ようこそ、我が家へ
――結論から言えば、想像以上に亰花さんはクラスの馴染めていた。
美人の転校生と言う事もあって大勢の人間が話しかけてきたが、人見知りもなく受け答え出来ていたし、授業態度も教師からは好評だった。
客観的に見れば、何の落ち度もない優等生だ。
おかげで大した手間もかからず下校まで出来たが、コチラは拍子抜けた気分である。
本音を言えば、もっと破天荒な学園生活を送る羽目になると思っていた。
だが現実は二人とも平穏無事に、マンションまで帰宅できたのだ。
「此処が、わたくしの新しい住処ですのね」
亰花さんはマンション全体を見上げると、コマのように回ってコチラに振り返った。
「場所は一階かしら?」
「いや、三階だ」
「どんな部屋か楽しみですわ。早く入りましょう、絶夜さん」
頬を緩ませニコニコと微笑む亰花さんは、まるで今から宝箱を開ける子供のような陽気さだ。
コチラの腕をぐいぐいと引っ張る積極性に流されるまま、俺もマンションの中へと進んでいく。
「じゃあ、エレベーターに乗って」
「もちろん階段ですわ。ここまで歩いたのですから、最後まで自分の足で自宅に辿り着きたいですもの」
部屋番号も知らないまま、亰花さんは左脇にある階段をズンズンと上っていく。
無論、俺の手を引っ張ったまま。
ちなみに、どう捕まれているかと言えば左腕が脇に挟まれた状態で、手の平がちょうど亰花さんの胸の辺りに位置している。
時折、指先がおっぱいに触れるのである。
『これは本当に、亰花さんと同棲して良かったかも知れんね』
と真剣な口調で同意を求める欲望の声が聞こえる。
それに対し、俺は否定できる言葉を持ち合わせていなかった。
「さて、到着しましたわ」
階段を上り終えて通路に出た亰花さんは、胸を張ってそう宣言した。
やり遂げたような顔をしている所を悪いが、ここからあと二十歩は歩いて頂きたい。
「三〇五号室が俺の、いや俺たちの部屋になる」
「まあ、そうですの」
感動したように両手をパチパチと叩く亰花さん。
そして脇に挟んでいた俺の腕を解放し、ジッとコチラの様子を窺う。
「…………」
無言の圧力が、早く案内せよと俺に伝えてきた。
あぁ、判っているとも。
すぐさま部屋の前でキーを鍵穴に差し込んでみせるさ。
――そしてガチャリという音と共に、我が家の扉は開かれた。
「わぁ、花の香りがしますわ」
それが玄関に入った瞬間の、亰花さんが口にした初めての言葉だった。
しかし別に花瓶がある訳ではない。ただの芳香剤の匂いである。
「嫌いな匂いだったか?」
「いいえ。むしろ好きですもの。それに素敵な形をしてますわね、アレ」
亰花さんが指を向けた先は、靴箱の開閉扉だった。
そこには、花びらの形をしたプラスチックが貼り付けられている。
「わたくしの好きな薔薇の形。これが香りを出しているんでしょう?」
「あぁ、とある雑貨メーカーの未発売品だ。香料が一週間しか保たない代わりに、すぐに処分できるのが利点でね」
「……気に入らない香りでも、気軽に買い換えられると言う事かしら?」
「その通り。なにより、このサイズならコンビニでも陳列しやすい」
ジェルを採用したコレは、五百円玉より一回り大きい程度だ。
もともと、この商品のターゲットは一人暮らしのOLだから、手に取りやすい環境に置けるというのは最も重要なのである。
「……けれど何で、未発売商品があるのかしら?」
「別にコレに限った話じゃない。この家は、そういう物で溢れている。上位のレビュリストにはTCMを経由して、企業からテストモニターの依頼が来るんだ」
「それなら、わたくしも聞いたことがありますわ。サンプリングでしたっけ?」
「ソレとは少し違う。有名レビュリストに商品とは別に謝礼を払って、モニターさせるシステムがあるんだ。別名、袖の下とも言うけどな」
説明しながら、靴を脱ぐ。
いつまでも玄関先で会話するより、リビングの方が遥かに良いからだ。
亰花さんもコチラの意図を察したようで、脱いだ靴を揃え直してから来客用のスリッパに履き替えた。
「ちなみに、ここが亰花さんの部屋だ」
そう言って俺が指さしたのは玄関から左側、廊下に出て数歩先にある洋室だ。
「まぁ、六畳一間というやつですわね」
さっそくドアノブを回して自分の部屋を確認する亰花さん。
ご機嫌な様子でフムフムと唸っている辺り、不満はなさそうに見える。
「問題は?」
「ありません、むしろ昔を思い出しますわ。かつての家では姉様と同じ部屋でしたし」
「なるほど」
どうやら和沙さんの言う通り、根っからのお嬢様ということはないらしい。
結局、何の文句も出ないまま亰花さんは慣れた仕草で、学習机に自分の鞄を置く。
「ところで、絶夜さんの部屋はドコかしら?」
「目と鼻の先だ。ほら、ここからでも見えるが襖があるだろう?」
そう言って俺はホールへと移動した。
といっても案内するほどでも無い、本当に三歩あれば事足りる距離にあるのだ。
「和室ですの?」
「そう、ここも六畳一間だ」
引き戸を開ける。
目に映るのは、折り畳んだ布団、ちゃぶ台、漫画が収納された本棚くらいなものだ。
他には何も無い。
『まぁ、押し入れの中には色々とあるんだけどね』
と口にする欲望の声も、亰花さんには聞こえないので何の問題も無い。
「シンプルですわ」
「まぁココは寝室でしかない。基本的な生活もリビングで過ごしているからな」
できるだけ平坦な声を演じながら襖を閉める。
別に大した意図は無い、疚しいことも無い。
エロ本もなかったのである。
「さて。次は俺の部屋の向かい側だが、洗面所とバスユニットになっている。そして隣のドアが個室トイレだ」
「……? 個室じゃないトイレなんてありますの?」
「物件によっては。気になるなら、三点ユニットバスでネット検索してみると良い」
などと小話を挟みつつ、いよいよメインルームのドアを開く。
――そこに広がるのは十三畳のフローリングである。
「……まぁ素敵。思った以上に魅力的なリビングですわ」
そう言うと亰花さんは、ふわっと金髪を揺らして部屋に駆け込んだ。
そしてソファーやテレビ、カーテンやカーペットなど模様替えされた部分をピンポイントでチェックして喜んでいる。
「正直、無骨なデザインかと思っていましたが、女性的なインテリアが多いですわ」
えぇ何しろ無骨なデザインから、女性的なインテリアに変えられましたから。
などという嫌味は言うまい。
ここまで喜んでくれるなら、コチラも報われた。
「ソファーに座っても、宜しくて?」
「もちろん。今日から亰花さんの物でもあるんだから、遠慮はいらない」
「ふふっ」
許可を出して、わずか三秒。
語尾に音符が付きそうな声色で、待ちきれなかったとばかりに亰花さんはソファーへとダイブした。
――危ない、スカートの中身が見えそうだった。
「わたくしの実家にあるのより今風でフカフカですわ。このソファーだけで、ここに来た甲斐がありましたわ」
「それは何より」
足をばたばたと動かして喜びを表現している亰花さんを見ながら、とりあえず俺はキッチンスペースへと向かった。
目的は、来客用のジュースとお茶請けである。
水道で手を洗い、さっそく冷蔵庫をガチャッと開けた。
――と同時に俺は、ある違和感に気付いてしまったのである。




