修羅場って意味だよ
その相談内容を、御舘はゆっくりと話し始めた。
「じつは昨日、奈緒ちゃんから連絡があったんだけど」
「奈緒ちゃん?」
誰だ、そいつは。
その回答は、既に俺の手から解放されていた亰花が口にした。
「春日居さんの事でしょう? 転校初日に出来た、わたくしの初めての友達ですわ」
「……あぁ」
そう言われてみると、確かにそんな名前だった気がする。
だがその春日居が、一体どうしたというのか。
「うん。でね、奈緒ちゃんが言うには、私のレビューが盗作されてるって言うんだ。別のレビューサイトで、私の文章と同じレビューが掲載されていたって」
レビューの盗作。
あぁ、それが元気を失った原因か。
それが、俺に相談を持ちかけた理由なのか。
なるほど気落ちする訳だ。
俺にも経験がある、アレはじつに胸が痛む経験だった。
――自分の目付きが、鋭くなっていく事を自覚する。
「……馬波くん」
「ん?」
「鷹みたいな目になってる、よ?」
「そうか」
御舘にとっては怖い顔なのかも知れないが、仕方ない。
場合によっては、他人事ではないからだ。
「全て同じ文章だったのか?」
「私も確認したけど、間違いないよ。奈緒ちゃんは、こういう事は割と良くあることだから気にしちゃ駄目だって」
良くある事か。
確かにその通りだが、それを実感してなければ出る筈もない言葉だ。
そして盗作を素早く見つけられる理由となれば、一つしかない。
「……春日居は、掛け持ちレビュリストなのか」
「うん、三つのサイトで登録してるって言ってた。その内の一つに、新しく投稿されたレビュー一覧に載っていたらしいの」
別に珍しい話ではない。
むしろ、レビューサイトに複数登録するユーザーは多い。
複数のアカウントを管理する手間以外、デメリットが無いからだ。
「……通販レビューサイトって、沢山ありますの?」
「これまた、意外な所からの質問だな」
「わたくしはただの学生ですわ。通販の仕事は姉様や父様達の分野ですし、レビューについても、まったく訳が分からない事だらけですわ」
そう言って、何故か頬を膨らませる亰花。
……一体、何を拗ねているのだろうか。
あまり不機嫌になられても困るので、簡単に説明しておくとしよう。
「通販機能の無いサイトを含めれば、国内だけで数百に上るだろう」
「まぁ、そんなにありますの。十もあれば良い方かと思いましたわ。……ちなみにTCMはどれくらいの規模ですの?」
「TCMなど中堅も良い所だ。大手は凄いぞ。売上高が一兆を超えている通販企業が運営するレビューサイトばかりだからな。というか、お前だってネット通販は利用するんじゃないのか?」
「雑誌やテレビを見て欲しくなった物は、父様に言えば頂けますもの」
『すげぇな』
さすがは、お嬢様である。
などと俺が感想を抱いている最中、御舘は具合が悪そうに俯いていた。
「たまたま奈緒ちゃんが発見したけど、他の所でも私のレビューが勝手に使われているのかな」
可能性は充分に考えられるが、口にして余計な不安を煽るというのも気が引ける。
……出来るならば、安心させてやりたい。
しかし、別サイトに転載している今回のケースは対処が難しいのだ。
「盗作されたレビュー削除の申請はしてみたのか?」
「うん、したよ。けど本当に盗作されたものか精査するのに、数ヶ月かかるって言われちゃったんだ」
「……絶夜。調査って、そんなに時間がかかるものですの?」
「かからない。レビューの盗作は、会社内部に対策班が編成されているのがネット通販企業の常識だ。TCMは三日以内、大手なら即日対応というケースもある。数ヶ月かかると言っている時点でコンプライアンスの低い会社か、そもそも対策する気が無い方便だ」
「……そう、なんだ」
俺の言葉を聞き、残念そうに御舘は肩を落とした。
その姿は、捨てられた子犬を連想させる。
いや、御舘は実際に企業に見捨てられているのだ。
――弱者として。
そんな認識を同級生にしてしまった自分に嫌悪を抱くが、現実として事実は変わらないと俺の理性が冷たく諭した。
とはいえ御舘に起きた悲劇を他人事だとは思わないし、思えなかった。
何より、どうして御舘が相談したのか考えれば、こう言わざるを得ない。
「安心しろ、御舘。この問題は俺が解決してみせる」
「え?」
「交換条件という取引は忘れてくれ。こういう件は個人的にも許せないからな」
「あの」
「俺に任せろ、と言っているんだ。絶対に後悔はさせない」
「う、うん」
そう言って御舘はコクッと小さく頷く。
どうやら押しに弱いタイプらしい。
だが、これで了承は得た。
もちろん、自分で言ったからには責任も持つ。
それに告白すれば、かつて俺も被害に遭ったことがある当事者だ。
昔など盗作したヤツに訴えられて、逆にレビューを消された経験もある。
故に、他人事とは思えなかった。
自分の為でもあると言っても良い。
――これはつまり、仕事なのだ。
そう意気込んで、改めて御舘に目を向ける。
……すると、何故か頬を染めている御舘と視線が絡み合った。
「どうした、御舘」
「……馬波くんって、わりと強引な性格だったんだね。ちょっと意外」
「そうだったか?」
「む、むしろ良かったよ。格好良かった」
格好いい、だと?
御舘の言葉に、俺の思考が一時的にフリーズする。
そして石像のようにピシッと硬化する俺を見て、亰花が呟いた。
「……まるで浮気現場に遭遇した気分ですわ」
おい待て、浮気ってなんだ。
『修羅場って意味だよ』
と冷静に語る俺の欲望。
いったい、どういう事なの。
そんな疑問が俺の脳内で反芻されるが、答えは出なかった。




