親子
さて。
俺は有浦さんが店から完全に立ち去るまで待ち、親父殿に電話をかけた。
――有浦さんとの口約束など、守るつもりなど無かったのだ。
「もしもし。どうかしたのかい、絶夜」
「うん。じつはな親父殿、さきほどまで有浦さんと食事をしていたんだ」
「……あれ、変だな。有浦くんは午後に取引先との取り引きがあるって聞いたんだが」
「早退じゃなかったのか?」
「いや予定では、あと一時間ほどで戻って来るって話だよ」
その言葉を聞いて安心する。
やはり、有浦さんは嘘を吐いて外出している。
つまり嘘を吐かなければならない程度には、困っているのだろう。
「もしかしてサボりかな、有浦くんに確認を取っておこうかな?」
「やめてくれよ親父殿、情報源が俺だってバレるだろう。それに仕事を終えて、遅い昼食という可能性だってある」
「……ふむ、確かに」
「そんな事より、今から親父殿には伝えなければいけない事がある。いわゆる、カミングアウトという奴だ」
「へぇ、なんだい?」
何も知らない親父殿が、無邪気に尋ねてくる。
だから余計に俺の心は緊張するのだ。
……真実を語るというのは、大変に勇気が要ることのである。
それでも口にしなければ俺の気が済まない。
宣戦布告でもしなければ、この先には決して進めないのだ。
もはや覚悟は決まった。
だから呼吸を整えて三、二、一。
「親父殿、俺は貴方に憧れている」
「え?」
「貴方を見習って、大人になろうとした」
「……えーと。いきなり、どうしたんだい。絶夜」
「親を敬って、ひいては大人を敬ってきたつもりだ。だがな、親父殿。俺は今日、初めて大人という者に強い不快感を抱いてしまったよ」
そう喋り続けながら、俺は自己嫌悪に陥っていく。
高校生にも成って情けない。
未だに親に愚痴を零すような弱い人間だなんて、本当は否定したくて仕方ない。
でも、動き出した口は止まらないのだ。
伝えたくて仕方ないのである。
「――こんな大人にはなりたくない、と思ってしまったんだ」
金を稼げる人間には成りたいが、脅迫してまで欲しくない。
仕事に私情は挟みたくないが、人を平気で傷付ける人間には成りたくない、これが俺の本当に言いたかった事だ。
早く大人になりたくて一人暮らしをした。
新たな人生経験として、亰花との同棲も受け入れた。
だが、有浦さんのような大人にはなりたくなかった。
大人と言うだけで素敵な訳じゃないと知った。
客観的に見れば、別に言わなくて良い話なのだろう。
けれど俺にとっては、言ったからにはそうならないように努力する為の切っ掛けだった。
どうしても、必要だったのだ。
「……もしかしてそれは、有浦くんのことを言っているのかい?」
戸惑った声で親父殿が困っている。
まぁ当然と言えば当然。
唐突に息子が自分に憧れていると言い放ったと思ったら、次は大人に不快感を抱いたときたもんだ。
……冷静に分析してみると、恥ずかしい事この上ないアホじゃないか。
とはいえ、今さら聞かなかった事にしてくれとは言いづらい。
「企業秘密だ」
使って初めて理解できる。
なるほど、これは便利な言葉だ。
はい、いいえ、と言わない曖昧さ。
それは、聞く側にとって混乱する他ないのだから。
「……結局、何の用だったんだい。絶夜」
「なに、謝罪を兼ねた宣戦布告みたいなものだ」
「それはまた物騒だなぁ。けど、どんな事をするつもりなんだい?」
「生まれて初めて、仕事に私情を挟むことにする。はっきりいって、凄い子供じみた事を盛大にやってやろうと思っている。場合によっては、親父殿とTCMにも迷惑をかけるかも知れない」
「…………」
「だから、先に謝っておきたかった。今からやる事に、ごめんと言いたかったんだ」
そして少しだけ疑った事にも、ごめんなさい。
とはさすがに口には出さない。全て
言ってしまえば協力してくれるに違いない。
だが、巻き込む訳にはいかないのだ。
「……絶夜、僕にはお前が何を言っているのか全然、理解できないよ」
「そうだろうな」
「けれどまぁ、好きにやりなさい」
「止めないのか?」
「なに、信用しているさ」
「――――」
そう親父殿に言われた瞬間、あぁ報われたと思った。
本当は有浦さんが言うように黙って金を渡せば全て丸く収まるのだ。
ソレを嫌ったのは、俺がまだ子供だからだ。
そんな自覚があるからこそ、今からやる事に引け目があった。
だが俺の心に曇りがかっていたソレも、もう晴れた。
思い残すことはあと一つ、亰花の事だけである。
「さて、親父殿。俺は用事を思い出した。そろそろ会話を切らせて貰うぞ」
「もちろんそれは構わないけど、用事ってなんだい?」
「……笑うなよ。ここら辺で一番美味しい、ショートケーキを買いに行きたいんだ」




