現場に張り込んでいたのよ」

「そっ」


 そんな馬鹿な話、ある訳ない。

 おそらく喉に詰まった言葉は、そう続いていたに違いない。

 有浦さんは納得のいかない顔で、俺と和沙さんを交互に睨み付けている。 だが、ソレも長くは続かなかった。


「まさか二人は、最初からボクを嵌めていたって事ですか」

「あら。なんのことかしら?」


 わざとらしい笑顔を向ける和沙さんに、有浦さんの口元が引き攣った。


「……なるほどね。ボクはすでにTCMに目を付けられていたって事か」


 クスッと笑う和沙さん。

 その目には『やっと気付いたのね』という優越感がクッキリとあった。

 

「いや、この場合は天保院室長の独自調査かな。なんにせよ、ボクは文字通りのピエロだった訳だ」


 ようやく、全てのからくりを読み取ったのか。

 有浦さんは観念したように小さく呟く。


「くそ、完全に失敗した」


 ……多分、その声を聞いたのは俺だけだ。

 その証拠に、物足りない顔をした和沙さんが、有浦さんから敗北宣言を引き出そうと追撃を繰り出している。


「ねぇ有浦。レビューの盗作に苦しむユーザーの主張に、感銘を受けて協力する気持ちは理解するけどね、公私混同は良くないわよ?」

「――――」


 効果は抜群だった。

 たとえ悪事でも仕事に私情は挟まないと豪語(ごうご)していた人間に、その言葉は余りにも大きなダメージを与えていたのだ。


「は、ははは。そうですよね、今度から気を付けますよ」


 もはや、笑うしかないのだろう。

 有浦さんは声を震わせながら、和沙さんに愛想の良い顔を作っていた。

 別名、媚を売るともいう。

 しかし和沙さんはソレで許す気など、サラサラないようだ。


「ところで、有浦。その封筒は演技も終わったのなら、返すのが筋でしょう?」

「え?」

「何を驚くことがあるのかしら。それともまさか、そのまま貰う気でいたの?」

「…………」


 その言葉に、有浦さんは初めて和沙さんに反発するような表情を見せた。 まぁ、当然と言えば当然。

 和沙さんに見破られている以上、これからのスパイ活動は自粛しなくてはならない。

 だからせめて、今ある三百万は手放したくはないのだろう。


「こ、これは協力料ですよ」


 ――だが、その台詞は間違いなく失策だ。

 お金が入っていると言わなければ、まだ逃げ道はあっただろうに。

 そんな俺の推察を証明するように、有浦さんがその言葉を放った瞬間から、店内の空気が冷ややかになっていくのを肌で感じる。

 そしてソレを一番実感しているのは、きっと有浦さん本人だろう。

 青ざめた顔で失言したことを後悔するように、ギュッと唇を噛んでいる。

 昨日、有浦さんを強気にさせていた第三者の存在が、今は逆効果を生んでいた。

 今の有浦さんは、ほんの些細な言動であっても完全な悪者と認定され、断罪を受けるかも知れないのだ。


「……貴方、高校生相手にお金を取るの?」


 呆れた表情を作る和沙さん。

 そして、ソレに同意するように無言で頷くTCMのユーザー達。

 残念ながら有浦さんの味方は、この場に存在しなかった。


「……きょ、協力料というのは冗談で、ただの写真代です」


 有浦さんが取り繕うように言い直すが、誰も信用した様子はない。

 特に、本当のことを知っている和沙さんに、通用する筈もないのだ。


「ふぅん。その割には大きな封筒ね」

「こ、これはその、ですね」

「普通は便箋を収めるサイズだとおもうんだけど、いくら入っているのかしら?」

「三百万です」

 

