美人に弱い男
さて。
慌ただしいホームルームも終わり、今は一時限目が始まる五分前だ。
通常ならば、この時間帯はクラスメイト達の雑談に溢れかえっている。
……しかし現在、我が愛すべき級友達は、亰花さんの周囲に一極集中していた。
「天保院さんは、なんで転校してきたの?」
そう口にしたのは春日居だ。
積極的な態度の彼女は、クラス代表の質問係として機能していた。
それに対し、亰花さんはクスリと笑うと、
「ごめんなさい。企業秘密ですわ」
そういって人差し指を口元に当てた。
途端に女子の間から、可愛いっといった言葉が飛び出る。
事情を知っている俺からすればブラックジョークに聞こえるが、どうやら他の人には可愛いものらしい。
「そっか秘密かー。じゃあ電話番号は?」
「家族からは、男の人以外なら大丈夫と言われてますわ」
この発言に男子の間から、うわーという嘆きが飛び出る。
事情を知っている俺からすれば至極当然の対応なのだが、どうやら他の人にはショッキングなことらしい。
「やった。じゃあ、あたしは大丈夫なんだ。さっそく、メアドとか交換しようよ」
「わかりましたわ」
華やかに笑いながら、亰花さんと春日居は情報交換に勤しんでいる。
それを見届けると、俺は席から離れて教室を出た。
みんな転校生に夢中な為、声をかけられることもない。
むしろ春日居など、すぐさま俺の席を陣取ったぐらいだ。
「馬波、ちょっと席を借りるね。お礼は私の電話番号でー」
廊下に出る前に聞こえた春日居の言葉に、俺は無言で頷いた。
……ふむ、携帯番号か。
『あれ、もしかして初めての役得じゃね?』
と尋ねる欲望を否定できないまま、俺は目的地である男子トイレまで駆け込んだ。別に用を足したかった訳ではない。
誰にも見られずに電話をしたかったのだ。
無論、その相手は和沙さんである。
不幸中の幸いか、昨日のパーティーが終わる頃に、プライベート用の電話番号は教えて貰っている。洋式トイレの個室にこもった俺は、さっそく登録した番号にコールをかけると、三秒ほどで繋がった。
「はい、和沙です。どうかしたの、絶夜くん」
……言葉だけならは、状況を尋ねているように聞こえるだろう。
しかし受話器越しで聞こえる声は楽しそうに弾んでいた。
明らかにコチラがどんなつもりでかけてきたか、把握しているのである。
「……亰花さんが転校してくるなんて、聞いてませんでしたが」
「たしかに言ってなかったわね。まぁ、同棲ついでのオプションみたいなものよ」
「おかしいですね、そんなオマケを選んだ記憶が無いんですけど」
「サプライズ、というやつかしら。もちろん無料サービスだから、お礼は無用よ」
――タダより高いものはない。
今ならば身に染みて理解できる格言である。
「ところで、亰花はそこに居るのかしら?」
「いいえ。今はクラスメイトと親睦を深めている所ですよ」
「そう。トラブル無く、みんなと溶け込めるなら良いことだわ」
「いいんですか。うちのクラスには男子も大勢いますけど」
「そこまで心配しなくても構わないわ。亰花も小学二年生までは公立の共学だもの」
なん、だと。
サラッと新事実がもたらされた。
しかも今回の件の根幹を揺るがしかねない呟きだ、聞き逃す訳にはいくまい。
「……箱入り娘という肩書きは、どこにいったんですか」
「TCMは、ここ十年で急成長を遂げた企業。けど、それ以前は鳴かず飛ばずの零細だったのよ。えぇ、当時は裕福と言うほどでは無かったわ」
「なら、そこまで世間知らずじゃない筈でしょう。行動力に至っては人並み以上だ」
「かもね。けど貴方が思っている以上に、亰花は自立心が無いのよ?」
「……俺が言うのも何ですが、そもそも高校生にソレを持てというのは無理な話だ」
「ふふっ。本当、貴方が言うと説得力が無いわね」
「それって褒めているんですか?」
「あら、嬉しくなかった?」
――嬉しい。
『美人に褒められて、嬉しくない男って居るの?』
否、いない。
我ながら単純だと思いつつ、もっと褒めて貰えないかと期待していると和沙さんの方から話しかけてきた。
「申し訳ないけど、じつは仕事中なのよ。電話を切っても良いかしら?」
「むっ」
「不満かしら?」
「我慢できないほど、ではありませんが」
「それは素敵ね。出来る大人という者は、諦め方も上手いものよ?」
……言葉で誤魔化されているという自覚はある。
だが仕事という言葉を盾に取られたら、これ以上粘るのは気が引けた。
それにこちらも、そろそろ授業が始まってしまうのだ。
「仕方ありませんね。俺も、教室に戻ろらなければ困りますし」
「そう。じゃあね、絶夜くん。くれぐれも妹をよろしく」
その言葉を最後に、和沙さんからの通話が途絶えた。
けっきょく事態は変わらず、大した収穫もない。
……残されたのは、一分後に迫る授業だけだった。
「よろしく、か」
『美人から言われれば、満更でもないよね?』
そう尋ねられたら、こう答えるしかあるまい。
「まぁ、悪くない」
そう自分に励ましの言葉を呟いて、俺はトイレから教室へと移動した。
足取りが軽い。
理由は簡単で、美人に褒められたから。たったそれだけだ。
だが、たったそれだけで面倒ごとを押し付けられても平気なのである。
『転校生が可愛いって言う理由もあるよね?』
意地悪そうに囁く俺の欲望。
なるほど、たしかに亰花さんの容姿は可愛い。
そんな人を世話できる事は、嫌では無いのも確かだ。
『むしろ、好きになりそうだ?』
はい。




