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第八話

南西家とは、巫女王国における戦国時代が始まる切っ掛けを作った初代征南西将軍の子孫であり、現在でも巫女女王から公認された南西島の統治者である。


戦国時代末期、中央島と北東島を支配下にし、巫女王国政府から統治権を委任された大将軍府を開いていた初代征国大将軍は、いよいよ南西島に攻め入り、巫女王国の再統一を成し遂げようとしていた。


南西島の征南西将軍家は戦国時代においても、南西島の支配を維持し続けていた。


中央島、北東島で起こった争いには介入することはなく、ひたすら自領である南西島の維持に腐心していたのである。


初代征国大将軍は南西島に攻め込む前に、当時の征南西将軍に自分に臣従するように使者を送った。


絶対に断ると思われていたし、断ればそれを理由として、初代征国大将軍は南西島に攻め込むことにしていたのであった。


しかし、征南西将軍は予想外の行動に出た。


初代征国大将軍の頭越しに、巫女王国政府と直接交渉したのであった。


交渉内容は次のような物であった。


「征南西将軍の地位を巫女王に返還いたします。南西島の統治権も巫女王に返還いまします」


それだけだと、征南西将軍は全てを失ってしまうだけだが、交換条件を出した。


「巫女王の直轄領となる南西島の管理人に任命していただきたい」


戦国時代の間に巫女王国政府は衰え、王都のみを維持するだけで手一杯になっていた。


南西島が直轄領となっても、そこの統治が可能なほどの人材は質も量も巫女王国政府にはもはやいなかったのである。


直轄領となっても、征南西将軍を辞めて管理人となった南西家に全てを任せるしかなかった。


南西家にとっては肩書きが変わっただけで、実質的には何も変化は無かった。


この状況に困惑したのは、初代征国大将軍であった。


巫女王国においては、巫女王以外の者が国の実質的な権力を握る状態が長く続いてはいたが、創造神によって認められた国の統治者が巫女王である以上は、誰も巫女王に取って代わることはできなかった。


巫女王国の歴史上最も大きな権力を握った初代征国大将軍といえども、形式上は巫女王から政治を委任されているのにすぎないのだ。


巫女王が南西家の管理人としての地位を認めてしまった以上、初代征国大将軍はどうすることもできなかった。


それ以来、南西家は大将軍家に対して格下となったが、大将軍家の臣下ではなく、巫女王の臣下という態度を取り続けていた。


他の大名ならば義務になっている首府への参勤交代はせず。


他の大名の嫡男ならば、一種の人質として首府の滞在が義務づけられているのに、それもしなかった。


今、宴会場で豪石武子(ごうせき・たけこ)の目の前に、南西家の当主の長男であり嫡男である南西一郎太(なんせい・いちろうた)がいるのは、それが理由である。


武子の実家である豪石家は、初代征国大将軍が地方の小さな勢力にすぎなかった時から仕えている先祖代々の旗本であり、南西家には良い印象は持っていなかった。


武子と一郎太は武士の儀礼通りに、形通りの挨拶を交わした。


(南西家に対しては、俺も先祖代々の悪印象を持っているが、個人的にこの一郎太という男には良い印象を持てないな)


武子は表面はお嬢さまらしくにこやかに微笑みながら、内心で思っていた。


一郎太は明らかに酷く酒に酔って、顔を赤くしていた。宴会ではあるが社交の場であるので、酷く酔うのは作法に反しており、下品とされている。


(それに、俺が自分で言うのも何だが、俺は『十歳の美少女』だぞ!それなのに、この一郎太は二十歳代後半だというのに、男の性的欲望を丸出しにした視線を俺に向けている!)


一郎太がいきなり武子の顎をつかんで、自分の顔の近くに武子の顔を無理矢理引き寄せた。


「ほう。近くで見ると、ますます美形だな!どうだ?俺の妾に今すぐならんか?贅沢三昧の暮らしをさせてやるぞ!」


一郎太の酒臭い息が吹きかかるのを不快に思いながら、武子は「お嬢さま」としての演技を続けた。


「お戯れは、およしになってください。一郎太さま。あたくしはまだ十歳ですよ。それに、あたくしには太平屋洋(たいへいや・ひろし)さまという婚約者がおりますし……」


一郎太は洋に視線を向けると、汚い物を見るような目つきになった。


「ふん!賤しい金をあつかう商人か!近頃は金に困って、賤しい商人どもに身を売る武家も多いと聞くが……、安心しろ!武子殿、家族まとめて、俺が面倒を見てやる!」


一郎太は顔を武子に近づけて、強引に口づけをしようとした。


(クソッ!この幼女趣味の変態野郎!こうなったら……)