 とは俺の言葉だ。

 その瞬間、しぃん、と店内から完全に音が消え去った。

 静まりかえる人々を前にして、有浦さんは必死な形相で何とか誤魔化そうとしている。


「じょ、冗談きついなぁ、絶夜くん。三百万なんて大金、ボクだって受け取れないよ」

「……じゃあ、本当はいくらなの?」

「ひゃ、百万」

「は?」

「いや三十万です」

「有浦。まさか本当に協力料の名目で、三十万を高校生から受け取ったの?」


 そう尋ねる和沙さんは、真剣(マジ)で突き刺すような眼差しをしていた。

 有浦さんの言葉を疑っているのではないだろう。

 本当の事を知っている和沙さんは、おそらく有浦さんが吐く嘘に怒っているのだ。

 これ以上の誤魔化しは要らない、と。

 つまり有浦さんにとっての最後の審判なのだ。

 ……だが。


「さ、三千円ですよ。写真代、三千円。三十万は大袈裟に言っただけです」

「……写真代? それって脅迫、じゃなくてデートの写真の代金と言う事?」 

「えぇコンビニで一枚三十円の現像でした。それを百枚で三千円。適正価格でしょ?」

「……でも、写真を持ってきていないのでしょう? なら、後日また写真を持ってきた時に三千円を受け取るのが、本当の適正という物だわ」


 そう和沙さんが判決を言い渡した瞬間、店内から称賛の拍手が送られた。

 彼らにとって、これも演出の範疇(はんちゅう)という認識なのだ。

 しかし有浦さんにとっては間違いなく真実の出来事であり、もはや言い逃れが出来ない状況なのである。

 その結果、有浦さんは完全に抵抗する意思を失った。


「ねぇ有浦。それとも誰に付くのが得なのか、理解できないのかしら?」


 ――そしてその言葉が、きっと最後の決め手となったのだろう。


「室長の仰る通りです。そういう訳だから、これは返すよ。絶夜くん」


 そう言って、あっさりと封筒を俺に寄越す有浦さん。

 その一連の動作に、惜しむ様子はなかった。

 むしろ俺が受け取った瞬間。

 まるで任務を果たしたとばかりに胸を張って和沙さんへと向き直ったのだ。


「これで満足ですか、天保院室長。あぁ、もちろん写真も今日中に全て渡します」

「当然ね。言っておくけど、褒める気は無いわよ。もちろん見逃す気も無いわ」

「えぇ。わかっていますとも。ところで、このことを馬波部長は?」

「知らないわよ」

「…………」

「TCMの社員で知っているのは私だけ。まぁ、これが何を意味しているのか、理解して欲しいんだけど?」

「ありがとうございます。……でもボクに恩を売って、何が目的なんですか?」


「目的も何も、貴方に働いて貰うだけの事よ」


「へ?」

「今から早速、本社に掛け合って盗作問題の対処をするつもりなの」

「ほ、本社に?」

「詳しい人間の情報を集めて欲しいのよ。もちろん拒否しないわよね」

「……うっ」

「だって、絶夜くんに感銘を受けて協力したものね?」

「…………えぇ、はい」


 俯き加減に答える有浦さん。

 だが。

 その顔が再び上がった時には、憂いの表情は消えていた。


「ボクの出来ることなら、なんだってさせて頂きますよ」

「あらあら、随分と殊勝な態度だこと」

「はい。なにしろボクは、仕事に私情は挟まない主義ですから」

「……まぁ。それはどうしようもない、本当の屑ね?」

「はい、ボクは屑でございます」


 その発せられた言葉の意味は、さすがに驚いた。

 しかし当の本人は、平然としたまま言葉を重ねる。


「でもボクは仕事の出来る屑です、絶対に室長の役に立つ屑です」


 ……凄いな、有浦さん。

 卑屈な態度を和沙さんに見せながら、有浦さんは完全に寝返っていた。

 それはつまり、全て無事に解決して終わったという事だ。


「――すげぇな、あのサラリーマン。最後までずっと悪役みたいだったぜ」


 という感想は、茶番の終焉(しゅうえん)に聞いたユーザーの感想である。

 うん、実に的確な言葉だ。

 ……まぁ、それはともかく。


「やれやれ。これでやっと平穏な日常が戻るのか」


 なんて呟いて、俺はマンションに戻る為に席を立った。

 何しろ、きっと亰花が待っている。

 そう思い立ったら居てもたっても居られない。

 ――さぁ、苺のショートケーキを手土産に帰るとしよう。

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