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一難去って

※ 次の更新予定は未定です ※

 蛇に睨まれたカエルのように動かない奈緒を見て、有浦さんは口元を釣り上げた。


「やっぱり、御両親に言っていないようだね?」

「……」


 有浦さんの質問に、奈緒は口元を歪ませるだけで黙り込んでしまった。 

 だが無理もないだろう。

 何故なら奈緒の両親が、俺の事を知っている訳が無い。

 奈緒が泊まる許可を貰っているのは、あくまでも友達たる亰花のマンションだという事になっているからである。


 そこに俺は含まれていないのだ。


 異性が居るなんてばれたら、間違いなく両親の怒りに触れるだろう。

 しかしそれでも奈緒は虚勢を張るのを止めなかった。


「……知ってますよ」


 細く、震えた声でそう絞り出す。

 その態度に、有浦さんは仕方なさそうに笑う。

 それは子供の悪戯を許す、大人の表情だった。


「いやいや。変な嘘を吐かなくて良いよ」

「な、なんで決め付けるんですか」

「これはボクの勘だけど、君は友達の家に泊まることは話しても、その家に大人がいないどころか年頃の異性が住んでいる事なんて、言っていないんじゃないかな?」


 図星だ。

 俺さえ悔しくなる程に、有浦さんは奈緒の事情を見事に言い当てた。

 言い返せず、唇を歪ませる奈緒が涙目で有浦さんを睨んでいる。

 今の状況を例えるならば、敗北という言葉が相応しい。

 

