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第四話

太平屋元(たいへいや・はじめ)豪石武司(ごうせき・たけし)は挨拶を交わした。


武司が上座に座り、元が下座に座った。


武司は座布団に座る時に、邪魔になる腰に差した刀を鞘ごと抜き、横の畳に置いた。


丁稚が二人の前にお茶とお茶菓子を置いて、部屋から出ていくと、元と武司は雑談に入った。


この雑談は本題に入る前の儀式のような物である。


元には武司が何が目的で訪ねて来たのかは、知らされてはいなかったが、推測はできていた。


しかし、元からそれを口に出す気は無かった。


しばらく当たり障りの無い会話をした後、武司はお茶に口をつけた。


(本題に入る気だな。武司さまは)


武司と長年の付き合いのある元には、お茶に口をつけるのが、本題に入る前の武司の癖であるのが分かっていた。



「今年は天候が良かった」


「そうでございましたなあ」


元は武司の言葉に相槌を打った。


「日照りや大水が起きることも無かった」


「そうでしたなあ」


「今年は水田では、稲の実りが良い。拙者みずから領地を見て回った。今年は間違いなく米は豊作になるであろう」


「それは良うございましたなあ」


武司は元が相槌を打つだけで自分から話を進めようとしないので、少し焦れた。


「今年は、我が領地の農民たちから確実に年貢を徴収できるであろう」


武司は少し苛立った口調になった。


(『武士の誇り』というヤツがあるから、武司さまは自分の方から話を切り出したくはないのか、仕方ない。ワシの方から話を進めるか……)


「武司さまの御領地が豊作とはめでたいことです。ワシの方はいささか困っておりましてな」


「困っているとは?」


「おととし、知人に本を二冊貸したのです。一年後に返してくれるとの約束でした。しかし、その知人は一冊しか返してくれなかったのです」


元の言葉に、武司は嫌な顔になった。


「その知人は返す気が無かったわけではない!都合が悪くて返せなかっただけだ!」


少し興奮気味の武司に、元は冷静に応じた。


「しかし、約束は守ってもらわなければ困ります。我々商人にとっては『約束した期限までに品物を渡す』『約束した期限までに代金の支払いをする』ということができなければ、商売の世界から爪弾きにされます」


「拙者は、商人ではない!武士だ!」


「武士であろうと、商人であろうと、人として約束を守るのは当然でございましょう」


武司は何も言い返せない表情になって、黙り込んだ。


(言い過ぎたか?)


元も武司も遠回しの言葉を使っていたが、用件の内容その物は単純である。


武司はおととし、元から百両借金したのだった。


一年後に全額返す約束だったが、まだ半額の五十両しか返していない。


本来ならば、昨年の武司の領地の年貢による税収で、全額返却可能なはずだったのたが、昨年は凶作だったため税収が激減した。そのため半額の五十両しか返せなかったのであった。


武司は今年は豊作の見込みで、年貢は通常通り取り立て可能だと言っているのだ。


しかし、ただ単に借金の返済が可能なだけなら、豪石家の当主である武司自身がわざわざ訪ねてくる必要は無く、使いの者を寄越せば済むことなのだ。


「武司さまがご自身で来られたということは、新たな借金の申し込みでしょうか?」


元は注意したつもりであったが、口調にかすかに相手を侮蔑するような感じが出てしまった。


怒りで顔を赤くした武司は突然、自分の横に置いてあった刀をつかんだ。


(まさか!ワシを斬るつもりか!?)


しかし、武司は刀を鞘から抜くことはなく、鞘ごと元に渡した。


「預かってくれ!太平屋!拙者は短気だ!刀を持っていれば抜いてしまうかもしれん!」


武司は正座していた足を崩した。


「太平屋。この部屋には拙者とお主しかおらん。言葉遊びはやめて、本音で話すことにしよう」


元は襖越しに隣の部屋にいて、聞き耳を立てている息子の(ひろし)と手代の泉後(せんご)のことが気になったが、今更口に出すわけにはいかないので、このまま話を続けることにした。


「太平屋。お主の考えている通りだ。拙者は新たな借金の申し込みに来た」


「いかほど、でしょうか?」


武司は言いにくそうにしたが、搾り出すように金額を口にした。


「千両だ」


「千両ですと!?」


元は驚いた。


武司が借金の申し込みに来たことは、予想できていたが、そこまで高額だとは思わなかったからだ。


千両は太平屋にとって出せない金額ではないが、武司にとって返済はかなり難しい金額だからでもある。


「分かっている。太平屋。千両は拙者の家では、とても返せる金額ではない。だが、どうしても必要なのだ!」


「武司さま。以前貸しました百両の時は、長年のお付き合いがあるので、利子無し、担保無しでお貸ししましたが、千両となりますと、そういうわけには……」


「分かっている。担保では無いが、その代わりになるモノを、お主に差し出すつもりだ」


「それは何ですか?」


「拙者の娘の武子(たけこ)だ。お主の一人息子の洋の嫁にしてもらえぬか?」


「えっ!?武子さまを洋の嫁にですと!?」


元は驚愕した。


それは完全に予想外だったからだ。


巫女王国における身分制度では、武士・農民・職人・商人の順である。


身分的には商人は最も下なのだ。


しかし、世の中の経済成長により、最も富裕な身分は商人になっている。



昔なら、武士と商人の間の結婚は考えられなかったが、経済的に困窮した武士が金銭的援助を得るために、富裕な商人と縁戚関係を結ぶことが多くなっている。


身分的には最下層である商人にとっては、最上層の武士と縁戚関係を結べることは大きな名誉である。


「しかし武子さまと洋は、まだ十歳ですよ」


「何も今すぐ、結婚してくれということでは無い!

