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七月五日(木曜)の昼

※ 次の更新予定は6月28日午後11時頃です ※


 さて、昼食の時間がやって来た。

 

 ほとんどのクラスメイトが購買部(こうばいぶ)に行った為、教室は閑散(かんさん)としている。

 そんな中、俺の席で御舘と一緒にリピート・ネットの電話を待っていた。


「……ねぇ、馬波くん。本当に、この時間にかかってくるの?」

「少なくとも俺の父親は、相手側にそう配慮してくれと言っている筈だ。そういう所で気を利かせる人だからな」


 そう口にした直後、計ったように御舘の携帯電話が教室で鳴り響く。

 着信相手は、0120で始まるフリーダイヤルだった。

 十中八九、リピート・ネットからの聞き取り調査だろう。


「……じゃあ、出るね」

「あぁ」


 俺が頷くと同時に、御舘はモニター画面を押して携帯電話を耳に当てた。


「はい、もしもし」


 そう言いながら、御舘は俺から離れて自分の席へと移動していく。

 おそらく、彼女なりの気遣いだろう。

 ――後は自分の力で。

 去り際に見えた横顔は思った以上に気丈だった。

 これなら、大丈夫だろう。


「よし、飯を食うか」


 そう言って俺は自分の鞄から、弁当箱を取り出した。

 中身はハンバーグ、ほうれん草のごま和え、ウインナー、そしてピラフだ。全てモニター用の商品ばかりである。

 つまりレトルトの手抜きだ。だが、不味くはない。


「頂きます」


 両手を合わせて感謝を捧げると、隣の席から何かを抗議するような視線を感じた。

 確認すれば、そこには不満そうに頬を膨らませた亰花が居た。


「なんだ、飯はやらんぞ」

「こっちから願い下げですわ。大体わたくし、昼は小食ですもの」


 嘘だ、とは一概には言えない。

 なんと亰花は学校にいる間は、その大食らいの本性を隠しているのだ。

 女子高生は大変である。


「じゃあ、何の用だ」

「……麻美さんの件ですわ」


 亰花は、チラリと御舘に視線を送る。

 追うように俺も見るが、まだ電話の最中だ。


「何で一緒に聞いてあげませんの。せめて食事はせずに見守るべきですわ」

「……あの電話が終われば、全て解決したも同然だ。もう問題は発生しないんだよ」

「わたくし的に一度は関わったのなら、最後まで面倒を見るのが正しいと思いますわ。だってこれでは、責任放棄してるみたいで嫌ですもの」


 その気持ちは分かる。

 しかしそれは越権行為というか、不相応な発言だとも思うのだ。


「俺が飯を食うのは、御舘を信用しているからだ。この答えじゃ不満か?」

「まぁ。随分と大人な態度ですわね、絶夜。わたくしは同意できませんけど」


 そう言うと、亰花は席から立ち上がった。

 何の躊躇もないその足取りが向かった行き先は、御舘の隣だった。

 本当に、羨ましくなるほどの真っ直ぐさだ。

 もちろん止めはしない。その行動もまた、亰花の自由だ。

 そんな訳で、俺も自由にバターの風味が香るピラフを口に運ぶのである。

 その、瞬間。 


「――なになに、三人で修羅場なの?」


 そう俺に声をかけてきたのは春日居だった。

 しかも亰花が御舘に辿り着いたと同時、間髪入れずのタイミングだ。

 あらかじめ狙っていたとしか思えない。


「……どうかしたのか、春日居」

「どうもなにも、気になったから声をかけたんでしょ。亰花も麻美もあたしの友達だし」

「事情を知りたいなら、本人達に聞け」

「朝方に聞いたけど、レビューの盗作問題が解決するって話しか聞いてない」


 ふむ。

 そういえば盗作の件を御舘に伝えたのは、春日居だったか。

 ならば無関係とは言えないが、とはいえ。


「残念だったな。まことに遺憾ながら、俺も同じ意見しか言えない」

「……なんか言い方、冷たくない?」

「ふん」


 予め言っておこう。

 別に、未だに携帯番号を教えて貰っていない事を根に持っている訳ではない。しょせん口約束なんて、そんな物だ。


「もしかして、まだ携帯の電話番号を教えてないことを根に持ってる?」

「いいえ」

「そっか。なら良いんだけど」


 いや良くないが?

