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デート終了

 ――オルゴールの制作時間、残り四十分。

 

 俺は、木箱に鉛筆で花を描き上げていた。

 ――何故、花なのか。

 それは彼女に送るプレゼントは、名前と同じ物が良いと思ったからだ。

 それも、亰花の気質にピッタリな深紅(しんく)薔薇(ばら)である。

 しかし一輪の花というのも寂しいので、せめて三本は描いておきたい。


 ……そうして、残り時間が五分を切った頃。

 ふと顔を見上げてみると、亰花がジッと俺を見ていた事に気が付いた。

 どうやら、亰花の方は既に完成しているらしい。


「……終わりましたの?」

「まぁな」

「イラストは、三本の赤い薔薇ですのね」

「あぁ。亰花の印象を意識して作ってみたんだ。それに、薔薇が好きだろう?」


 かなり照れながら説明する。

 言っていて自分でも恥ずかしくなるが、我慢だ。

 多分、デートってそういうものが醍醐味だと思う。

 それに対し、亰花は驚いた様子で口元を手で(おお)った。


「まぁ。ならこの絵には、わたくしへの気持ちが込められていますのね」

「気持ちか。まぁ、そう言っても過言ではないな」

「――では絵のメッセージは、そのままの意味で受け取って宜しいんですの?」

「……?」


 絵のメッセージってなんだ、いまいち良く分からない。

 そんな事情を無視して、亰花はフワリと舞うように立ち上がる。

 ――と同時に、俺の耳にこう(ささや)いてきた。


「赤い薔薇の花言葉は愛情。三本の薔薇を送る意味は、告白ですわ」

「――――」


 暖かい亰花の息づかいが肌に伝わる。

 と同時に、俺の全身が薔薇のように赤色に染まってしまった。

 端的に言えば、心臓が焼けるほどに恥ずかしい。

 もちろん、そんなメッセージなんて込めていなかった。

 ドギマギしながら亰花の様子を確認する。

 ・・…当の本人は仕方なさそうな表情で、クスッと俺に笑いかけてきた。


「……安心して、というのも変ですけど。三本の赤い薔薇は、意図していない偶然の産物だという事くらい判っていますわ」

「え?」

「二週間も同棲していれば、多少は貴方のことも理解できますわ。絶夜は臨機応変なタイプを装っていますけど、本当は不意打ちに弱い不器用さんですもの」

「……もしかして、俺はからかわれたのか?」

「嬉しかったのは本当です。えぇ、これなら一生の宝物に出来ますわ」


 なんか、上手く丸め込まれた気がする。

 不満はないが、クスッと笑われたことは釈然(しやくぜん)としない。

 まったく。

 一体ドコの誰が、不意打ちに弱い不器用さんだというのだ。

 納得できないという態度を見せながら、俺は仕返しとして亰花にオルゴールを求めることにした。


「それで、お前の作ったオルゴールは何処にあるんだよ。まさか、未完成だなんて事は無いだろうな」

「もちろん完成しましたわ。真似する訳ではありませんけど、わたくしも貴方をイメージしたイラストを施しましたのよ」


 亰花は、机の上に置いていた手提げバッグの裏側に手を置いた。

 ……なるほど。

 どうやら、俺に見えないようにオルゴールを隠していたらしい。


「では受け取ってくださいな。コレがわたくしの、貴方へのプレゼントですわ」

「あぁ、ありがとう」


 机を挟み、対面から両手に乗せられたソレを見る。


「  」


 言葉がない。

 時間は絶えず進んでいく物だ。

 だが、その(とき)ばかりは世界が止まっていたに違いない。 

 

 ――馬だった。

 

 オルゴールの蓋に描かれていた絵は、黒くて立派な馬だったのだ。

 しかも女の子が描く、可愛らしくてファンシーなキャラクターではない。

 その姿は(たてがみ)が荒々しく筋肉が隆起している。

 もはや平面から飛び出て、そのまま疾走しそうなくらいリアルだ。


 この箱だけでも、商品として売れそうな程のハイレベルである。

 俺の描いた三本の薔薇など、コレに比べれば落書きに過ぎないだろう。


「馬波、絶夜。名は体を表すという言葉もある通り、貴方にピッタリの黒馬を採用しましたわ」

「……うん」


 なにかに敗北した気持ちで素直に受け取る。

 ずっしりと重い。

 きっとこれが、亰花の気持ちの表れなのだろう。

 そう思えば太鼓を打つように、ドンドンと胸が高まる。

 

