相談事
御舘にじっと見られている事に少しだけ居心地の悪さを覚えながら、俺は口を開いた。
「じつは亰花とは、偶然にも住んでいる場所が近いんだ。近所付き合いみたいなもので親しくなれた」
嘘は言っていない。
亰花も否定することなく、素直に頷いている。
「ふぅん。それって、シャンプーを分け合うくらいの付き合いなの?」
「え?」
どういう意味だ。
そう口にする前に本人が解説してくれた。
「私ね、柔軟剤のレビューしてたけど、もともと香りには敏感なんだ」
「ほ、ほう」
「……馬波くんと天保院さん、同じ薔薇の香りなんだよね。同じものを使ってるとしか思えないくらい」
盲点だった、と。
探偵に追い詰められた犯人のような気持ちに成りながら、そう呟きそうになった。
そんな衝動に駆られた理由は、一つしかない。
御舘に同居の件がばれるかも知れない、という危機感が飛び出したのだ。
……無論、そんなことは杞憂なのだと判っている。
同じ通学路から来て同じシャンプーを使っているだけで、同居しているんだと誰が想像するというのか。
「偶然だ」
特徴的な薔薇の香りであっても、所詮は市販品である。
この町だけでも同じシャンプーを使っているヤツは数多い。
「そうだよね、偶然だよね」
俺の言葉に御舘は素直に同意した。
まぁ当然のことである。
「ちょっと二人で一緒に住んでいるのかな、なんて思っちゃった」
「ははっ」
――それは笑えない。
それでも何とか作り笑顔が出来たのは、御舘が冗談で言ったのだと判っているからである。
しかし、これが女の勘というヤツなのだろうか。
この調子だと、御舘に同棲の件がバレてしまいかねない。
本来なら、そこまで警戒する必要はないだろう。
だが万が一を考慮して、ここは亰花にも証言させた方が良いだろう。
「同棲なんて有り得ない話だ。なぁ、亰花」
「えぇ。企業秘密ですもの、言える筈ありませんわ」
「え?」
御舘が乾いた声を上げた。
俺も驚愕の視線で亰花を見ている。
企業秘密とは有り体に言えば、質問には答えられないという文言だ。
そしてここで質問に答えられないというのは、同棲について。
それが事実でないならば、していないと言えば良いだけである。
しかしここで答えられないと言うのは秘密がありますよ、と口にしたようなものだ。
つまり、質問の内容を認めたに等しい。
「…………」
ほんの冗談で言ったつもりだったのだろう、御舘は気まずい様子で無言になった。
そしてアイコンタクトを送るように、チラッとコチラに視線を向ける。
完全に疑惑の目だった。
そこに追い打ちをかけるように、亰花は得意げに胸を張って主張する。
「喋っては駄目なことは、そう答えなさいと姉様が仰ってましたわ」
そうか、わかった。
亰花は黙秘は出来ても、嘘をつけないタイプなのか。
しかしそのおかげで、疑惑から確信に変わった様子の御舘が質問を繰り出してきた。
「……じゃあ本当に、二人は一緒に暮らしてるの?」
「だから企業秘密です、むぐっ」
再び亰花の口を塞ぐがまぁ、もう誤魔化せないのは判っている。
御舘もツッコミではなく、追求を選択したようだ。
「……けど、普通の同居なら隠す必要ないよね? 御両親も一緒なんでしょ?」
「…………」
「まさか、居ないの?」
「そうだな」
――あっさりと認めた。
犯人を追い詰める刑事のような風体さえある御舘相手に、もはや隠すのは無理だ。
ならコチラも腹を括るしかない。
「……交換条件だ、御舘」
「な、なに?」
交換条件という言葉に驚いたのか、御舘は少し動揺した表情で俺を見る。
その隙に、このまま主導権を握らせて貰うことにしよう。
「この件はもう聞かないでくれ。その代わりに御舘の望む条件を飲もう」
「べ、べつに望む事とかないよ、私」
嘘くさい。
……正確には望むことはなくても、困っている事はあるとみている。
そうでなければ、あんな元気のない姿を御舘が晒すはずもない。
「たとえば悩みがあるならば、それを解決しても良い」
「悩みを、解決」
いまいち反応が薄い。
俺では解決が困難な案件なのか、それとも単純に言いたくないのか。
まぁ別に、悩みを解決するだけが交換条件になる訳でもない筈だ。
「……ならレビューについて、とかどうだ」
「え、レビューってなんで?」
やはり食い付いてきたか。
そして本人にも、その自覚はあるらしい。
「べ、別に大丈夫だよ」
慌てて否定するが、いまさら説得力はない。
趣味と言っていただけあって、興味津々な態度を隠し切れていないのだ。
「昨日、俺の父親が通販会社に詳しいことは話したな?」
「う、うん」
「ネット通販会社について詳しいと言う事は当然、レビューについてもアドバイスが出来るということに他ならない訳だ」
「もしかして、その通販会社ってTCM?」
絶句した。
推理というには、鋭いにも程がある。
なんだこれは、超能力による読心術か何かか?
それとも御舘は、探偵や警察のスキルでも身に付けているのか。
「……なんで判った?」
「以前、ネットで検索してTCMって正式名称を調べたことがあるから。じつはTが天保院の頭文字じゃないかっていう噂は知ってたの」
「……たしかに、そんな噂は多いが。それだけか?」
「転校初日に先生が天保院さんと馬波くんの親は同じ会社だって口にしていたし、馬波くんのお父さんが通販会社に詳しいって思い出して、ピンときちゃった」
「あら。それって、わたくしの素性もばれていますの?」
「えーと社長さんの娘?」
「ふふっ。残念ながら、それをわたくしが口に出すことは、企業秘密になってますわ」
「……嬉しそうに言うなよ、亰花」
今度こそ俺は、この苦悩に頭を抱える羽目になった。
秘密という名の宝箱を必至に守っていたつもりだったが、最初から解錠されていたような気分だ。
おそらく今日の出来事がなくても、御舘にはバレていただろう。
見事な推理だ、御舘。
もはやコチラは完全に開き直るしかない。
「そのリアクションだと、私の正解って事で良いのかな?」
「あぁ、素直に認める。俺の父親の勤め先はTCMだし、亰花は経営者の縁者だ」
「やっぱり、そうなんだ」
コクコクと確認するように頷いて、御舘は自分の腕をギュッと掴んだ。
そして。
「あの、ごめんなさい。馬波くん、天保院さん」
「どうした、突然?」
「……やっぱり相談しても、良いかな」
御舘が、先程とは一転した発言を繰り出してきた。
驚かないと言えば、嘘になる。
だがコチラとしては歓迎する展開であり、断る理由もない。
「どんな内容なんだ?」
まぁ、どんな内容であっても解決してみせるさと思いながら、俺は御舘の言葉を待つことにした。




