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七月二十一日(土曜)

※ 次の更新予定は6月29日午後3時頃です ※


 レビューの盗作事件から二週間以上が過ぎた。


 その間、特に大した事件もなく無事に過ごせている。

 おかげ共同生活にも慣れて、同居に違和感を抱かなくなりつつあった。

 客観的にみても、平穏な日常を送っていると言って良いだろう。


 ――ただし、それは亰花に限った話だ。


 少なくとも俺の日常に、平穏はない。

 たとえば、今がソレだ。

 せっかくの休みである土曜日の夜、一人でゆっくりとリビングに佇んでいた俺の前には招かれざる訪問者が居た。


 その名を春日居(かすがい) 奈緒(なお)という。


 彼女の正体は俺の同級生であり、クラスの中心人物であり、亰花の最初の友人だ。

 ソレが風呂上がりで濡れた髪をタオルで乾かしながら、我が物顔でソファーに座り込んでいるのである。

 我が家の風呂に入り、我が家のタオルを使用し、我が家のタンスに収納した自分の寝間着を身に付けている。

 その姿を睥睨(へいげい)しながら見ていると、当の本人がコチラに話しかけてきた。


「どうかしたの、絶夜」

「どうして春日居が俺のマンションに居着いているのか、その経緯を思い返していた」

「えーと。十日前の深夜に亰花と電話してたら絶夜の声が聞こえて、不審に思ったあたしがその理由を亰花に聞いたからでしょ?」


 とても的確で説明的な返答だ。

 おかげでコチラも回想するまでもなく、要点だけを纏めることが出来た。


「あぁ、そうだったな。馬鹿正直に企業秘密ですわ、と言い放った亰花を問い詰める春日居の声を聞いて、仕方なく俺が事情を話す羽目になったんだよな」

「うんうん。その事情を聞いて興味を持ったあたしが、翌日の放課後にマンションに押しかけた訳よ」


 無理矢理に、な。

 断れば、学校に話を広めることを(ほの)めかしてきたのである。

 あの時ほど不可抗力という言葉の意味を思い知らされたことはない。

 それに、だ。


「一度ならず二度までもどころか、今日で五回目のお泊まり会を開催するとはな」

「そりゃ当然だって。同級生しか住んでいないマンションがあれば、何度も遊びに来たくなるってもんでしょ?」

「泊まり込みで?」

「うん。同じように事情を知っている麻美と一緒に、泊まり込みで」


 ――そう。

 春日居の言う通り、じつは御舘も一緒に来ている。

 ただしこの部屋にその姿はなく、今は亰花と一緒に入浴中なのだが。


「……やれやれ、困った物だ。俺の事情はまったく考慮していないじゃないか」

「でも、悪い気はしてないでしょ?」

「はい」


 そこは否定できない。

 最初の頃こそ迷惑だったが、今は違う感情を持っているのだ。

 なんだかんだと言って、同級生が寝間着姿で自分の家にいるというシチュエーションの破壊力は抜群だったのである。

 中学で味わった修学旅行のドキドキなんか、コレと比較すれば生温い。

 クラスの女子が恋人でも無いのに、湯上がり姿を晒してくれる状況。

 これを拒否するというのは、健全な男子たる俺には難しいのである。


『今だって胸元がちらちら見えて、実にけしからんよね』


 とは俺の欲望の意見だが、なるほど言われてみれば、確かにその通りだ。

 風呂上がりで体温が高いのか、パジャマの第二ボタンまで外してブラが見え隠れする姿でいるとか、絶対に学校では拝めない景色ではないか。

 ふぅ、もはやサービス精神に溢れていると言うべきだろう。

 だからといって


 『おう、もっと広げろよ』


 と要求する欲望の声は間違っている。

 しかし見てるコッチが恥ずかしいから止めろ、と指摘するのは簡単なようで難しい。

 ゆえに、このまま放置するのが吉なのだ。

 一方、当の春日居は俺が素直に頷いた事に気を良くして、満足そうに腕を組んでいた。


「うんうん、正直で宜しい。二週間前より成長したね」

「……女子が三人も素直になれって言い続けるんだ。効果は抜群に決まってる」

「うんうん。そういう所、ポイント高いよ。絶夜」


 上機嫌なままコチラに近付き、笑顔で俺の肩をポンポンと叩いてくる春日居。

 その拍子に甘いバラの香りが俺の鼻腔をくすぐってきた。

 否応なしに感じる、異性の匂いだ。

 まったく、さすがに無防備にも程がある。


「気を付けろよ、春日居」

「なになに?」


『こいつ、誘ってやがる』


 と挑発する欲望の声は放置しよう。

 俺が問題にしているのはソコではないのだ。


「亰花の友達として泊まりに来ることは許可したが、名前で呼ぶことは認めていない」


 そう。

 何故か春日居は、俺が嫌っている下の名前で呼んでくるのだ。

 しかも、ついさっきからである。