 ……のだが、改めて手元にあるオルゴールを認識するとソレが失速した。

 見れば見るほど、俺のオルゴールと釣り合いが取れていない。

 工芸品のように豪華な代物は、逆に人を萎縮させてしまうものだ。


 何より、テーマが馬という事実。

 これが本当の上手(うま)すぎる、か。

 我ながら、なんてくだらない駄洒落。

 けれど、あえてソレを口にしたいくらい、男心というのは繊細で複雑なのである。

 ……まぁ、しかし。


「ありがとう。良い思い出になったよ」


 それが、俺の口から出せる精一杯の言葉だった。


 ――土産物を見たあとに、俺と亰花は再び外へ。


 なんだかんだで、よく遊んで時刻はもう夕方だ。

 オレンジ色に染まった空を背景に、俺たちは広場に来ていた。

 全ての施設を制覇したので休憩がてら、ベンチに座りながら大きな噴水を二人で眺めている最中である。


「そろそろ奈緒さん達と合流しましょうか」

「……あぁ、そうだな」


 俺が頷いた事を確認すると、亰花は携帯電話で奈緒へとコールをかけた。

 どこにいるのか尋ねたら、どうやら出口に近い薔薇園に居るらしい。

 それならば、奈緒達は先に出口で待っているという結論に達したという。


「あまり急がなくても良いと言われましたわ」


 それは別名、気を遣われたと言う。

 ……だが亰花は、変な所で空気を読めないのだ。


「奈緒さん達を待たせたくありませんし、わたくし達も早く出ましょう」


 電話を切ってベンチから立ち上がると、自然な仕草で俺に手を伸ばす。

 理由は友達が待っているから。

 うん、じつに正しい対応だ。

 そろそろ閉園だし、反対する気はない。

 後は俺が亰花と手を繋いで、帰るだけ。


 ――でもその瞬間が、余りにも名残惜しく感じられるのだ。


 ここで帰れば明日から日常だ。

 たとえ用意されたデートでも、今日という特別な日が終わるのだ。

 そこに、未練が残ってしまう。

 ……だから俺は手を握る代わりに、亰花に質問を差し出したのである。


「亰花、今日のデートは楽しかっただろうか?」


 我ながら、じつにくだらない質問だという自覚はある。

 聞かずとも判る事だ。

 時間稼ぎに選ぶ内容ではない。

 それでも、実際に聞きたくなってしまったのだから仕方ない。


「えぇ、素敵でしたわ」

「どれくらい?」

「絶対に、貴方を忘れないくらいに」


 ……それはさすがに、大袈裟な感想だ。

 俺は笑い声を交えながらそう言ってやろうと思い、しかし止めた。

 だって、亰花は冗談で言ったのではないのだ。

 真剣な表情で口にしているのである。


「忘れる前に、またデートくらい出来るさ」

「難しそうですわ。だって、きっとこれが最初で最後のデートですもの」

「そうか」


 なんだ、やはり亰花も気付いていたか。

 ――もし作戦が成功すれば、同居が解消される可能性に。

 いや、それどころか亰花が再び転校しても不思議ではない。

 

 和沙さん曰く、同居生活は有浦さんを釣り上げる為の作戦だったのだ。

 

 ならば、それが済めば俺たちの同居する理由も終わると言う事である。

 必ずそうなると、和沙さんは口にしていなかった。

 だが、希望的観測を求めるほど子供ではないつもりだ。

 ……だからきっと、これは亰花との最初で最後のデート。

 亰花がそう言うように、俺もそう思っていた。

 ……なのに亰花は寂しくないのか。

 なんて、言い出すのはさすがに恥ずかしい。

 亰花に合わせるように、俺も平然とした口調で応えたいのだ。


「その割には、あっさりした態度だな。遊び足りないと、駄々をこねると思ったのに」

「あら、駄々をこねる必要はありませんわ」

「……どうして?」 

「だって、貴方と過ごす毎日はデートみたいに楽しいんですもの」


 その言葉に、ギュッと胸が詰まる感覚になった。

 どうやら、それが亰花が不機嫌にならない理由らしい。


「……なるほど。確かにそう考えれば、悪くない」

「絶夜はデートを楽しめました?」

「……あぁ、いつもみたいに楽しめたさ」

「ならきっと、わたくしたちは今日の気持ちを忘れませんわ。だから、名残惜しくも寂しくはありません。だって、明日も同じ気持ちになれるんですもの」


 お互いに満足する物だったというなら、それこそが最高の思い出だろう。

 もう未練はない。

 後悔だってする訳が無い。

 ――そんなやせ我慢をしながら、亰花の手をしっかりと握りつつ。

やがて俺たちは家路(いえじ)に着いたのだった。

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