いざデートへ
――電車に揺られ、タクシーに乗り込んで数時間。
到着した場所は、県内南部に位置するオルゴールのテーマパークだった。
ヨーロッパの小さな街をイメージして作られた遊興施設は、石畳の路面や庭園を有している他に、世界各国から集めたオルゴールの美術館としても有名らしい。
……少なくとも、パンフレットにはそう書いてある。
だが今現在、この施設で最も売りになっているのはオルゴールではなく景色だと思う。
何しろココは、世界遺産登録された富士山のお膝元なのだ。
煉瓦で出来た西洋風の施設の背後に、日本の象徴たる富士山が強烈に存在感をアピールしているのである。
――なんという違和感、だがソレが良い。
良いと言えば、噴水どころか小さな川まで流れているファンシーな町並みの中、ごったに溢れる老若男女な人々も最高である。
まさに観光地に来た、という事を実感できるからだ。
そしてその効果効能は、一緒に来ていた女子三人の心を大いに弾ませていた。
「うわぁ凄いな。あっちこっちでメロディが聞こえる」
「えぇ、素敵な音色ですわ」
「ねぇ見て。オリジナルのオルゴールを作れる所があるってパンフに載ってるよ」
……来て早々、完全に遊ぶ気満々の台詞である。
だがソレが良い。
偽装のデートであっても、スパイを騙せるように楽しむことが仕事なのだ。
とはいえ、油断は禁物だ。
「まぁ人目もあるし、あまり羽目を外しすぎないように気を付けないとな」
「嫌ですわ、全力で楽しみますわ」
速攻で拒否された。その上、麻美と奈緒まで亰花に同調しているようである。
「絶夜、さすがに空気読みなよ」
「作戦を気にしてたら、オリジナルのオルゴール作りに集中できないよ。絶夜くん」
こういう時の女子の決断力は凄い。
何より怖い。
身長が低いはずの三人に、圧力という名の富士山を感じてしまった。
「……判ったよ、俺が悪かった。空気を読んで、俺もデートを楽しんでみせるさ」
「ほうほう。じゃあ、その言葉に責任を持って貰おうか」
フフフ、と口元を釣り上げた奈緒が、俺の手をガシッと握ってきた。
そして亰花の手元まで引っ張ると、俺の手と亰花の手を重ね合わせる。
「二人は恋人で、デートしてるって設定でしょ。なら、これくらい当然でしょ」
「それ、採用ですわ」
鈴のように声を弾ませて、亰花が俺の手を掴む。
絡み合う指と指、認識する女の子の体温。
……俺が有無を言う前に、ギュッと手を繋がれた状態が完成した。
「おぉ、一気に恋人っぽくなったね」
大袈裟に驚く演技をする奈緒が、冷やかす口調で喋る。
少しイラっと来たので、仕返しすることにした。
「……昨日、お前がやっていた事と同じだよ」
「ふぇ?」
反撃の効果は抜群だった。
奈緒が顔を真っ赤にして、悔しそうに顔を歪ませたのだ。
「どうだ、恥ずかしいだろう。あの時は俺もそうだった」
「馬鹿、そういう事は言わない約束でしょ。だいたい、アレこそ演技だしっ」
「はいはい。そうですね」
必至な表情で言われても説得力は皆無だが、復讐は果たしたので勘弁してやろう。
なにより、いつまでも同じ所に留まっている訳にもいかない。
「さて。そろそろ行動するか、亰花」
「賛成ですわ。わたくし達はデートしに来たんですもの」
心底嬉しそうにテンションを上昇させる亰花を見て、麻美もコクコクと頷いた。
「奈緒ちゃん、私も早くオリジナルのオルゴール作りたいな」
「……あとで覚えてなさいよ、絶夜」
などと言いつつ、奈緒はパンフレットを片手に持ちながら、オルゴールが作れる工房へと足先を向けている。
なんだかんだ言って、麻美のオルゴール作りに付き合うつもりらしい。
「……ほら、行こう麻美。オルゴールが作れる所、コッチだってさ」
「うん。ありがとう奈緒ちゃん」
そう言って麻美は嬉しそうに近付くと、すぐさま奈緒の手を握った。
「ちょ、麻美」
「えへへ。間接握手」
「……そういう所、意外と負けず嫌いだよね」
「だって、羨ましかったんだもん」
なんか声のかけにくい雰囲気のまま、二人は目的地へと行ってしまう。
そうなれば必然として、手を繋いだままの俺と亰花が残される。
――その状況が、今更ながら恥ずかしい。
初めてのデートなんて、緊張しない方がおかしいのである。
「さて絶夜。二人っきりですわね」
「そうだな」
「それで絶夜は一体、どこに行きますの?」
「なんだ。亰花はデートプランを考えなかったのか?」
「エスコートしてくださいな」
……意外だった。
てっきり連れ回されると思ったが、デートの主導権は俺にあるらしい。
しかし逆に困った。
「……亰花、俺はデートが初めてだ」
「わたくしも初めてですわ」
「そうだったな。だが俺はお前以上に緊張している。告白すればな、ドコに行ったら良いのか判らないんだよ」
「大丈夫ですわ。絶夜と一緒にいれば、わたくしはドコだって楽しめますもの」
攻撃力の高い殺し文句だ。
しかも俺の胸に、グサッと突き刺さるタイプである。
女の子にココまで言われては、男として意地を見せねばなるまい。
「じゃあ、ここはオーソドックスに、この第一エントランスホールと書かれた場所にでも行ってみるか」
俺が指さしたのは、入園してすぐ側にあるピンク色の建物だった。
パンフレットによれば、何でも世界最大規模の自動オルガンがあるらしい。
どれだけ凄いのかは知らないが、がっかりする事はないだろう。
「ちょっと無難だったか?」
「いいえ。安心できますわ」
その台詞に、思わずドキッとしてしまう。
普段は自分中心で生きている癖に、こういう時に控えめだと困惑する。
『これがギャップ萌えか』
……判らないが、可愛いと思ったのは確かだ。
少なくとも亰花が本当の恋人だったら良いのに、と思うくらいには。
もちろん、本人にそんな恥ずかしいことは言えない。
だから代わりに、手をギュッと強く握る。
そんな事情なんて知らないだろうに、亰花は黙って握り返してくれた。
「…………」
「…………」
お互いに無言となってしまったが、別に居心地は悪くない。
そんな風に思いつつ、俺と亰花のデート作戦はスタートしたのだった。
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