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成長しました

※ 次の更新予定は6月28日午後8時頃です ※


「TCMの社員として、数万人のファンを抱えるレビュリストに風説(ふうせつ)流布(るふ)を許可する気は無いよ。もちろん父親としても許す気は無い」


 真冬の風のような親父殿の声が、俺の耳に入る。

 その冷たさに、思わず身体が震えてしまいそうだ。

 しかし、ここで屈するほど俺も子供ではない。


「級友が被害に遭ったんだ。それに相手は企業、これぐらいは大目に見て欲しい」

「たしかに盗作レビューの多くは、業者の仕業だとは言った。けれど絶夜の友人の批評を盗作した犯人が企業だとは断言できない。もし第三者の仕業なら、お前は大きすぎる影響力を、無実の会社に行使する事になる」

「むっ」


 悔しいことに、説得力はある。

 しかし反論の余地がないとは思わなかった。


「個人でも会社でも、盗作が横行している事に変わりない。警告は必要だ」

「大人の世界では、それは公私(こうし)混同(こんどう)だよ。別名、子供の我が侭とも言うね」

「俺を子供扱いするな。これは、仕事にも関わる重大な告知だっ」

「その行動に、リピート・ネットへの恨みがないと言えるのかい?」


 ――言えない。ゼロではないからだ。

 リピート・ネットは親父殿とTCMを苦しめた存在だ。

 そして今度は、級友の御舘を悲しませているかもしれない。

 放置すれば次の犠牲者は、俺になるかも知れない。

 そういう意味では、たしかに私情がないと言えば嘘になる。

 だが、このまま親父殿の言い分に肯定するのも嫌だった。


「……誰も損はしないはずだぞ、親父殿」

「TCMが損をする。そして一番に被害を被るのは和沙さんだ」

「どういう意味だ」

「レビュリストの情報管理は彼女の仕事だからね。登録者がレビューを使ってそんな問題を起こせば、彼女にも非が及ぶ。こういう事は言いたくないけれど、彼女の権力は社長の娘という立場で成り立っているんだ。そんな状態でお前が世間を騒がせたら、間違いなく和沙さんの地位は悪化してしまうだろう」


「……親父殿は、和沙さんが親の七光りで会社に居ると言っているのか」


「ハッキリ言えばね。だからこそ彼女の為にも、足を掬うトラブルを見過ごす訳にはいかないんだよ。特に、今のお前と和沙さんの関係は決して無視できないものだしね」

「つまり親父殿は俺の行動が、余計なお世話だと言いたいのか?」


 ――その質問に、親父殿は答えてくれなかった。

 聞こえなかった筈がない。

 なのに親父殿は、俺を(かば)ってくれなかったのだ。


「何より、どんなレビューを公開するにも、購入した商品がなければならない。もし告発をする為だけに適当に商品を買うというなら、レビュリストなど辞めなさい。どんな企業の商品も、正当な評価を望んでいるんだ」


 親父殿の言い分に、俺は唇を噛む。

 それは暗に、俺に何もするなと言っているようなものではないか。


「友人は絶夜がレビュリストだという事を知らないだろう? お前はTCMの社員である僕の息子だから、頼まれたんだろう?」

「そのTCMの一大事じゃないか。俺のアカウントを使ってでも、警告して止めるべき問題じゃないか」

「大丈夫さ、会社の不利益は僕達が必ず解決するよ。これは決して、絶夜がやってのける問題じゃない事を理解しなさい」


 ……一般的には、ソレは正論なのだろう。

 だがソレを口にする親父殿の声からは、まったく憤りを感じなかった。

 まるで他人事のように聞こえてならないのだ。

 何故だかソレが悔しくて、俺はつい語気を荒げてしまう。


「何で怒っていないんだ、親父殿。リピート・ネットの創設時、TCMから引き抜かれた社員のほとんどが、親父殿の部署からだったじゃないか」

「そうだったね。けど今は過去の話だし、その話は本題からズレているよ。絶夜」

「っ」


 今のは間違いなく、子供を諭す親の声だった。

 おかげで、自分が大人げなかった事を自覚させられた。

 そして自覚すれば当然、恥ずかしい。言い訳だってしたくなる。

 ソレを遮るように親父殿は言葉を続けた。


「僕の為に声を荒げてくれた絶夜の気持ちだけは、有り難く受け取っておくよ」

「……俺に何もするなって言う事か、親父殿」


 違う、本当は判っている。

 何も出来ていないのは、俺だけだ。

 昔もそうだった。

 リピート・ワンの設立と同時に、大量の退職者を出して苦悩していた親父殿。

 ソレを影で見守ることしか出来なかった、弱い俺。

 そんな自分が嫌いで、だから俺は自立した大人になって親父殿の手助けがしたかったのに。

 だが、結果はコレだ。

 いまだに親父殿に頼って、口だけが達者な子供に過ぎない。

 

