ありうら=うらあり
※ 次の更新予定は6月29日午後10時頃です ※
「やぁ、絶夜くん。祝賀パーティー以来だね」
玄関の前で待機していると、にこやかに微笑む有浦さんが入ってきた。
その右手には白いビニール袋が握られている。
見た目だけなら、お土産を片手に遊びに来た知り合いに過ぎない。
……実際は、招かれざる客人だが。
「有浦さん。どうして此処に?」
「いやね、久しぶりに部長の家に行ったら絶夜くんが居ないからさ。部長に尋ねたら一人暮らしをしているって言うじゃない、そりゃ心配になって様子も見に来るさ」
「……父が、この場所を教えたんですか?」
「うん。本来は秘密らしいね。でもボクは部長の部下だし、親としては心配だから代わりに様子見して欲しいってさ」
「……はぁ、そうですか」
我ながら気のない返事だが、ソレも仕方のないことだ。
ハッキリ言って有浦さんとは、そこまで仲が良い訳ではない。
というか上司の息子とは言え、呼んでもいないのに訪問してくるのか?
「あぁ、そうそう。これ、お土産ね。ショートケーキとグレープジュースなんだけど」
「すみません、わざわざ気を遣って頂いて」
そんな社交辞令を口に出しつつ、やはり違和感を覚える。
もっと正確に言えば、俺は怪しんでいた。
この状況もそうだが、何より気になるのは和沙さんの言っていた言葉だ。
……亰花と同棲した初日、和沙さんは有浦という人物が訪問するかも知れない事を仄めかしていた。
そして実際、こうやって有浦さんがやって来た訳だ。
そりゃ警戒しない訳がない。
一方、有浦さんはコチラの心情を知ってか知らずか、周囲を伺うようにキョロキョロと視線を動かしていた。
そして、自分の足下である玄関に目を留める。
「……あれ、なんか靴が多いね? しかも女の子の履き物ばかりだ」
大げさに驚くような声を上げながら、靴に指を向ける有浦さん。
気のせいだろうか。
俺に対してと言うより、部屋の奥に居る誰かに聞こえるようなしゃべり方だ。
「もしかして、絶夜くんの他に誰か居るのかい?」
探るような視線をした有浦さんがそう口にした瞬間、俺は悟った。
ハッキリ言って、有浦さんの言葉は完全に嘘だ。
このマンションを親父殿に教えて貰ったのなら、亰花の存在を知らされていない筈がない。
……とはいえ、それを今ここで口にしても良いのだろうか。
たとえ指摘した所で、有浦さんが言い逃れる為に、女物の靴について追求してくるのは目に見えている。
――そうなってしまえば、有浦さんと明確な敵対関係が生まれるだろう。
仮にも知り合いだ、そうはなりたくない。
しかし靴を隠さなかったのは失敗だった。
最低でも亰花については隠したいが、あからさまな嘘は言えない。
だからといって、素直に亰花達を連れてくるのは抵抗を感じる。
そう思い悩んでいたとき、廊下から声が響き渡ってきた。
亰花ではない、奈緒だ。
「あっ、それ。全部あたしの物です。その証拠に靴のサイズ、全部一緒ですよ」
明るい口調でトコトコとやって来た奈緒は、俺の真横に陣取った。
いったい何しに来たのか。
そんな疑問も浮かぶが、ソレよりも。
……近い。
かなり近い。
お互いの肩が触れあう距離である。
ソレを意識して少し横にスライドするが、何故か余計に密着された。
なんだこれ。
ポカンした様子で見ていた有浦さんも、戸惑った声で呟く。
「……えーと。誰?」
「はじめまして、あたし春日居 奈緒って言います」
そう言って何故か、奈緒は俺の右手をギュッと握ってきた。
いわゆる、恋人繋ぎというヤツである。
あまりにも唐突な行為に、俺は慌てて奈緒の顔を見る。
しかし説明はなかった。
それどころか、無言のまま絡める指に力が加わる。
まるで俺を逃がさないように。
そうする奈緒の表情は、ほんの少しピンク色に染まっていた。
「……失礼だけど、二人の関係は?」
「恋人同士です」
「――――」
なんたる爆弾発言。
なのに違います、とは言えなかった。
何故なら奈緒が、ピッタリと身体を密着させてきたからだ。
コチラの肩に手を寄せて、俺の胸板に寄り添うように。
さらに、グイグイと腕を引っ張ってくる。
おかげで、ギュッと詰まった奈緒の胸の肉が、ダイレクトに俺の心臓に伝わる。
胸がボインと当たった。
とても大きかった。
『この子、亰花より大きいじゃないですか』
と俺の欲望が口にする通り、その存在感は富士山を上回るエベレスト級の高さだった。
おっぱいの圧力って、すごい。
