オルゴール
――エントランスホールの自動オルガンは確かに立派だった。
内装も、舞踏会が開けそうな豪華絢爛っぷりだ。
しかし恋人と過ごす場所としては、上手く馴染めずにいた。
結論を言えば、俺たち以外の見物人が多すぎたのだ。
人の気配が気になりすぎて、いまいち雰囲気が作りにくいのである。
何より困ったのは、亰花に話しかけてくる観光客だ。
どうやら彼らにとって、ヨーロッパ風の内装と金髪の亰花は絵画のように見栄えが良いようで、一緒に写真を撮ってくれと頼まれる事さえあった。
しかも亰花は、こういうお願いを断らない性格である。
――何故だかソレが、無性に腹立たしかったのだ。
そんな訳で名残惜しかったが、五分足らずで出てしまった。
まぁ不幸中の幸いなのは、亰花が不満そうにしていない事だ。
「次はドコに行きますの?」
それ所か、前向きに別の行き先を提案してきている。
亰花の態度は演技じゃない。正真正銘、今を楽しんでいるのだ。
「……どこかの施設に入るより、俺としては園内の散策をして、ゆっくりとデートに慣れたいんだが」
「えぇ、それでも構いませんわ」
普段の亰花からは、とても考えられない程の従順さだ。
二週間の同棲を過ぎしてきたが、亰花の知らない一面を見た気がした。
いや、逆か。
たった二週間で、人間の全てが判る筈がないのだ。
「……じゃあ今から、ここから一番遠いバラ園まで行こう。ソレが終わったら、昼食を取る。そこまで時間を使ったら、今度こそ他の施設の観光だ」
「ずっと、手を繋いだまま?」
「……あぁ、ずっと手を繋いだまま」
「素敵ですわ、絶夜」
「そうか」
淡々と答えたつもりだが、おそらく俺の顔は紅潮しているだろう。
まったく、困った。
デートって、どうやったら早く慣れるんだ。
参考になるレビューを、誰か教えて欲しい。
――そして。
なんだかんだで二時間が砂糖のように溶けてしまった。
ここまで経過すると、さすがに状況と雰囲気にも慣れてくるものだ。
別名、余裕が出てきたとも言う。
バラ園を見て回り、昼食も済ませた俺たちは、次の目的地に行く。
そこは、第二展示場と呼ばれるアイテムショップだ。
来た理由としては、もちろん土産を買うという用事もある。
だが最大の理由は違う。
ココが麻美の言っていた、オルゴールを作れる体験工房だからだった。
実際に中へ入って一番先に目に付くのが、からくり時計のオルゴールだ。
そのからくり時計を囲むように、クロスを敷いたウッドテーブル置かれており、その上にはアクセサリーや食べ物などの商品が陳列されていた。
商品棚を使わないのは、ファンシーさに欠けるからだろうか。
……そんな分析が出来るくらいには、俺も落ち着きを取り戻していた。
ゆえに、オルゴールを作る工房のドアを開けた瞬間、俺以外には女性客しか居なかったという現実にも、何とか平静を保っていられたのである。
『ある意味、ハーレムだな』
という俺の欲望の声さえ受け流すくらいには、冷静でいられたのだ。
……まぁ、居心地が悪いことには変わりなかったが。
我慢して店員の説明を聞くと、オルゴール作りと言っても簡単に出来ることが判った。
まず、制作時間は一時間以内であるという事。
次に数種類ある木製の入れ物に、メロディーの決まったオルゴールを入れる。
そしてあとは塗装するという、簡素な品だったのだ。
工房内には長方形のテーブルと椅子がいくつか配列されており、その机で絵の具やペイントスプレーをしろ、という事らしい。
味気ない作業だが、女子という物はオリジナルという言葉に弱いらしい。
既製品より出来が悪くても、手作りという事実が重要なのだろう。
たとえば一人で作業する女性客は黙々と、友達連れの女性客は和気藹々(わきあいあい)と、オルゴールに絵付けを施していた。
それは、亰花も例外ではない。
向かいの席に座り、鼻歌交じりに鉛筆で下書きをしている。
その姿は、完全に図工を楽しむ子供のソレである。
「ところで絶夜は、一体どんなイラストを描くんですの?」
「適当だが?」
「ソレは駄目ですわ。キチンと心を込めて作ってくださいまし」
キッパリとした言葉。
なんだか久しぶりに聞いた気分になる、亰花の命令口調だ。
もちろん悪い気はしない。
不満そうに頬を膨らませる様子は、いつもの日常を感じさせてくれる。
「せっかく綺麗な思い出作りになっているんですもの、ココで濁したくありませんわ」
「とはいえ俺が心を込めて作っても、誰も得をしないぞ」
「あら、わたくしが損をしますわ」
「……ほう。そのこころは?」
「だって完成したら、お互いのオルゴールを交換しようと思っていますもの」
「なんだ、と?」
寝耳に水である。
しかし亰花は真顔でコクリと頷いた。
つまり本気なのだ。
「……良いのか。俺は絵が下手なんだぞ」
「わたくしだって得意ではありませんわ。でも、そんなことは些細な事ですもの。大切なのは気持ちの問題ではなくて?」
「むぅ」
思わず唸ってしまう。
大切なものは気持ち、俺はそういう言葉に弱いのである。
それに少なくとも、亰花はコチラの為にオルゴールを作っているのだ。
ならば、俺も同じように取りかからねば失礼だろう。
「……努力はするが、期待するなよ」
ぶっきらぼうに言い放ったつもりだったが、果たして亰花にはどんな風に聞こえたのだろうか。
「どんな物が出来上がっても大切にしますわ。これでもわたくし、物持ちは良い方なんですわよ」
こんな言葉を返されたら、頑張らずにはいられないではないか。
残り制作時間、五十分弱。
亰花が満足できるかは判らないが、俺なりの誠意を作り上げてみせよう。