 ――それでも、親父殿は俺に文句なんて(こぼ)さない。

 俺が敬愛するこの人は、自分に出来る最善を口にする男なのだ。


「少なくとも今日までには、盗作されたレビューの削除を実行させてみせるさ」

「……そんなんじゃ生温いと言っても駄目か、親父殿」

「今回の被害者はあくまでも、お前のクラスメイトだ。それ以上を望んではいけない」

「正論だがな、親父殿」

「物足りなかったかい?」

「……あぁ。親父殿も、同じ気持ちじゃないのか?」

「ははっ、僕は大人だからね。我慢強いのさ」


 そういって親父殿は、余裕のある笑い声を出した。

 ――けれど俺の言葉は否定していない。

 そうだ、悔しくないはずがない。

 親父殿はTCMでがむしゃらに働いた男なのだ。

 その影響で俺の名前を、絶夜と名付けた親父殿なのだ。

 だからといって、決して怒る事はしないだろう。

 少なくとも俺の聞いている間は。

 そうした所で、事態は変わらない。

 それよりも、陽気な態度で問題の解決に当たる方が合理的なのだ。

 なにより、その方が子供は安心できる。

 きっと笑うことで、親父殿なりの大人の態度を示したに違いない。

 俺の為に。ソレを理解せずして、何が息子か。


「我慢強いか、さすがは俺の親父殿だ」

「……納得して貰えたかい?」

「納得はしていないが、我慢は出来るさ」


 当たり前だが、やせ我慢だ。

 だが虚勢(きょせい)であっても、そう言わざるを得ない。

 子は親の背中を見て育つというが、今なら素直に頷いても良いとさえ思う。

 そう思えるほどに、俺は親父殿の大人の態度に憧れてしまったのだ。


「うん。良い返事だね、絶夜」

「俺を子供扱いしないでくれ、親父殿。空しくなるだけだ」

「子供扱いではないよ。むしろ今の絶夜になら、安心して頼み事が言える」


 飴と鞭、という言葉が脳裏によぎる。

 しかし、そんな親父殿の対応が嬉しくないと言えば嘘になるのだ。


「……それで頼み事と一体なんだ、親父殿」

「お前の級友に、注意事項を伝えて欲しいんだ。間違いなく、リピート・ネットから削除依頼の確認の電話があるだろうからね」

「待て親父殿。リピート・ネットは既に、御舘の連絡先を把握しているというのか?」

「あぁ。レビューの削除依頼を出す場合は、連絡先の記入は必須だからね。普段はメールで済ませるだろうけど、今回のケースは特例として電話での口頭質問が行われる可能性が極めて高い」

「……それは、TCMの企画部長が直々に削除依頼を出すから、なのか?」

「うん。向こうは当然、お前の友達と僕の関係を調査したがるだろう。そうなれば絶夜の話になる。けれど、僕としてはソレは避けたい。何故なら、そんな事をされたら亰花さんとの同棲が発覚するからね」

「……やはりバレたら、やばいのか」

「やばい訳でも無いけど、出来るだけ弱みは握られたくないものさ。亰花さんは目立つから、いずれ判明するだろうけど、その頃には同棲生活も終わっているだろうしね」

「なるほど。しかし、どうやって俺の事を言わずにリピート・ネットを納得させる?」

「企業秘密だと言っておけば問題ないさ。事実確認が不透明であっても、レビュー削除自体を拒否する事はしない筈だから」

「ふむ、悪くない回答だな。御舘にも同じように伝えておこう」


 そう言いながら、俺はこの件が一段落した事を自覚していた。

 感情に振り回されすぎた事を考えると、言葉が浮かんで口から零れる。


「……ここまで色々と済まないな、親父殿」

「なにがだい、絶夜」

「御舘のことを考えれば、此処までの対処はベストな形だ。ありがとう」

「ふふっ。その言葉だけで、コッチも頑張る甲斐があるね」


 いつも通りの親父殿の口調だ。

 おかげで俺も、いつも通りの態度で言葉を返すことが出来る。


「……ではまた後でな、親父殿」


 そう言って電話を切ってすぐ、俺は大きな溜息を吐いた。

 少し反省しなければ。感情的にならない大人になりたい、と。


「……しかし思った以上に、盗作の問題は規模が大きかったか」


 まさか企業が関わっている可能性が高いとは、想定外だった。

 しかも相手は因縁のある会社、リピート・ネットだ。

 出来ることなら、俺も問題解決に尽力したい案件である。


 ……とはいえこれ以上、俺が関与するのはお門違(かどちが)いだろう。


 親父殿の言う通り、御舘の頼み事を叶えただけで良しとするべきなのだ。

 もちろん、責任放棄している訳ではない。

 けれど俺の我が侭が、親父殿達の迷惑になるかも知れない。

 それが怖いのだ。足手まといには、なりたくない。

 だから今、俺が出来ることは何もない。ソレで良い。


「出来ることは果たした。あとをどうするか、それは御舘が決めることだ」


 そんな独り言で気を紛らわせながら、俺は再び通学路を進むのだった。

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