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七月五日(木曜)の朝

 ――同棲を始めて二日が過ぎ去った。

 現在は朝。

 テレビの天気予報と(すずめ)の鳴き声をBGMに、俺と亰花はダイニングテーブルでお互いに向き合っていた。

 まぁ一言で言えば、朝食の最中だ。

 といっても冷蔵庫から食品を出すだけで、大した支度はしていない。

 メニューも食パンとジャム、シーチキンを加えたサラダにグレープジュースという、朝食に相応しい軽い食べ物ばかりだ。

 ……相方の食べる量が多いことを除いては、だが。


「ところで、亰花」

「なんですの、絶夜?」


 本日五枚目のパンを手に持ちながら、コチラに視線を合わせる亰花。

 あの時の取り乱した様子が、まるで嘘のような平常心っぷりだ。

 良くも悪くも、時間の経過は人の心身を新しい環境に適応させていくのだろう。

 落ち着いた態度はまさにお嬢様だよな、と思いつつ俺は続きを口にする。


「そのチューブで出来た、苺ジャムの使い勝手はどうだ?」

「……言いたくありませんが、イマイチですわね。特にキャップが駄目ですわ」


 そう言って亰花はチューブのキャップを外すと、ドロリとしたジャムを直接パンにかけ始めた。

 そして、次にジャムナイフを使ってジャムを平らにしていく。

 ……ちょっと待て。


「そのままチューブの先で平らに出来るように、ハケが付いているんだぞ」

「だって、使いづらいですわ」

「……ジャムナイフを使う手間を省く為の、ハケ型キャップなんだが」


 しかもキャップの内部構造は渦状になっている。

 それによって子供でもジャムを出しやすい親切設計なのだ。


「ナイフの方が使い易いんですもの。食パンの場合、最低五枚は食べますしチマチマ時間をかけたくありませんわ」

「そうか」


 ……亰花にとって、この商品の利点は無用の長物だったようだ。

 だが、しかし。


「ゴミ問題を含めて考えると、容器がポリエチレンだから瓶よりゴミ処理が楽だぞ」

「あら、それは間違った認識だと思いますわ」

「どういう意味だ?」

「このチューブは、瓶に比べたら容量が小さいですわ。それはつまり、消費が激しいと言う事ですもの。その分、ゴミが増えますわ」

「なるほど、そういう意見もあるのか。参考にしよう」


 と口にした瞬間、亰花はコチラをジト目で睨んできた。

 不機嫌と言うよりは、拗ねている様子である。


「……さっきから、味気ない会話ばかりですわ。わたくし、パンの耳よりモソモソした気持ちになってしまいそう」

「俺にとっては充実した朝だぞ?」

「むぅ」


 亰花は怒ったフグのように、ほっぺを膨らませる。

 ……判らない、いったい何が気に入らないというのか。


「ここ二日ほど暮らして痛感しましたけど、絶夜は仕事のことばかり考えすぎですわ。プライベートの食事中に、あまり仕事の話を持ち込まないで欲しいのですけど」

「大げさだな、ちょっとした感想を聞きたかっただけだ」

「参考にしようと言った時点で、仕事に生かすと言っているようなものですわ」


 そう言い終えた亰花は、はむっと食パンを口に入れた。

 すでにこちらに視線を向けていない。

 つまらなそうにテレビを見ていた。


「おしゃべりするなら、もっと楽しくなれる話題なんていくらでもありますのに」


 ……ボソッとした呟きだったが、ばっちりコチラの耳にも届いている。

 いまいちピンと来ない主張だったが、何故か反論する気にはなれなかった。

 むしろ、ここは素直に反省しようではないか。


「すまなかったな。話を変えよう」

「まぁ、本当?」


 そう尋ねる表情が、LEDライトのようにペカーッと輝いていた。

 髪の毛をさっと整えて、ピシッと姿勢を正して、コチラに向き合う亰花。

 明らかにワクワクと期待されている。


「どんな内容ですの?」

「うん。そろそろ部屋の掃除を、どう分担するかについて話し合おう」

「…………」


 そう口にした瞬間、亰花はパチパチと(まばた)きをした。 


「……絶夜」

「なんだ?」

「貴方、きっと自分で思っている以上に朴念仁(ぼくねんじん)さんだと思いますわ」

「どこが?」


 はぁ、と何か諦めたように溜息を吐く亰花。

 しかし今後の掃除分担についての文句はないようで、サクサクと事が決まった。

 だが。


「父様はビジネスの話ばかりだと愚痴を言う、母様の気持ちが少し理解できましたわ」


 最後にそう言った亰花の言葉が、俺の胸に突き刺さった。

……昔、母さんが同じ事を親父殿に愚痴っていた記憶がある。

 貴方は本当に仕事の話しかしないのね、と。

 もしかして男という生物は、女性にそう言われるものなのだろうか。

 それは嫌だ。

 自分の将来を想像して、俺は己を改めることを決意した。

 ――まぁ問題は。

 どうやってソレを直すことが出来るのか、見当も付かない事である。


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