「だって亰花も絶夜って呼んでるし、あたしもそろそろ良いかなって」

「それはそれ、これはこれだ。なんでも一方的な春日居に解禁する予定はない」

「ならさ、絶夜があたしの事を奈緒って呼べば、お相子(あいこ)じゃん?」


 いや、そういう問題でも無い。


「悪いが名前で呼び合うほど、仲良くなった覚えがない」

「だったらさ。そこまで仲良くなっちゃえば良いんだよ、あたし達」

「……本気か?」

「うん、真剣と書いてマジで」


 ニコニコと笑っているが、その目は真っ直ぐにコチラに向いている。

 その視線は決してふざけてなど、いなかった。

 ……ならその気持ちを汲んで、話ぐらいは聞かねばなるまい。


「それほどまでに俺の名前を呼びたい理由は、なんだ?」

「きっかけは高校生なのに、マンションに一人暮らししてる所かな」

「どういう意味だ」

「単純に憧れるって事だよ。普通はマンションに一人暮らしなんて出来ないでしょ。あとはまぁ、将来を考えて経済的な意味で仲良くなりたい、みたいな」


 ……うん、なるほど。

 最初はともかく後半は現実的な意見だ。

 別名、めっちゃ生々しいコメントだった。 


「……言いたいことは理解できるが、納得したくないな」

「あとは単純に、優しい所もポイント高いよ」

「……ちょっと待て。そんな事を女子に言われたのは、初めてだ」


 なんだか胸の辺りが、くすぐったい気持ちになる。


『もっと言って欲しいよね』


 とは欲望の意見であって、決して俺の本心ではない。

 だが、続きの言葉が気になるのは事実だ。


家主(やぬし)なら普通さ、もっと偉そうにするでしょ。同居人の友達って言っても、入り浸って遊んでるだけの女なんて馬鹿にされても不思議じゃないよね?」

「その主張も、わりと偏見な意見だと思うが」

「かもね。でも馬波って、良くも悪くも対等に扱ってくれてるじゃん。むしろ学校に居る時よりも気を遣ってくれてる節もあるし」

「同居人の招待であっても、客人である事には変わりないからな、持て成すのは当たり前の事だろう。優しいとは別だ」

「じゃあ具体的に言うけど、あたし達への接待が豪華だよね。食事も出前が多いし、リビングで盛り上がっている最中には、ケーキを提供してくれるよね」


 だから生々しいって。

 もう俺の内面と言うより、俺の環境を気に入ったと言われている気がしてならない。


「それは本当に、俺のことを褒めていると受け取って良いのか?」

「うん。即物的で現金な女に見えるかも知れないけど、たった二週間で絶夜を気に入った事には変わりないよ」


『まぁ、嘘じゃないと思うよ』


 と判断する俺の欲望。

 否定はしない。

 俺に嘘を吐くメリットがないからだ。

 ……それに。


「頬を染めている様子からして、お世辞を言っている訳ではないようだな」

「……そういう事って、言わないのがお約束じゃ無いの?」


 顔色をピンクの桜から、真っ赤な紅葉に変えて抗議する春日居。

 その姿は年頃の女の子らしさがあって、意外に可愛い。

 ……普段と違う様子がココまで良いとは。

 なるほど、これがギャップ萌えか。

 もっと見てみたいが、これ以上からかうと後が怖いので、話を戻そう。


「まぁ言い分は理解した。俺のことを気に入った、だから下の名前で呼びたいと?」

「そういうこと。もちろん、友達としてだけどね」

「いや、判っているよ。そんなことは」


 さすがに、そういう勘違いはしない。

 異性から友人として名前を呼ぶ事を求められたのだって、初めてじゃないのだ。


「…………」

「なぜ、そこで不満そうに黙る」

「……別に。ちなみに拒否されるとキツイから、イエスだけで答えて」


 随分と強引な女だ。だが不思議と、その言い分に不快感はない。

 恥ずかしいことを告白すれば、俺もコイツの事は嫌いじゃないのだ。

 だからまぁ、言うべき答えは決まっていた。


「……この家に居るとき限定なら、イエスと言っても良い」

「えーと。それって学校生活している時は、名字で呼べって事?」


 上目遣いでコチラを見る春日居。

 その姿に気の迷いを起こしそうになったが、持ち前の理性で我慢した。


「あぁ、これが譲歩できる最低限の条件だ」


 たとえ今から春日居の谷間の肉を見せられようが、駄目な物は駄目だ。

 そんな鉄の意志を読み取ったのかは定かではないが、春日居はあっさりとソレを受け入れた。


「仕方ない。ベストじゃないけどベターって奴だね、けど受け入れたからには、キチンと認めて貰うからね。絶夜」

「わかったわかった、奈緒。これで良いか、奈緒」

「うん、よろしい」


 棒読みで答えた台詞を、奈緒は心底うれしそうに笑いかけてきた。

 名前を呼び合うだけなのに、もったいない程の素敵なスマイルだった。

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