亰花と御舘と
朝食を終えた俺たちは同じ時間にマンションを出て、一緒に登校する事にした。
俺としては同棲の発覚を避ける為、バラバラに出掛けたい。
しかし亰花は俺が一人で家を出る事には反対らしい。
曰く、寂しいので嫌ですわ。
……その気持ちを拒否するのは簡単だ。
だが頬を膨らませて潤んだ瞳で見つめられてしまっては、強く断るのも気が引けた。
そんな訳で、今も二人で肩を並べて大通りを練り歩いている。
しかしたったそれだけなのに、この二日間で俺の肩身は狭くなっていた。
結論を言えば、他者の視線が痛いのだ。
別に俺が変な格好をしている訳でも、変な態度を取っている訳でもない。
注目が集まっている理由は、全て亰花にある。
コチラに視線を送る通行人達は、恐らくこう思っているのだろう。
見慣れている男子学生と一緒に居る、見慣れぬ女の子は誰だろう?
気になる、知りたい。
……心を読める訳ではないが、興味深そうに見てくる人間の心理は、そう複雑なものではあるまい。
とにかく亰花は目立つのだ。
長い髪を揺して歩いているだけで、まるで黄金のように人の視線を引きつける。
この時間は学校や会社を目指して邁進する人間しか居ないというのに、目的を忘れて立ち止まる者さえ出る始末だ。
かつて可愛いは正義というキャッチコピーが流行ったが、ソレは決してメリットばかりではないことを実感できた。
……具体的に言うと、ここまで数人の同性からナイフのように突き刺さる眼差しを送りつけられた気がしてならない。
――だが、そんな一切合切は当の本人にはまるで関知されていない。
「本当、ここは人通りが多いですわね」
などと、とても暢気な世間話を繰り出している。
大通りを歩く人々を認識できているのに、その内の何人かが熱い視線で見ていることには気付いていないのか。
それとも、単純に興味がないのか。
何にせよ、亰花は歩調を崩すことなくマイペースに通学路を進む。
しかしそれも束の間、電池が切れた玩具のように、何故かピタッと足を止めたのだ。
「なんだ、どうかしたのか」
「あそこに居る方は、どこか見覚えがありますわね」
前方を指さす亰花。
それに釣られるようにして視線を向けると、そこには猫のように背を丸めた女の子が居た。
あの背格好、間違いなく御舘である。
「……あれは御舘だ。俺たちと同じクラスメイトで、この時間帯には良く会うんだ」
「あぁ、そうそう御舘さん。それにしても、元気がなさそうですわ」
「たしかに」
亰花の個人的な感想に同意を示す。
初対面に近い亰花はともかく、コチラは良く御舘を見かける。
その俺が断言できるのだ、今日の御舘は違和感がある。
いつも背中をまっすぐにして楽しそうに歩いているのに、今は明らかに肩を落としてフラフラと彷徨っている。
困った物だ。
そんな怪しい真似をされては、同級生として気になるではないか。
「……あの方に、声をかけませんの?」
「なんて言おうか考えていた。いきなり大丈夫か、と質問するのは警戒されるだろう」
「普通に、挨拶から入ったら如何かしら?」
「そうだな」
たしかにこういう場合は、当たり障りのない言葉から入っていくのが定石だろう。
まずは挨拶、次に体調を心配し、訳を聞く。
――よし、プランは決まった。
あとは今から実行に移すだけである。
「やぁ、おはよう御舘」
俺は平静を装いながら御舘の背後に近付く。
声をかけられた御舘は立ち止まると、クルリと後ろを振り返った。
その表情は、やはり浮かない様子だ。
「あっ、馬波くん。おはようって、天保院さん?」
パチクリと瞼を何度も開閉しながら、御舘は目の前の人物を確認している。
一方、亰花は笑顔の華を咲かせていた。
「おはようございます、御舘さん」
ペコリと頭を下げるその仕草は、丁寧というよりも優雅な印象を受ける。
しかも、ちょうど亰花の背中に朝日が位置していることもあって、あたかも後光が差しているかのような立ち絵の完成だ。
ハッキリ言って、文句なしの美少女っぷりである。
ソレに気後れているのか、御舘は遠慮がちに挨拶を返した。
「うん、おはよう。天保院さん」
……さて、次は、御舘の体調を心配する台詞を口に出す番だ。
などと考えている最中、誤算が生じてしまった。
――なんと、御舘の方から声をかけてきたのである。
「噂には聞いてたけど、初めて見た。二人とも、本当に同じ通学路なんだ?」
「ん、あぁ」
「同じ通学路というか、絶夜とは一緒にむぐっ」
亰花の口を片手で塞ぐ。
……危ない。
一週間も経たずに、同棲の件がばれてしまう所だった。
「えっ、何で天保院さんの口を塞いでるの?」
じつに的確なツッコミだ。
こんな時でなければ、俺だって同意していただろう。
「天保院さん、顔が真っ赤だし、可哀想だよ」
突然の出来事に目を丸くする御舘に、俺はもっともらしい理由を口にした。
「気にしないでくれ、俺の趣味だ」
もちろん嘘だ。
だが趣味なら仕方ないと、認知してくれるだろう。
しかも無差別ではなく、亰花だけにしか適用されない特殊なものである。
「……趣味で女の子の口を塞いじゃ駄目だよ。悪趣味だから止めなよ」
「はい」
どうやら駄目だったらしい。
御舘に咎められつつ、俺は亰花の口から手を離す。
一方、解放された亰花は清々しい笑顔を作った。
「……ふぅ助かりましたわ、御舘さん」
「天保院さんは怒っていないんだ?」
「えぇ。他ならぬ絶夜なら、特別に許しますわ」
その言葉を聞いて、俺の方こそ息が詰まる所だった。
まったく誤解を招きかねない爆弾発言である。
おかげで御舘は石像のように固まっている。
そりゃ驚くだろう、俺だって胸にピストルを撃ち込まれたような衝撃を受けた。
しかし亰花には困ったものだ。
このままでは俺の計画が破綻しかねないではないか。
「まぁ二日前の夜に起きたアレに比べたら、絶夜に口を防がれるくらい平気ですわ」
わざとか。
もしかして、わざと言ってるのか。
御舘に昨日のアレって何って、聞いて欲しいのだろうか。
しかし御舘は別の所に食い付いてきた。
「……前から思ってたけど、二人は呼び捨てだよね」
「あぁ、同級生だからな」
「けど馬波くんって、同級生を下の名前で呼び捨てにしてたこと、無かったよね?」
「……そう、だな」
と言いつつ困った、完全に目的と話が逸れてきた。
御舘の事情を聞くはずが、ただの世間話になりかけている。
だがこうなれば、プランは一時的に変更だ。
まずは歩きながら話そう、と御舘に提案しながら俺は説明を始めることにした。