 まぁ本当は別に気にしてないけれど。

 名前だけ登録して、空しい思いに駆られてもいないから、絶対に構わないけれど。

 などという感情が俺の内部で渦巻いていたが、顔には出さずに口を開いた。


「面倒だからヒントだけはやろう。お前が心配するようなことは何もない。何故なら、あの電話は全て解決した事を告げる内容だからな」

「なんでソレを馬波が知っているのか、どんな風に関わっているのかが知りたいのよ」

「ソレを言ったら完全なネタばらしじゃないか。言うはずないだろ」

「そりゃそうか。ちょっと残念だな」


 そう言って春日居は、空席になった亰花の椅子に座り込んだ。

 しかし、コチラに絡む様子はない。

 視線は御舘達に固定したまま、机に頬杖をつきながら溜息を吐いている。


「……あぁ。あたしの麻美が、異性の秘密を持つ年頃になっちゃったかぁ」

「なんだそれは」


『ちょっとエロい響きを感じる』


 と反応する俺の欲望。


 我ながら見境のない野獣の(さが)である。


「なにって、友達としての嫉妬だよ。身勝手な発想だけど、頼るのはあたしだけにして欲しいとか思っちゃうのさ」

「ストレートな呟きだな。ある意味、尊敬できる」

「そりゃどーも。じゃあ、あたしも本音ついでに感謝もしてるって言っておくわ。だって麻美、スッキリした顔してるもんね」


 そう口にする春日居に釣られて、俺は亰花と御舘の様子を確認した。

 ……なるほど、確かに晴れやかな表情でコチラに歩いて来ている。


「終わったよ、全部」

「そうか」

「リピート・ネットから遠回しな勧誘もされたけど、そっちは断ったんだ」

「……デメリットはないだろうに。まさか、亰花が何か言ったのか?」

「ううん。自分の意思」

「そうか」


 感情を悟られないように、あえて無表情を貫く。

 しかし心の奥底では、喜びに満ちた気持ちが湧き出ていた。

 だって、嬉しくない筈がない。

 いくら大人ぶった態度を務めても、こればかりは否定したくない。

 ――ざまぁみろ、リピート・ネットなのである。


「ちょっと絶夜、口元がニヤニヤしてますわ」

「……そういう水を差さないでくれ。亰花」

「文句はスルーしますわ」


 コチラの抗議はあっさりと躱された。

 まさに水に流されてしまった訳だ。


「それよりも麻美さん、重要なことを言い忘れていますわよ」

「……重要なこと?」

「うん、ちょっと言いにくいんだけど」


 聞き返す俺に、御舘はしかられた子犬のように俯いた。

 しかし伝えなければ、という使命感が働いているのだろうか。

 その視線は、決して俺から逸れる事はなかった。


「あのね。連絡をくれたリピート・ネットの担当者の名前がね、馬波だったんだ」

「えぇ。うまなみ、まさみちって言ってましたわ」


 ――馬波 正道。

 ……なるほど。

 まったく、ふざけた話だ。


「それは親父殿の名前だ」


 当然、親父殿がリピート・ネットの担当として電話する事など有り得ない。

 そう名乗った人間は、あきらかに偽者だ。


「大方、TCMの元社員が対応したんだろうが、随分と悪質な真似をする」

「……偽名を使った目的って何だろうね」

「名前を偽って来た自体は、驚いていないようだな?」


「だって、こういう担当者の自己紹介って普通は名字だけなのに、フルネームで名乗って来たんだよ。なのに肝心の担当部署は口にしないし、馬波って名乗った時点で嘘だなって思いながら会話してたんだ」


「お、おう」


 そのスラスラと出てきた説明に、少し愕然とさせられた。

 もしかして本当に、御舘は探偵としての素質があるんじゃないだろうか。

 などと級友の将来を夢想しつつ、話の続きに聞き耳を立てる。


「あとその人、焦った様子でTCMに知り合いが居るのかって、しつこく聞いてきたよ」

「……御舘は、なんて答えたんだ?」

「個人情報は教えられませんって言っちゃった。ごめんね、さすがに企業秘密って言うのは恥ずかしかったから」


 照れるようにクスッと笑う御舘に、俺は気にしていないと首を横に振る。

 企業秘密だと言わずとも、俺と亰花の秘密を守ってくれた事には変わりない。


「俺たちの件で、余計な手間をかけさせて悪かったな。礼を言わせてくれ」

「ううん。私の方こそ、ありがとう馬波くん。おかげで全部、解決できちゃった」


 俺にペコリと頭を下げて、感謝を示す御舘。

 その行動に照れなかったと言えば、嘘になる。

 しかし同時に、今回の件で俺が役立たずだったと言う事も自覚していた。


「この件は、全て御舘が行動して決めた結果だ」

「でもね、馬波くんが声をかけてくれたから、私は相談できたんだよ?」

「しかしだな」

「――まぁまぁ。なんだか知らんけど素直に喜びなよ、馬波」


 めげずに褒めてくれる御舘に加勢して、春日居が口を開く。


「あたしなんか相談されても、元気づける事しか出来なかったんだからさ」

「……そういう自虐で攻めてくるのは止めてくれ」


 反論しにくい。

 そこに追い打ちをかけるように、亰花が呆れた様子で溜息を吐いた。


「あら、最初に自虐したのは絶夜ですわ。春日居さんの言い分を否定するなら、まずは自分を反省なさいませ」

「ぐっ」


 ぐうの音も出ないほどの正論だった。

 けれど少しはコチラの心情も汲んで欲しい。


「女の子の善意を素直に受け取れない男は、モテませんわよ?」

「モテない、か」


 ふぅ、やれやれ。

 思春期の女子学生は、何でもすぐに恋愛と絡めるから困る。

 それならば、俺にも言い分があるのだ。


「……活躍したって言う内容が地味すぎて、素直に喜べないんだよ」

「へ?」


 亰花の乾いた声が俺の耳に強く残る。

 尋ねなくても判る、こんな答えは想定していなかったのだろう。

 ……くそ、やっぱり本音を語るって恥ずかしい。

 居たたまれなくなって、俺はピラフを一気に口へと放り込むのだった。

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