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追い詰められたよ

 驚いて固まっている俺に、和沙さんは堂々と言い放つ。


「一人暮らしの3LDKだし、寝室は一つ作れる筈よね?」


 余りのことに開いた口がふさがらない。

 驚天動地とは、まさにこの事だ。

 ……管理して欲しい、天保院にとって大事な物。

 その名は、天保院 和沙。

 確かに当て嵌まるけれど、それが同棲に繋がるとは誰が想像しようか。


『なにこれ、こわい』


 と俺の欲望でさえ呟くほどだ。


「本気、なんですか?」

「真剣よ」

 

 たしかに目が笑っていない。

 社会人の女性が高校生との同棲を提案するなんて、酔狂(すいきょう)にも程があるというのに。

 ……まさか、これが結婚活動(こんかつ)というやつなのか?

 二十代前半で働き盛りの和沙さんでも、将来の家庭像を想像して焦っているのか?

 仕事でいくらキャリアを積んでも、私生活では満たされずに恋人という(うるお)いを欲しているのだろうか? 

 いずれにせよ、問い質さねば成るまい。


「これは、ビジネスに関わる会合ではないのですか?」


 そう。俺はレビュリストとしての仕事を受けに来たのだ。

 断じて、二十代女性との同棲生活を受け入れに来たのではない。


「あら。私は、商売の話をしたいなんて言ってませんよ」


 ――確かに言っていない。

 少なくとも、直接そう聞いた訳では無い。

 ビジネスの話というのは、親父殿との会話で俺が判断しただけである。

 だが、しかし。 


「……父は、この内容を知っているんでしょうか? 大した確認を取らずに、父がこんな話を飲むとは考えにくいのですが」

「親御さんに報告するのは当たり前です。馬波部長には『息子を信頼している』という言葉と共に快諾して頂いたわ」


 お・や・じ・ど・の。


 いくら家族に信頼を得られても、こればかりは素直に喜べないぞ親父殿。

 俺とて年頃の青少年である。


『これはこれでアリ』


と早くも同棲生活に夢を抱き始めている俺の欲望を、理性で制御するのも限界があるというものだ。

 ましてや相手は親父殿の会社トップの縁者(えんじゃ)であり、俺にとっても得意先の幹部だ。

 万が一にでも間違いが発生したら責任問題は必至だし、行き着く先は教会で神父に見守られながら生涯の愛を誓う事になるだろう。

 ――それが嫌だとは言わない。

 しかし、物事には順序と言うものがある筈だ。


「ちなみに、もう物理的に同居生活は始まっているわ」

「どういう意味ですか」

「引っ越し業者を利用して、生活に必要な荷物は貴方の部屋に運び込まれているのよ。ここから帰る頃には、全て完了しているわ」

「……冗談を言っている顔ではありませんね」

「だから言ったでしょう、真剣なのよ」

 

 そう言って和沙さんはポケットの中からスマートフォンを取り出した。

 ――液晶の画面に映し出されていたのは、説得力に溢れる動画だった。

 俺の部屋に複数の作業員が入り込み、いくつもの段ボール箱を運び出している様子が撮影されている。

 誰が見ても、すぐに判る引っ越し作業の風景だ。


「……この有言実行っぷりは、素晴らしいですね」

「あら。そのわりには、もしかして喜んで貰えていない?」

「いくらなんでも事後承諾(じごしょうだく)すぎです。クリスマスが過ぎた正月にサンタが家に不法侵入してプレゼントを受け取れと言って来ても、心の準備という物がある」

「……たとえは良く分からないけど、貴方が混乱しているのは良く分かったわ」

「はい」


 しかし親父殿が全面的に協力しているならば、どうやっても同居は避けられまい。

 というか現実として、引っ越し作業が完遂しかけているのだから避けようがない。

 ならば、いっそここは開き直って交渉内容の妥協を探るべきである。


「……百歩譲って同居の件は受け入れましょう」

「えぇ、嬉しい言葉だわ」

「しかし、まずはメールアドレスと電話番号の交換。そこからデートを繰り返してお互いのことをよく知る所から始めませんか」

「まぁ、まるで恋人のようね?」


 右手で口元を隠して、驚きの声を上げる和沙さん。

 こちらが全面的に正しいのに、こういうリアクションを取られると自分が間違っている気になってしまう。

 ――だが。


「俺にとって、異性との同棲生活は恋人とするべきものです。そして今日初めて出会った女性を部屋に招いても良いと思うほど、俺は無責任ではありません」

「なるほど。馬波部長が笑顔で快諾した訳だわ。絶夜くん、貴方は間違いなく信頼に足りる男性ね」

「そう思って頂けるなら、話は早い」

「えぇ、是非とも貴方には同棲してもらいたいわ。この様子なら、嫌悪感は抱かれていないようですし」


 俺は思わず頭を抱える。

 困ったことに、和沙さんは見た目以上のアグレッシブな性格だった。

 仕事の出来る女性というのは、きっと恋愛においても迅速なのだろう。


「……俺の、時期尚早(じきしょうそう)だという主張は通りますか?」

「案ずるより産むが易しの精神よ。これも、社会経験だと思って頂けないかしら?」

「……それは」


 ズルイ、俺はその言葉を否定できない。

 社会経験というのは、俺にとって強力な説得力を持つ言葉だ。

 何より大人の女性との同棲生活は、さぞかし俺に多大な経験を与えてくれるだろう。


「当然だけど、貴方に経済的負担をかけない事は、天保院がきちんと保障します」

「ぐっ」


 ……まいった。

 共同生活においての、最大のデメリットまで解消されたら立つ瀬がない。


「親の同意、金銭面の解消、そもそも引っ越しが始まっている。もはや、客観的な逃げ場が見当たらないですね」

「そう、あとは当人同士の気持ち次第と言う事になるわね」


 まるで袋小路に追い詰められた気分だ。

 正直に言えば、積極的に迫られて断る気持ちを見失いつつある。

 俺の欲望が『了承しよう、結婚しよう』と囁き続けているのも問題だ。

 このままでは、遠からず和沙さんの言葉に頷いてしまうだろう。


「……和沙さんなら同棲相手でも引く手あまたでしょう。何故、俺を選ぶんですか?」

「あら、一緒に暮らして欲しいのは私ではありませんよ?」

「――――」

 再びの思考停止。いったい、どういう事なの。

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