「やだ。絶夜ったら、顔が真っ赤。恋人って言葉に照れちゃったの?」
小悪魔のように笑う奈緒の声。
しかし今の俺には何の抵抗感ない。
悪魔払い師だって、お手上げ状態になるに違いない。
それぐらい、おっぱいって凄い。
だから俺には、ただコクリと首を縦に振るしか術はなかったのだ。
「へ、へぇ。絶夜くん、否定しないんだ」
「当たり前じゃないですか。見ての通り、泊まり掛けする仲なんですよ?」
「……まいったなぁ。本当に恋人かい?」
「えぇ。好きでもないのに、こんな真似しませんよ」
そう言うと今度は、俺と腕を絡ませて有浦さんに見せつける。
『でもこれって、亰花をかばう為の芝居だよね』
と寂しそうに口にする俺の欲望。
恐らく、その推察は正しい。
以前から亰花との同棲がバレたら不味い事は説明していたし、変な追求を受けてる前に嘘という名の答えを用意してきたのだろう。
それ以外に、こんな荒唐無稽な真似をする理由が、他に見当たらない。
匿われている亰花はともかく、麻美も出てこない理由は不明だが。
まぁ別に芝居でも良い。何よりも、おっぱいが良い。
『半端に格好つけたって、良いことないよね』
その通りだと思う。
それに有浦さんの顔が、完全に出鼻を挫かれた表情をしている。
奈緒の身体を張った作戦が、功を奏しているのだ。
「予想外な展開だよ。まさか絶夜くんが、見ず知らずの女の子と同棲しているなんて」
「……有浦さん、でしたっけ。参ったって言う割には、口元がにやけてますよ?」
「あれ、気付いちゃったかい?」
奈緒の指摘に、開き直るように肩をすくめる有浦さん。
しかし、その目はまるで獲物を狙う蛇のような鈍い光を帯びている。
――ソレを見た瞬間、裏の顔とは、こういう表情を指すのだと知った。
少なくとも有浦さんが、こんな態度をするなんて夢にも思わなかった。
動揺をしている俺を尻目に、有浦さんは奈緒に視線を向けて話し始める。
「だって凄い興味あるんだよね、学生同士の同棲生活って。良ければ、詳しい話を聞かせて欲しいんだけど」
そう言って有浦さんは、自分の靴を脱ぎ出す仕草を始めた。
……まずい、このままでは強引に部屋の中へ侵入されてしまう。
ソレだけは避けたい。でなければ、俺が対応している意味が無い。
何より、奈緒が身体を張った努力も泡と消えてしまう。
「待ってください、有浦さん。入室を許可する訳にはいきません」
「どうしてだい? せっかくなんだから、お茶ぐらいご馳走してくれよ」
「――はい、ストップ」
有浦さんの前に立ち塞がりながら、奈緒が言葉を続ける。
「えーと。有浦さん、でしたっけ? あたしの髪の毛、まだ少し濡れてますよね」
「うん。そうだね。お風呂上がりかい?」
「そうですよ。あとはもう、二人で寝ようとしていた所なんですよ」
ピシッ、と空気が凍る発言だった。
夏だというのに、心臓が冷えてしまうほどだ。
俺はもちろんのこと、有浦さんでさえ冷や汗を掻いている位の衝撃である。
「……いやぁ、それはさすがに嘘だよね?」
「本当ですよ」
見惚れてしまうほどの満面の笑みで、奈緒はそう言い切る。
ともすれば、俺自身がそうなのかと頷きたくなるほど、迫真の演技だった。
「なんたって若いですから。色々と我慢できないんですよね、あたし」
そして有言実行とばかりに、両手を俺の腰に回して抱き付いてきた。
その瞬間、奈緒の体温がダイレクトに伝わってくる。
甘い匂いと共に、柔らかくて暖かい女の子の身体が寄り添ってきたのだ。
ドクン、ドクンと鳴る心臓の音が脇腹に響く。
あまりの鼓動の大きさに、瞬時に緊張している事を理解できた。
間違いない、奈緒は恥ずかしがっているのだ。
なのに相変わらず、その表情は余裕を浮かべている。
有浦さんを騙す為だけに、こんな過激な行為をあえて我慢しているのだ。
「……うわぁ、見せつけるなぁ。目に毒だよ、コレ」
「当たり前ですよ。恋人同士って、そう言うものでしょう?」
奈緒は口元を釣り上げながら、勝ち誇るように胸を張った。
おそらく今の台詞で騙し通せたと、紛れも無い完全勝利を確信したのだろう。
――けれど、どうやら奈緒の思惑はお見通しだったらしい。
有浦さんは意地の悪そうな表情を浮かべながら、こう言ったのだ。
「泊まり込みか、凄いね。けどさ、このこと御両親は知っているのかな?」
「っ」
ビクッと、奈緒の身体が震えた。
それは明らかに怯んでいる表情だった。
ソレを見て有浦さんはニヤリと笑う。
その表情は、とても不愉快なものだった。