 ――しかし、それは奈緒が孤軍奮闘(こぐんふんとう)している場合の話だ。


「知ってますよ。逆に言って、その事を有浦さんが知らないわけ無いでしょう?」

「え?」


 まさか、俺が答えるとは思わなかったのだろう。

 有浦さんは戸惑っている。

 攻めるなら今だ、それも最も効果的な方法で。


「このマンションについて父から聞いた有浦さんなら当然、俺たちの事情だって教えて貰っているはずじゃないですか」

「……ま、まぁね」


 渾身(こんしん)の笑顔を向ける俺に、今度は有浦さんが、たじろぐ立場になった。

 ――さぁ、ここからは腹の探り合いだ。

 おそらく有浦さんは、何かの目的をもって無断でココまでやって来たのだろう。

 親父殿に頼まれたという嘘まで吐いて。

 だが、その嘘が有浦さんの急所なのである。


「俺たちの言葉が信用できないなら、父に確認を取ってみたらどうですか?」


 それは出来ない筈だ。

 本当に親父殿に頼まれてきたというなら、亰花のことを知らないはずがない。

 事実、有浦さんの顔色はカメレオンのようにめまぐるしい変化を遂げた。

 大人の余裕は塗装(とそう)のように剥げ落ちて、残ったのは焦った様子のサラリーマンだ。


「……ちょっと、からかってみただけさ」


 両手を挙げるポーズをしながら、有浦さんは仕方なそうに溜息を吐いた。

 どうやら降参を意味しているようである。


「親の公認で二人が付き合っているなら、ボクがとやかく言える訳もない。恋人の邪魔をするのも悪いし、元気そうな様子も見れたから帰るとするよ」


 それは敗北宣言だったのだろう。

 有浦さんは靴をはき直し、襟を正した。

 ……そして手に持っていたビニール袋を、コチラに寄越す。


「じゃ絶夜くん、これ。遠慮なく食べてくれて良いから」


 そう言って返事も待たずに、有浦さんはコチラに背を向ける。

 どうやら、本当に帰ってしまうようだ。


「あ、お土産ありがとうございました」

「……うん」


 ふり返らないまま、ただフラフラと手を振る有浦さん。

 そしてガチャン、と。

 ドアの閉じた音によって、招かれざる客の襲来は幕を落とした。


「ぎりぎり、セーフ。危うく亰花のことがバレる所だったね、絶夜」


 安堵の溜息を吐きながら、奈緒は俺の腰から離れた。

 ソレに名残惜しさを感じながらも、俺は危機を救ってくれた恩人に感謝を示す。


「すまん。助かった、奈緒」

「か、勘違いしないでよね。これ、友達として助けただけだから」


『こいつ、ツンデレかよ』


 そう言ってやるな、俺の欲望。


 おそらく本心だ。

 友達思いだから、仕方なく助けてくれたのだろう。


「っていうか、さ。すまんは余計でしょ、あたしが望んでやった事なんだし」

「しかし、そうは言うがな」

「あたしの為を思うなら、気にするな」

「は?」

「もっと軽く考えてよ。泊まり込みの代金を、身体で支払ったっていう設定で良いから」


 そういう台詞は、顔を真っ赤にした女の子が言うべきものじゃない。

 などと思うが口には出さない。藪蛇(やぶへび)は御免だ。

 しかし、軽く考えろという命令を聞く気も無い。


「……あのな。気にするなとか、さすがに無茶を言うなよ」

「なんでよ?」


 なんか逆ギレみたいな態度で聞き返された。

 仕方ない、そこまで知りたいなら聞かせてやろう。


「なんでって決まってる、俺は女子に抱き付かれたこと、無いんだぞ」

「え?」


 ――くそ。

 つい勢いで、そんな悲しい事実を口にしてしまった。

 だが、だからこそ軽く考えてよ、という意見には逆らいたかったのだ。


「……言われてみれば、あたしも初めてだ」

「そ、そうか」

「うん」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が流れた。

 冷静にさっきの状況を考えれば考えるほど、抱き付く行為は友達の範囲を超えている気がしてくる。

 おそらく、奈緒も同じ事を思っているに違いない。

 その顔を見ると、湯上がりとはまた違う蒸気を出している事が確認できる。


『エロい。恥ずかしがる女の子はエロい』


 などと考えてしまう俺の欲望が憎い。

 恩人の為に、話題を変えよう。

 そうすれば俺の欲望も消え去るはずだ。


「……そういえば。何で亰花の存在を隠すのに、奈緒が来たんだ?」


 ――バレバレな話題逸らし、バレバレな誤魔化しだ。

 頬を染めて、じっと見つめてくる奈緒の視線がそう言っている。

 それでも、俺の提案に乗ってくれるようだ。

 仕方なそうに溜息は吐いている。


「えーと。麻美に言われたから? まぁ、詳しくは本人に訊いてよ」


 カリカリと指先で頬を掻きながら、奈緒は廊下に向かって声をかけた。


「麻美、亰花。もう大丈夫だから、そろそろ出てきなよ」


 その言葉に反応して、リビングのドアがカチャッと開かれる。

 最初に出てきたのは麻美の方だった。

 小動物のようにヒョコッと顔を出すと、トテトテと小走りにコチラにやって来る。

 一方、亰花は風船みたいにプクプクと頬を膨らませて、麻美の後に続く。


「むぅ。むぅ、むぅ。ですわ」

「……どうした、亰花。動物の鳴き声でも真似しているのか?」

「違いますわ。先程のやり取りに不満を持ったので、それを声で表現したんですわ」

「……ちゃっかり聞いていたのか」

「だって普通に会話が耳に届いたんですもの」

「けど、お前が不満を持つ理由なんて無いだろう?」

「ありましたわ。気付きませんの?」

「有浦さんの態度のことか?」


 亰花はブンブンと首を大きく左右に振る。

 そしてすぐさま、突き刺すような勢いで俺に人差し指を向けた。


「いわゆる、寝取られた気分ですわっ。NTRですわッ」

「は?」


 ……判らない。

 いったい、どういう意味なの。

 亰花の言い分に混乱していると、麻美が亰花の背後に回った。


「ちょっとごめんね、亰花ちゃん」


 そう言うと、右手でスッと亰花の口を塞ぐ。


「むぐっ」


 ……えっ。なんなの、

 これ。何しに来たの、この人達。


「あのね、絶夜くん。勘違いしないで欲しいんだけど」

「うん」


 ……普段は、友達の言動を物理的に封じる女の子じゃないって言いたいのかな。

 そういうことなら、心配しないで欲しい。


「じつは、さっきも亰花ちゃんに同じ事してたけど、好きでやってる訳じゃないから」

「そう、か。今日で二回目の行為だったのか」


 ……道理で手慣れた動作だった訳だ。

 余計な心配するんじゃなかった。

 とはいえ心のダメージというのは、想像以上に胸に響くのだと知った。


「けど、あの場で亰花ちゃんを向かわせる訳には、行かなかったでしょ?」

「はい」


 とりあえず、俺は麻美の言葉に頷くことにした。

 彼女の言い分には、正当な理屈がある。

 そう思いたい、そう決めた。


「……じゃあ麻美は亰花の足止めをしていたから、代わりに奈緒がやって来たのか」

「うん。それも理由の一つなんだけど」


 ――あるのか、別の理由も。


「私があの人に会わなかった理由はね、あの人に会ったら、私のこともバレちゃうからなんだ」

「待て、どういう意味なんだ。麻美は、有浦さんのことを知っているのか?」

「二週間前、携帯電話で。馬波 正道って名乗っていた人だよ」

「――――」


 呼吸が止まる。

 その不意打ちの言葉が、胸に響く。


「間違いないのか」


 そう口にするのが精一杯だった。


「うん。怪しみながら声を聞いてたから、良く覚えてるよ」

「……まさかリピート・ネットと有浦さんは繋がりを持っていた、のか?」


 だとするならば、必然的に有浦さんはリピート・ネットの。

 考えたくない。

 これ以上、それを考えたら結論が出てしまう。

 ――だが。


「ねぇ絶夜。この事を、和沙姉様に連絡しなくて宜しいの?」


 亰花の言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 本人を見れば深刻な俺とは対照的に、とても緊張感のない顔だった。

 理由はすぐに分かった、この事態を理解していないのである。

 不穏な空気を察したのか、奈緒は押し黙っている。

 俺と同じ結論に至ったのか、麻美は経緯を見守っている。

 亰花だけが、何も分かっていない様子なのだ。

なのに、この場に居る誰よりも、正しいことを言っている。


「あの人が姉様の言っていた、TCMの社員という事でしょう?」

「…………」

「違いますの?」

「……違わない。あの人が和沙さんが気にしていた、来訪者だろう」

「なら連絡しなければ、駄目ですわよ?」

「あぁ、そうだったな」


 俺は携帯を取り出すと、さっそく和沙さんへと電話をかけようと、する。

だが上手く出来ない。

 ダイヤルを押す指先が震えるのだ。

 情けないことに、怒りよりも混乱している気持ちの方が大きい。


 ――今だって信じられない。


 だって、もし本当に有浦さんが盗作の件に関わっているなら、それは親父殿の部下がやった不始末と言う事だ。

 信じたくない。

 偶然であって欲しい。

 確かめたくない。


 ……だがコールは繋がった。


 事実確認の為の手段が、繋がってしまったのだ。

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