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ラムネ

作者: つぶ入り

いつなんのために書いたのかわからない。多分電撃の掌編用だったと思うのだけど。文字数漏れで未投稿の代物。

供養のためにアップします。

 中二の夏だった。

「千佳ちゃんも島を出るんじゃと」

 母の言葉に僕はそうめんを吐き出した。

「汚い」という家族の抗議に「生姜のせいじゃ」と的外れな言い訳し、あとは興味なさそうな顔で残りのそうめんを啜った。

 母の話によると、両親の離婚が決まり、母親が千佳ちゃんを連れて行くことになったのだそうだ。この話は祖父の「外から嫁いできた娘にゃろくなのがおらん」というぼやきで締めくくられた。

 そのあと始まった「内山んとこの長男が大学を辞めた」というのは僕にとってどうでもいい話だった。

 僕はご馳走様をするとすぐ、昼寝を理由に二階へあがり畳の上に大の字になった。

 千佳ちゃんは僕と同い年の幼馴染で、真っ白い肌と真っ直ぐで長い栗色の髪が島の娘らしくなかった。

 この頃はお互い距離を置くようになり、学校で見かけてもほとんど会話を交わすことはなくなったが、小学生の頃は、同じく幼馴染の武も交えて三人でよく遊んだものである。

 浅瀬で捕まえたなまこを、僕が武に投げつける。武は怒って潮水を蹴り掛ける。その後ろで千佳ちゃんが笑っている。

 懐かしい風景が瞼の裏に浮かんだ。

 ところが次の瞬間、二人は成長して今の武と千佳ちゃんになっていた。僕だけ幼いまま、二人を見上げていた。

 気がつくと、僕は家を飛び出していた。

 太陽が坊主頭を焼くのも気にせず、曲りくねった急な坂道を駆け下りる。

 海沿いの道に出たところで、僕は一旦立ち止まって汗を拭った。

 入道雲を背負った青い海を右に見ながらこの道をまっすぐ行けば、千佳ちゃんの家はすぐだ。

 道の先を睨みつけ、再び走り出そうとした時、「雄ちゃん?」と後ろから声がかかった。

 振り返ると、そこには千佳ちゃんがいた。

 千佳ちゃんは白い日傘を差して堤防の上に座り、不思議そうにこっちを見ている。

 千佳ちゃんは一人だった。武の姿はどこにもない。

 とりあえず挨拶を、と思ったが口から出たのは「んご」という変な擬音だった。 

 千佳ちゃんは「ん?」という顔になった。負けずに僕も「ん?」という顔をした。

 お互いに顔を見合わせたまま、しばらく沈黙が流れた。

 弱った。彼女に会うために家を出てきたのだが、実際目の前にすると、どう接していいのか分からない。

 それでいて「なんで武はいないんだ!」などと思っているから余計に情けない。

「どっか、行くとこ?」

 先に沈黙を破ったのは千佳ちゃんだった。

「おぉ。ちょ、っとな」

 一度声を出したら、少し楽になった。

「お前はよ。なにしとるん?」

「ん、人……待っとった」

「誰を?」

 千佳ちゃんは少し視線を外した。

「雄ちゃん――」

 バクっ! と心臓が高鳴る。

「――には関係なかろ?」

 後頭部が、急激に冷えていく。

 武の顔が脳裏にちらつく。

「そうじゃな。……うん、じゃぁ行くわ」

 僕は肩を落として来た道を戻ろうとした。

「待って!」

 少し慌てたように、千佳ちゃんが僕を呼び止めた。

 見ると、千佳ちゃんはこちらにラムネの瓶を差し出している。封はまだ空いていないようだ。

「くれるんか?」

 哀れな男に。

 千佳ちゃんは首を横に振り、眉根を寄せて「ポンやって」と小さい声で言った。

「は? なんで?」

「こわい」

 少し恥ずかしそうに口を尖らす。

 僕はラムネをちょっと乱暴に奪い、千佳ちゃんの左にドカっと腰を下ろした。

「子供じゃなかろうに」

 不機嫌そうに言ったが、実は嬉しかった。昔はこんな風に頼られることが多かった。

 僕は瓶を千佳ちゃんとの間に置き、瓶口の上に乗ったプラスチックの栓抜きを叩いた。軽やかな破裂音と同時に爽やかな音をあげながらラムネが溢れ出した。

 瓶を手渡そうとすると、千佳ちゃんの方が先に口で迎えにきた。

「っ!」

 栗色の頭が顎先を掠め、柔らかい肩が僕の右肩に触れた。日傘の中に入り日光は遮られたはずなのに、体中が熱くなるのを感じた。

 鼻のすぐ下に丸い頭がある。

 鼻息でもかけようものなら、匂いを嗅いでいると誤解されるのではないか?

 口を開けば、早鐘のようになった心音を聞かれるのではないか?

 結果僕は息を止めて硬直してしまった。

 どれほどそうしていただろうか。千佳ちゃんがラムネと一緒に離れていった。強烈な直射日光が頭を打つ。

 なにか気に障るようなことを? と一瞬不安になったが、冷静になってみれば一人分空けたくらいのこの距離が、今の僕たちの自然な距離なのだ。

「ん、飲む?」

 千佳ちゃんの口が動いた。少し居心地悪そうに首を傾げている。

「……あ」

 僕は物欲しそうに口を半開きにし、ぼんやりと千佳ちゃんを見ている自分に気付き、慌てて海の方に目をやる。

「女の口つけたもんなんか飲めるかよ」

 言って後悔した。

 千佳ちゃんは無言だった。そっとため息をつく気配がした。ビー球の「ろろ」という音が僕には「バカ」に聞こえた。

「島、いつ出る?」

 気まずさを取り繕うように聞いた。

「明日」

「明日!?」

 驚いて振り向く。千佳ちゃんは少し笑った。

「ショック?」

「そらぁ……」

 あまりにも突然すぎる。

「武には……おうたんか」

「……ん。さっきおうた」

「さっき!?」

 やっぱり、という思いが頭の中で渦を巻く。

「驚きすぎ」

 また笑われた。

 二人で会って、それでどうした?

 聞けないし、想像したくもない。

「ラムネ、おごってもらった」

 千佳ちゃんは瓶をコロコロと鳴らす。

「なんで、開けてもらわんかった」

 ラムネは、僕が開けたのだ。

「うん……武ちゃんじゃいかんかった」

 意味がわからなかった。

「もう、会えんようになるよ?」

 僕はなにも言えず、ジッとラムネを見ていた。

「だから……」

 千佳ちゃんはなにか言おうとして深く息を吸い込んだ。しかしなかなか後が続かない。結局そのまま胸に溜まったものを吐き出してしまった。

「……なんじゃ?」

 千佳ちゃんは何度も吸って吐いてを繰り返す。こっちまで息苦しくなってきた頃、やっと意を決したようにラムネを一口。こっちを向き

「千佳な? 自分じゃやれん」

 そこでまた、言葉が止まってしまった。

 下唇をクッと噛み目を伏せる。

「こわいから」

 こわいって――

「なにがじゃ」

「……雄ちゃんが、やって」

「だからなにをじゃ」

「ポンやって」

 千佳ちゃんは僕のシャツの裾をギュッと握って、苦しそうに言った。

 なんとなく、理解できたような気がした。

 それで、すごくいろんなことを考えて、僕は自分の想いを千佳ちゃんに伝えた。上手くできたか分からないけど。

 千佳ちゃんは眩しいくらいの笑顔で

「こぼれないように気をつけなきゃいかんよ?」

 と言った。

 ラムネの味がした。

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