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食事を終えて

 結局、二人で六つ分のショートケーキは仲良く胃袋に収まった。

 ケーキ自体のクオリティの高さもあったが、何より亰花さんが頬を緩ませながらパクパクと食べている姿を見てコチラの食欲も刺激されたのだ。


『幸せそうに食べ物を食べる女の子は、とても可愛いと実証された』


 と学者のように語る欲望はさておき、亰花さんが美味しそうにケーキを口にしていた姿が、俺の食事に影響を与えたのは確かだろう。

 文字通りの『ご馳走様でした』である。

 そして今は食器を片付け、ソファーで世間話に興じている最中だ。

 特に、この家についてのネタで盛り上がっている。


「ところで、わたくしの部屋と向かい合わせになってる部屋は何ですの?」


 両手でグラスを持ちながら、亰花さんがコチラに質問してきた。

 言われて初めて、そういえばソコを説明していなかったと思い出す。

 たしかに、亰花さんの洋室と向かい合わせになった一室がある。

 だが基本的には、あってないようなものなのだ。


「あそこは一度も使用されたことの無い、来客用の寝室だ」

「来客用なのに、一度も使用されたことがありませんの?」

「単純な話で、誰も来ないからな」


 そう発言した瞬間、亰花さんは目を丸くした。

 俺にとっては何でも無いことでも、どうやら彼女にとっては違うらしい。


「……それって、寂しくはありませんの?」

「そう思えるほど一人暮らしが長い訳でも無い。まだ半年だし、何より一人暮らしは俺が自立したという物理的な証明だと思っているんだ」


 だから来客が無いことは、俺にとってはむしろ好ましい事なのだ。

 ――だが。


「……ん、そうですの」


 亰花さんは、コチラの回答に眉をひそめている。

 口にこそは出さないものの、明らかに納得していない表情だった。


「何か、気になることでも?」

「絶夜さんの言い分だと、当分の間は誰も来そうにありませんわ」

「……勘違いしないで欲しいが、別に人が来ることを嫌がっている訳じゃない」

「えぇ、それは承知していますわ」


 口ではあっさりと頷いたが、なにか考え事でもしているのだろうか。

 亰花さんはコチラから視線を外して、口元に右手を添えながら独り言のように呟く。


「けど変ですわ。姉様は、ココに来客が来たら知らせるようにって、わたくしに言ってましたのに」

「え?」

「間違いなく姉様は仰っていましたわ。近いうちに来客の予定があると」


 亰花さんの視線はブレること無く、真っ直ぐコチラに向いている。

 よほど自信があるのだろう、どうやら聞き間違いという線はなさそうだ。

 ならば。


「……それは、来客が和沙さん本人というオチだったりしないのか?」

「たしかに、姉様がこのマンションに来る可能性は高いですわね」


 そこは否定しないのか。

 それはそれで、不安と期待が高まってしまう。

 しかし、俺の意見は正解ではないらしい。


「でもそれなら、来客なんて他人を指す言葉を使う筈ないですもの。姉様はわたくし達の家族以外に、誰かやってくることを想定している筈ですわ」

「俺の仕事上、荷物を運搬する配達員なら良く来るぞ?」

「来客とは言いませんわ」

「……じゃあ」


 本人に聞いてみれば、と俺が提案する直前。

 見計らったように、亰花さんの携帯電話が鳴り出した。


「あっ、和沙姉様からですわ」


 なんて偶然。

 亰花さんもグッドタイミングですわ、と喜びながら呼び出しに応えた。


「はい姉様、どうかなさいましたの?」


 携帯電話を耳に当てて、亰花さんは和沙さんに用事を尋ねた。

 家族からの電話だからなのか、とても嬉しそうに頬を赤らめている。


「……今は絶夜さんとマンションに居ますわ。えぇ、来客はいませんでしたわ」


 ふむ。これは、来客の確認をする為の電話なのか。

 何にせよ、やはり和沙さんはこの家の訪問者について気にしているらしい。


「あら、絶夜さんにも用事があるんですの?」


 俺は無言で自分を指さした。

 それは、電話を代われと言う事だろうか?

 亰花さんはコクリと頷くと、手に持っていた携帯をコチラに渡してきた。

 パシッと。反射的にソレを受け取ってしまう。


「どうも和沙さん、馬波です」

「あら絶夜くん。昼間ぶりね、元気にしていた?」

「……それは体力的な意味ですか。精神的には疲れているんですが」

「そう、ところでね」


 いとも簡単に話を流された。

 どうやら和沙さんは、興味が無い事には冷たい性格をしているようだ。


「言い忘れていたのだけど、引っ越し祝いのケーキが冷蔵庫に入っているのよ」

「知ってますよ、さっき頂きましたから。ご馳走様でした」

「なら、良かった。これからも差し入れるわね」

「いやいや良くないですよ。鍵、あるんなら返却してください」

「ないわよ? 証拠がね」

「……遠回しに認めていませんか、それ」

「それはそれとして」


 闘牛士(マタドール)のようにヒラリと追求を(かわ)そうとする和沙さん。

 まぁ鍵を持っているのか立証できないので、この話はここで終わってしまうのだが。


「亰花の生活態度は、どうだったかしら?」

「……悪くありませんでしたよ、さっそく友人も出来たようですし」


 虚偽の申告はしていない。

 というか本人が目の前に居るのに、そういう事は聞かないで欲しい。


「なら学校生活は明るそうね。でも同棲生活の方はどうかしら?」

「……まだ同室してから、半日も経ってませんよ?」

「だって心配だもの、姉にとって妹の生活は監視対象なのよ?」

「監視って」

「別名、ストーキング対象って意味よ」

「怖いことをサラッと言わないでください、思わず電話を切りそうになりました」

「それは困るわ。盗聴するしかなくなるもの」

「和沙さん、冗談ですよね?」

「もちろんよ、私は自分が安心できる冗句(じょうく)しか言わないわ」


 日本語って難しいな。

 今の言葉をどう解釈して良いのか判らない。


「それよりも絶夜くん達は、夕飯まだよね?」

 

 また話を変えられた。

 完全に主導権を和沙さんに握られている。

 ……色々な意味で、この人には敵わないのだろう。


「たしかに、まだ夕食は済ませていませんけど」

「じつはまだサプライズがあるのよ」


 なんだって。

 これからさらに、俺の生活がアブノーマルになっていくのか。


「そろそろ、かしら」


 その言葉を待っていたかのように、ピンポーンというチャイムが部屋に鳴り響いた。

 ……嫌な予感しかしなかった。

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