武子はわざと背中から倒れこんで、偶然自分の足の先が当たったふりをして、一郎太の金的に蹴りを入れようとした。


「お止めください!兄上!」


武子が実行に移す前に、一郎太の背後から声がした。


一郎太の背後に立つのは、一郎太によく似た顔立ちをしているが、理知的な雰囲気が感じられる二十歳代初めに見える男だった。


「なんだ。三郎太(さぶろうた)か」


一郎太は武子を放すと、右手で拳をつくり三郎太の顔目がけて殴りかかった。


三郎太は避けることも抵抗することも無く、まともに拳を顔に受けた。


三郎太の顔は傷つき、血が流れ出た。


しかし、三郎太は冷静な態度のままだった。


「兄上。私を殴ることで気がお済みでしたら、幼い少女を妾にするような趣味はお止めください」


一郎太は、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「三郎太。我が伝統ある名家である南西家の一員とはいえ、部屋住みの三男にすぎないお前が、嫡男の俺に意見できる立場なのか?俺は将来は南西家の当主となるのだ。後継ぎをつくるために妾を複数持つのは、武家では当たり前のことであろう?」


「兄上。それならば大人の女性を妾にすればよろしいではないですか、兄上が狙うのはいつも年端のいかない少女ばかり……」


一郎太は、きっぱりと言った。


「俺は幼女にしか興味は無い!」


その声は、宴会場の他の出席者たちにも聞こえた。


宴会場は騒めいた。


大人が「幼女」を可愛く思うことは当たり前のことではあるが、性的な欲望の対象にすることは道徳的には悪であり、法律にも反しているからだ。


「みなさん!兄上は酒に酔って、冗談を言っているだけです!」


三郎太は必死になって、打ち消そうとした。


「何が、冗談なものか!この武子殿のような極上の幼女が、賤しい商人のところへ嫁がされようとしているのだ!俺の妾にすることで、その悲惨な境遇から救うことができるのだ。むしろ俺の行いは聖人と言うべきであろう!」


一郎太の発言に、三郎太はとことん困り果てた表情になった。


「兄上……、賤しい商人なとど申されていますが、その商人から我が南西家も多額の借金をしているのですよ。商人からの借金が無ければ、家が立ち行きません。どうか、商人を蔑むような言動はお止めください」


一郎太は、人を馬鹿にした顔になって周囲を見回した。


「ふん。昔は武士と商人が同じ宴会場で同席するなど、あり得なかったがな。賤しい金の力で商人が大きな顔をするようになったわけだ。一郎太、心配はいらん。どんなに大きな借金をしても、それを帳消しにするのは簡単だ!」


「兄上、それは、どのような手段なのですか?」


一郎太は嫌な笑い方をした。


「こんな簡単なことも分からんのか?馬鹿め!賤しい商人どもからの借金など、踏み倒してしまえば良いのだ!」


宴会場の騒めきは、さっきよりも大きくなった。


とくに商人たちからの動揺した声が大きかった。


一郎太は、大きく口を開けて笑った。


「賤しい商人どもが慌てふためいておるわ!愉快だ!愉快だ!農民や町民どもが商人に借金を返さなければ、財産を差し押さえられるが、我ら武士の財産を商人どもが差し押えることなどできん!商人どもには泣き寝入りしてもらえば良いのだ!」


商人たちからの動揺した声は、ますます大きくなった。


「みなさん!繰り返しますが、兄上は酒に酔って、冗談を言っているだけです!」


三郎太は、また必死になって打ち消そうとした。


一郎太を中心にした宴会場での騒ぎは、しばらく続いた。






「宴会は終わりましたので、ただ今戻りました。洋さま。武子さま」


「ご苦労だったな、泉後、僕たちが退席した後の宴会場の様子は、どうだった?」


泉後健(せんご・たけし)が、船内の洋の部屋に戻って来た。


身の危険を感じた洋と武子は、早めに退席した。


泉後には、宴会場に残って様子を見ておくように洋は命令していた。


「洋さま。あの、一郎太という男、滅茶苦茶ですよ。洋さまたちが退席した後も、他の少女に言い寄るわ。私たち商人を蔑んで、借金を踏み倒すと大声で触れ回るわ。商人たちの中には『あのような男が南西家の次期当主ならば、南西家との取引は考え直さなければならない』とひそひそ話をしている人たちが大勢いましたよ。一郎太の船内での評判は最悪ですよ」


泉後の話を聞いて、洋は考え込んだ。


「ふーん。一郎太の評判は最悪だと……、三郎太の評判は、どうなのだ?」


「三郎太さまですか?もちろん大変評判は良いですよ。一郎太の失言をみなさんに謝罪して回っていますし、武士の方からは『三郎太さまの方が次期当主にふさわしい』と言っている方もいましたよ」


「三郎太の評判は良いと……、二人とも自室に戻ったのか?」


「いえ。帆柱の所にいます」


「帆柱?何で、そんな所に?」


洋たちが乗っているのは蒸気船であるが、燃料である石炭の節約のため、風向きが良い時は昔ながらの帆を使うのが、この頃は普通であった。


「一郎太は酒に酔うと、高い所に登りたがる癖があるみたいです。登ろうとするのを、三郎太さまや船員さんたちが必死になって止めようとしていますが……」


洋はいきなり立ち上がると、部屋から飛び出した。


武子と泉後は驚きながらも、洋の後を追った。


「いきなり、どうしたんだ?洋」


「どうなされたのですか?洋さま」


洋は背後にから聞こえる二人の声に振り向かずに、通路を全速力で走った。


「急げ!僕の考えが当たっているなら、帆柱の所で大変な事が起きるぞ!」

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