将来の約束だ!約束は必ず守る!だから、千両を……。この通りだ!頼む!」


武司は畳の上で正座すると、元に向けて土下座した。





同じ頃、太平屋の家から少し離れた空き地には、近所の子供たちが百人近く集まっていた。


この空き地は、子供たちの遊び場になっている。空き地の真ん中には子供が二人いて、その二人を子供たちが遠巻きにしている。


真ん中にいる子供は、二人とも十歳ぐらいだ。


一人は長身で体は横に太く、相撲取りのような体格をしている。


もう一人は同じく長身だが、細い体をしている。しかし、なよなよした感じはまったく無く、細身の剣のように硬質な感じだ。


「タケさまーっ!頑張ってーっ!そんなデブ倒しちゃって!」


女子からの声援に、細身の子供は振り向くと手を挙げて答えた。


「キャーッ!素敵!」


タケさまと呼ばれた子供に、顔を向けられた女子が叫んだ。


タケの顔立ちは、誰が見ても美少年だ。


道を歩いていれば幼女から、老婆まで顔を赤らめるほどである。


熊雄(くまお)!そんな女の子にもてる。タケのヤツを地べたに這いずらせてやれーっ!」


男子の方から、太った男の子に声がかけられた。


熊雄と呼ばれた男の子を応援しているのは、全員男で「もてない男の恨みを受けろ!タケ!」「女にもてるヤツを撲滅せよ!」といった横断幕まで掲げている。


一方、タケの方を応援しているのは全員女の子で「美形は正義!」「ブ男はいなくなれ!」といった横断幕を掲げている。


「フンッ!確かにおいらは、ブ男だがね。名前の通り熊みたいな顔だと、よく言われるよ」


熊雄が横断幕を見て、つぶやいたのに、タケが反応した。


「別に俺たちは、美少年を比べる品評会に出るわけじゃないんだから、顔のことなんか、どうでもいいだろ?」


「その美形顔で言われると嫌みにしか聞こえないが?いつも言ってることだが、タケ。お前は芝居の役者にでもなった方が良いんじゃないか?女の贔屓の客が大勢ついて、すぐ人気役者になれるぜ」


タケは笑った。


「何度も言い返すけど、俺は役者になる気は無いよ」


「じゃあ?何に、なりたいんだ?」


タケは遠い目になった。


「できれば、戦国時代に武家の男子として、生まれたかったなあ……」


「まあ。お前なら、戦国時代に生まれたなら、名将になれただろうが……。あの洋の親戚なんだろ?洋と同じで親が大商人で、後を継ぐんじゃ、ないのか?」


「まあ。そんなところだ」


タケは言葉を濁した。そして、表情を引き締めた。


「お喋りを楽しむのは、これぐらいにしよう。始めよう」


タケと熊雄はお互い向き合って構えた。


周りで見ている子供たちが、会話をしていた。


「タケと熊雄。どちらが勝つと思う?」


「今までの勝負は、全部引き分けで終わっていたからな」


「熊雄は来月から相撲部屋に入門するから、もうケンカをするわけにはいかなくなるからな」


「それぞれの町では、ケンカ不敗を誇ったガキ大将同士のこれが最後の戦いになるな」


審判役はおらず。「始め!」の合図を出す者もいない。


タケと熊雄は、お互いに摺り足でジリジリと近づいた。


先手を打ったのは、熊雄だった。


タケの顔目がけて、張り手をかました。


タケは背中から、地面に倒れた。


地面に倒れたタケは、びくともしない。


周りにいる女の子たちからは悲鳴が、男の子たちからは歓声が上がった。


「そんな!タケさまが、一発で負けるなんて!」


「やった!熊雄の勝ちだ!」


騒ぎ立てる子供たちに、熊雄が大声を出した。


「うるさい!まだ勝負は途中だ!」


熊雄は笑いながら、地面で寝ているタケに話し掛けた。


「分かっているぞ。タケ。張り手をかわすために自分で背中から倒れたんだろ?おいらの張り手は当たっていない」


タケは地面に寝たまま、笑って答えた。


「相撲なら、これで俺の負けだが、これはそうじゃ無いだろ」


「その通りだ。これは『相撲』じゃない。『ケンカ』だ。どちらかが『気を失う』か『まいった』を言うまで、勝負は着かない」


タケは熊雄の答えを聞いて、うなづくと、次の行動に移った。


軽業師のように、地面に横になった姿勢のまま、素早く立ち上がり、後ろに向けて跳躍した。


熊雄はタケを追い掛けるようなことはせず。仁王立ちに立ったまま、タケを待ち受けた。


タケは全速力で走って、熊雄の真っ正面に向かった。

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