転校生がやって来た
「えー、今日はお前達に転校生の紹介をしたい」
それは朝のホームルームで聞いた、担任である田辺教諭の第一声だった。
――何故だろう、嫌な予感する。
教室の入り口から最奥にある窓際で気持ちよく微睡んでいた俺は、担任教師の台詞に言いしれぬ胸騒ぎを覚えた。
「聞いて驚くなよ。なんと、梨川女学院からの転入だ」
その単語を聞いて、教室はわっと沸き立つように騒がしくなる。
……まぁ無理もない話だ。
梨川女学院と言えば、少子化問題で在校生の減少に悩まされながらも、頑なに共学化を拒む地元でも有名な女子校である。
在校生は二百人以下、それでも運営に支障をきたさないのは高額な学費と保護者達による多額の寄付によるものであり、平たく言ってしまえば裕福な家庭しか入学できないお嬢様の通う学校なのだ。
そんな所から、わざわざ転校してくるなど余程の事情があるに違いない。
……しかしこれは偶然だろうか。
じつは昨日のパーティーで聞いた話なのだが、亰花さんも梨川女学院の生徒であるらしい。
俺のマンションから女学院へ通うのは大変だ、とも言っていた。
それはつまり、余程の事情と言う事になるまいか。
――いやいや、まさかね。
そんなコチラの不安を余所に、教室の空気は期待と希望に満ち溢れていた。
降って湧いたイベントを、全力で楽しもうという腹づもりなのだろう。
どや顔で胸を張る担任も生徒達の要望を叶えるべく、入り口のドアへ声をかける。
「では、入ってきなさい」
その言葉に反応してドアが開き、現れたのは。
「梨川女学院から転校してきました、天保院 亰花ですわ」
紛れもなく、昨日の金髪お嬢様だった。
ソレを確認したとき、ふっと俺の意識が成層圏あたりまで吹っ飛んだ。
――絶夜、口約束はいけないよ。
必ず契約内容を書面に残すんだ。
お約束的な展開というヤツに巻き込まれて、そんな過去の回想が再生される。
……親父殿曰く、社会人のとって約束とは何より大事な物だという。
口で交わした約束など、先方の都合で契約内容を変更される場合もある。ゆえに、契約に関することは全て、書類に記して対等な関係を作るのがベストなのだと。
――あぁ何故、俺は和沙さんと書類の制作をきちんとしなかったのか。
まさに後悔先に立たずだ。
後の祭りの結果が、今の現状ではないか。
「あら、絶夜さん。そこに居ましたの」
見つかった。
そしてコチラを確認すると同時に、トコトコと軽快な足取りで席までやって来た。
「先生。わたくし、絶夜さんの隣の席が良いのですけど?」
疑問符を付けながらの命令口調だった。初めから選択肢など無いのである。
「……うん。じゃあ、そうしなさい」
亰花さんの気迫に押された田辺教諭は、ただ頷くばかりであった。
先生、俺の隣の席に河口という男子生徒が居るのですが。
だがソレもすぐに解決した。亰花さんが河口の前にやって来たのである。
「あなたは?」
「か、河口です。河口 まさるです」
「そう。では河口さん、早く新しい机を持ってきて、そこに座ってくださいな?」
「はい」
理不尽な要求であるにも関わらず、河口は素直に立ち上がり席を譲った。
むしろ、嬉しそうな顔で教室を出て行った。
……恐ろしい。
わずか三十秒足らずの交渉で、自分の居場所を確保するとは。
しかも亰花さんはその成果を誇る事となく、ごく自然にストンと椅子に着いた。
「昨日ぶりですわね、絶夜さん」
「……そうですね」
「昨日も思いましたが、同い年なのだから敬語は堅苦しいですわよ?」
「気を付けます」
「ん?」
「いや、気を付けようか」
コチラの返答に、うんうんと満足そうに頷く亰花さん。
言葉遣いは対等になったが、立場の差は開いた気がした。
しかもこの様子を遠巻きに見ていたクラスメイト達の声が、ヒソヒソと聞こえてくる。
「すげー、あの馬波が同学年の命令に従ったぞ」
「ていうか、知り合いなんだ?」
「かなり長い付き合いなのは間違いないっしょ、初対面で下の名前は呼ばないもん」
――いや、昨日に知り合ったばかりだが?
そう口に出来ればどんなに良いか。
しかしそれでは、どうして下の名前で呼び合うのかと疑惑を持たれてしまう。ここはクラスの空気の流れに身を任せるべきだ。
だが、そんな対処方法も教師の言葉で、一瞬にしてひっくり返ってしまった。
「じつは馬波と天保院の親御さんは、同じ会社なんだそうだ」
とんでもないところで個人情報が暴露される。
おかげで、やっぱり知り合いなのかと確信を持たれてしまった。
「まぁ下の名前で呼び合うほどの仲だとは、知らなかったがな」
そんな皮肉のこもった視線が投げつけられるが、ふむ。
それは良いことを聞いた。
この様子だと、どうやら同居の件は知らないようである。
……ならば。
「会社の催しがあった際に、同い年という事で紹介されたんですよ」
嘘は口にしていない。なにより無難な言い訳だ。
おかげで、クラス全体の空気も白けたようだ。
追求したところで面白味はないと判断したのだろう。
「なるほどな。なら関係者として、お前が天保院の面倒をみるように」
「えっ?」
「天保院も、知り合いが世話係になった方が気が楽だろう?」
「えぇ。初めから、そのつもりで同じクラスにしたのですわ」
「よし決まりだな」
田辺教諭の言葉に、ニコリと笑顔を向けて返す亰花さん。
既成事実。
この四文字が目に見えない手錠で俺と亰花さんを繋いだ。
意味する所は、もはや逃げられないということだ。
それに教師直々の任命という効力は絶大である。
何しろ、クラスメイト達は既にそのつもりで会話をしているのだから。
「親が同じ会社ってだけで急接近とか、役得過ぎっしょ」
「羨ましいわ、俺と変わって欲しいね」
クラスメイトの台詞から徐々に関係性が塗り固められていく。
ここで反論するのは簡単だ。
とはいえ、その結果に待つのはさらなる追求という身の破滅だろう。
悔しいが、ここは雄弁の銀よりも沈黙は金という精神である。
そんな心の算段を立てている最中に、亰花さんがスクッと椅子から立ち上がる。
「みなさん。改めまして、よろしくお願いしますわ」
ペコリとお辞儀を披露した亰花さんに、クラスメイトは諸手を挙げて歓迎した。
金髪の美少女と一緒に学べることを、素直に喜んでいるのだ。
その気持ちは分かる。当事者でなければ、俺も同じだっただろう。
つくづく同級生達が羨ましい、この立場を変えて欲しいものだ。
『まぁ、本当は満更でもないんですけどね』
……とは、あくまでも欲望サイドの感想である。




