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第七話

「提案って、何だ?タケ」


太平屋洋(たいへいや・ひろし)に、豪石武子(ごうせき・たけこ)は答えた。


「俺とお前、本当に結婚しないか?」


武子の言葉に、洋は狼狽した。


「お、おいっ!僕は結婚するなら、本当の『女』が良いんだ!タケはこうやって男物の着物を着ていれば、美少年だし!女物の着物を着れば、美少女だ!僕自身も見惚れちゃうほど綺麗だと思うよ。でも、タケは肉体的には『女』だけど、精神的には『男』だと初めて会った時から、ずっと主張して来たじゃないか!僕には『男』と結婚する趣味は無いよ!」


「分かってる!分かってる!俺だって肉体的にも精神的にも、正真正銘『男』の洋と結婚する気はないよ。俺は『男』にも『女』にも、そういう感情持ったことが無いんだから!」


武子は少し悔しい顔になった。


「俺の肉体が『男』なら、一人でどんな仕事をしても食っていける。だけど『女』では、『女』であることを売り物にした仕事にしか就けない」


洋はうなづいた。


「確かに女性が大金を得られるような仕事となると、芸者みたいなモノしか、この世の中にはないからなあ」


洋の言葉に、武子はうなづき返した。


「そうなんだよ。『まともな女は良い家に嫁入りするものだ』というのが、世の中の常識になっているから、世の中の仕組みが女が独り立ちして生きられるようにできていない」


洋は少し考え込むと、恐る恐る口を開いた。


「あの……、タケは……、つまりは……、僕に養ってもらいたいということなの?」


武子は眉をつり上げて、今にも襲いかかるように洋をにらんだ。


腕力では適わないことが分かっている洋は、蛇ににらまれた蛙のように怯えて動けなくなった。


そんな洋を見た武子は、冷静になって表情を普通に戻した。


「洋。にらんだりして、すまなかった。さっき、泉後(せんご)さんに対してはあまりにも堂々と話しているもんだから、お前が酷い臆病者だということを忘れていた」


武子の謝罪の言葉に、洋は少し落ち着きを取り戻した。


「泉後は、僕が赤ん坊の頃から知っているから、堂々と話せるんだよ。泉後は僕と違って裏表の無い人間だしね。それより、本当にごめん。『養う』なんて言葉で、タケを侮辱しちゃって……」


武子は軽く首を横に振った。


「いや、実質的にそうなんだ。だが、洋は俺のことを『妻として養う』のではなく『妻の役割をする人を給金を支払って雇う』と考えてくれ」


「どういうこと?」


「俺はこうやって洋と二人でいる時は、『男』として友達でいるが、社交の場に出る場合は夫婦同伴でいなければならないこともあるだろう。そういう場合は俺は着飾って『女装』してお前の隣に立つよ。自分で言うのも何だが、俺は女装すれば『すごい美少女』だからな、容姿で人を評価するというのは嫌な風潮だと思うが、『美人の妻』を連れているだけで、世間はその夫を高く評価したりするからな」


「その……。タケは、僕の『妻』と言うより、戦国時代の武将同士が同盟を組んだように、『同盟者』になろうってこと?」


武子は少し思案した。


「『同盟者』……か、うん。何か良い言葉だな。お互いの関係が対等だという感じで、『妻』という言葉だと『夫に従属する者』という感じが強いからな」


「それなら僕とタケは『同盟者』として対等な関係で、表向きは『夫婦』ということで良いんだね?」


ここで武子は思い出した。


「そう言えば、洋の親父は俺と洋の結婚に反対していたな。それはどうする?」


洋は笑った。


「大丈夫だよ。僕のお父さんが反対した理由は、豪石家への資金援助をこの先ずっとしなきゃならない羽目になることだから、僕の今回の商売が上手く行けば問題は無いよ。最低でも一万両を儲けて、それをタケのお父さんに貸すつもりだからね」


「一万両!?そんな大金を貸してもらっても、返す能力なんて、父上には無いぞ!」


驚いている武子に、洋は落ち着いて答えた。


「『貸す』というのは形だけで、本当は『譲渡』だよ。返してもらう必要は無い。表向きは『貸す』という形にしないと、タケのお父さんは『武士の誇り』が邪魔をして受け取ってくれないかもしれないからね」


武子は納得して何度もうなづいた。


「なるほど、賄賂として大将軍府のお偉方に渡す金額としても一万両はかなりの高額だ。父上はかなり地位が高くて実入りの良い役職に就けるだろうから、洋の家から資金援助を受ける必要は無くなるな!」


