好物はいちごのショートケーキ
冷蔵庫に見慣れない箱が入っていた。
手に取ってみると、『和沙』という名前と『苺のケーキです』というメッセージカードが確認できる。
「ところで亰花さんは、苺のショートケーキが好きだったりするんだろうか?」
「えぇ。たしかに好物ですけど、何で知っていますの?」
「いやなに、新型の冷蔵庫に入っていたんだ」
しかも俺が知らない内にね、今朝は無かったはずなのにね。
……さすがに背筋がゾクッと凍ったね。
引っ越し作業の時も思ったが、和沙さんはスペアキーでも所有しているのか。
「ちなみに未開封のグレープジュースもある」
「まぁ。グレープジュースもわたくしの好きな飲み物ですわ」
「だと思った。せっかくだし、おやつとして活用させて貰うとしよう」
「わたくしも手伝いますわ」
そう言ってスクッとソファーから立ち上がる亰花さん。
『スカートの裾を直す仕草がエロいよね』
と口走る欲望に腹パンしながら、俺はグラスを取り出していた。
「まぁ、ケーキってワンホールでしたの。しかも七号サイズですのね」
トコトコとコッチにやって来た亰花さんは、冷蔵庫を開きながら驚いた声を上げる。
その声に頷きながら、俺は食器棚からどのフォークを使うか悩んでいた。
「あぁ、直径にして二十一センチ。二人だけで食べるには多すぎる量だな」
「むしろ困りましたわ、もうワンホール欲しい所ですわ」
「……あ、あぁ」
なるほど、ソッチか。
天保院のお嬢様は、まさかの食いしん坊キャラだったようだ。
「そういう事なら、俺の分は無くても構わないが」
「いいえ、こういうのはキッチリと分けますわ。夕食のことを考えれば、半分でも平気な量ですもの」
……そうか。この量から、さらに夕飯を追加するのか。
俺の中のお嬢様というイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
そんなコチラの事情などまったく知らない亰花さんは、何故か電子ポットからステンレスのボールにお湯を注いでいた。
そして決め顔でケーキナイフを用意すると、素振りを始める。
――どうしよう、不安しか感じない。
「わたくし、切り分けるのが得意ですの」
「……本当に?」
「えぇ、論より証拠ですわ」
そう言うと亰花さんはボールに水を加えて、その中にナイフを入れた。
……殺菌のつもりなのだろうか、その割りには温度が低いのが気になるが。
「ぬるま湯で刃物を温めると、サクッと切り分けられますのよ」
そんな説明とともにナイフの水滴を拭き取ったかと思えば、手慣れた様子であっというまにワンホールを六等分のピースに変えていく。
ほぉ、と感嘆の溜息が出るほどの見事な作業である。
「言うだけ合って、大した分配だ」
「ふふん。好きな物の扱いは、丁寧かつ積極的に愛でろと父様が教えてくれましたの」
「そうか」
あの社長が教えたのか。
そう思うと、可愛らしい乙女スキルだと思っていたケーキの切り分けが、肉食系女子のサバイバル技能にイメージが切り替わってしまった。
というか、ここで社長の名前が出るとは思わなかった。
「……ところで、なんで六等分なんだ?」
「だって女子高生が、ホールの半分を豪快に食べる訳にはいきませんもの」
「そうか」
言いたいことは判るが、自分で言ったら駄目なタイプの話題だろうに。
まぁ良い。気を取り直して盛り付け用の皿を選ぶとしよう。
こういう時、いつも使用するのは春のパン祭りで貰える白プレートなのだが、今日は奮発して花柄の高級テーブルウェアを引き出そうではないか。
「食器、フォーク、グラスも揃った。食べる場所は、そこのダイニングテーブルで構わないだろう?」
「もちろん。わたくしも運ぶのを手伝いますわ」
誰が何を持つかの振り分けは俺がケーキを盛り付けた皿を二つ、亰花さんはお盆にのせたグラスに決まった。
……このやり取り、小さい事だが同居人を意識させるには十分なイベントだ。
鼻歌交じりにスッキプしそうな亰花さんの足取りを見て、女の子という生き物についての考察をいくつも立てたくなる衝動に駆られる。
『ジュースをこぼして服を脱いだら、一体どうなるのか?』
という疑問を提示した欲望を有罪判決にしながら、俺はテーブルにケーキを置く。
「では、いただきますわ」
「……頂きます」
二人で食前の挨拶を交わして、フォークを手に取る。
誰かと一緒にテーブルを囲むことに懐かしさを覚えつつ、俺はショートケーキを口に入れた。
……うん、甘酸っぱい。
この味なら、いくつ食べても飽きる事は無いだろう。