「さすがに、タケは飲み込みが早いな!」


武子は新たな疑問を口にした。


「ところで、一万両もの大金、どうやって儲けるんだ?」


「それはだなあ……」


洋は武子に説明を始めた。


説明を聞き終えた武子は、洋に対する尊敬と呆れが混じった複雑な表情になった。


「それは……、見事な策だと言うべきか……、悪辣な策と言うべきか……、迷うが……、確かに上手く行けば、一万両以上儲けられるな!」


「そうだろ!そうだろ!」


洋は鼻高々になった。


「でも、そのためには、今夜船内の宴会場で開かれる宴会に出なきゃならないんじゃ、ないか?」


「そ、そうなんだよな……」


洋は怯えたようになった。


武子は洋に向けて優しい笑顔を向けた。


「大勢の知らない人の前に出るのは相変わらず苦手なんだな。洋は、安心しろ!表向きは『未来の妻』として、実態は『同盟者』として俺が協力してやる!」






その日の夜、太陽が西に沈んでから船内の宴会場には数十人が集まっていた。


宴会場にいる客は、全員が一等船室の乗客である。二等船室・三等船室の乗客は、この宴会場に近づくことさえできない。


(これが洋の言うところの『経済的な人間の格差』というものか)


武子は洋と泉後の三人で一緒に宴会場の板の床に立ちながら考えていた。


武子は「女装」しており、「美少女」として会場内の注目を集めていた。


(一等船室の高い乗船券を買える経済力のある者でなければ、この宴会場に入る資格は無いということか……)


武子は世の中の不公平に少し気分が重くなった。


(だが、洋の話では、これでも昔よりはだいぶマシになったそうだ。確かに昔は武士身分と商人身分が同じ宴会に出席するなんてことは、有り得なかったからな)


宴会場は板の間であり、宴会の主席者たちは全員会場内を自由に歩き回って話したい相手同士で歓談している。


宴会場には、食べ物と飲み物が大量に置いてある大きな食卓があり、出演者はそこから自由に飲み食いできる。


昔の宴会はこうではなかった。特に武士身分の宴会における作法は厳しかった。


武士の宴会場では畳敷の部屋に人数分の料理の載った膳が置かれており、上座・下座の座る席順は厳密に決められていた。


今、武子たちの出席しているような立食式の宴会が開かれるようになったのは、商人身分が経済的には最も富裕になったため、武士身分と商人身分が比較的緩やかに交流する場が必要になったためであった。


「これは、これは、武家の名門豪石家のご息女である豪石武子さまと、首府で一二を争う大商人である廻船問屋太平屋のご子息の太平屋洋さまにお会いできるとは光栄ですな」


武子と洋は、脂ぎった顔をした中年の商人の挨拶を受けていた。


「せっかくご挨拶をいただいたのに申し訳ありませんが、あたくしの婚約者の洋さまは軽い風邪を引いてしまいまして、喉を痛めているので声が出せませんので……」


洋は無言のまま頭を下げた。洋は無表情でいるように他人からは見えるが、実際には酷い人見知りのために緊張して声も出せないでいるのだ。


「そうですか、お体を大切になさってください。ところで北東島には何の御用事で行かれるのですか?物見遊山ですかな?」


「いいえ、商売で儲けるために買い付けです」


「ほう。買い付けとは、北東島の特産物である毛皮ですか?」


北東島には、その地にしか生息してない様々な動物がおり、その毛皮は防寒着としてだけでなく、身を飾る贅沢な高級品として取り引きされている。


「いいえ。石炭です」


「石炭ですか……」


中年の商人は武子の返事に戸惑った。


「いいですか、お嬢さま。忠告しておきますが、石炭の買い付けで儲けるなんてことはできません」


中年の商人は、周りに聞こえないように小声で武子に言った。


「何故でしょうか?石炭は世の中の産業にとって必要不可欠な物と聞いておりますが?」


武子は「世間知らずのお嬢さま」といった表情をつくってニッコリ微笑んだ。


こういう表情をつくると世の中のたいていの男は親切にしてくれると、武子は知っているからだ。


武子の美しい顔を愛でるように眺めると、話を続けた。


「よろしいですかな?北東島は大将軍さまの直轄領となっており、大将軍府から派遣された代官が統治をしております。石炭が採掘できるのは北東島だけです。ここまでは、ご存知ですかな?」


「まあ。そうだったのですか?初めて聞きました」


武子は、そのくらいのことは洋から聞いて知っていたが、「世間知らずのお嬢さま」として演技をした。


「北東島で採掘される石炭は大将軍府の御用商人である石炭問屋黒石屋(くろいしや)が独占しており、黒石屋が事実上市場における価格を決定しております。石炭を買い付けて、転売しても利益はごくわずかなのですよ。石炭の買い付けはお止めになった方が、よろしいですよ」


「まあ。そうなんですか、でも、あたくしの婚約者の洋さまが決めたことですから……」


それから武子と洋は会場内で何人もの商人と会った。


石炭の買い付けのことを話すと、会った商人は全員止めるように忠告した。


(これで良し!これで洋が石炭の買い付けをしようとしていることは、北東島に着いたら向こうに広まるだろう。目的は果たした。そろそろ引き上げよう)


「ほう。まだ幼いが、俺好みの美形ではないか」


武子が声の方に振り向くと、二十歳代後半の男がいた。


男は武子に好色な視線を向けている。


腰に大小の刀を差しているので、男が武士身分であることが分かる。


男の着ている羽織の家紋は、南西島を統治する南西家の物であった。

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