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第二十一話

太平屋洋(たいへいや・ひろし)は、白い紙の真ん中に筆で黒い小さな丸を三つ書いた。


熊田熊雄(くまだ・くまお)は、その紙を手に取ると、疑問の表情を洋に向けた。


「これは、何なんだ?洋?」


「つまり、だな、熊雄。例えば熊雄が創造神だとして……」


「おいらは創造神さまじゃないぞ!ただの人間だ!」


「だから、あくまで例え話よ。熊雄が自分が創造神だと仮定して……」


「自分が創造神さまだなどと!そんな畏れ多いこと!考えられるわけないだろ!」


「えーと、何と言って、説明したら良いかな……」


洋は考える表情になって、黙り込んだ。


やがて、考えがまとまり、口を開いた。


「熊雄。小さい子供だった頃のことを考えてくれ」


「おう!それなら考えられるぞ!」


「寺子屋で文字を書くのを習い始めた頃のことを思い出してくれ」


「分かった」


「最初に筆と紙を渡された時、お手本の文字を見ながら、紙にお手本の真似をして文字を書いたよな?」


「ああ、そうだった」


ちなみに、紙は大量生産が可能になり、昔ほどの貴重品扱いはされなくなったが、「紙を無駄遣いしない」という考えが世間一般に浸透しているため、幼い子供に最初に文字の書き方を練習させる時は、地面に棒で書かせるのが一般的である。


「おいらが、初めて紙と筆を渡された時は嬉しかったな。真っ白な紙が真っ黒になるまで夢中になって書いたんだった」


「それだよ!」


洋は右手の人差し指を熊雄に突き付けた。


「真っ白い紙があったら、墨で全部を埋めたくなるだろう?小さな丸を三つ描いただけで満足するか?」


「いいや」


熊雄は首を横に振った。


「つまり、そういう事だよ」


熊雄は洋から渡された紙を見ながら考え込んだ。


しばらくして、何かに気づいた表情になった。


「つまり、洋の言いたいのは、白い紙を海に例えていて、この三つの小さい丸は巫女王国の三つの島に例えているのか?」


「正解!」


洋は嬉しそうに拍手をした。


「創造神さまが巫女王国の三つの島を造っただけで満足するはずがない。他にも陸地を造っているはずだ。そう、洋は考えているのか?」


「その通りだよ。歴史で習っただろ?創造神は中央島・北東島・南西島を造った後、百人の男女を造った。そして、一人の女性を初代の巫女女王に指名すると、去って行った……、だったよね?」


「そうだ。おいらは洋と違って本を読むのは苦手だが、それぐらいの事は常識として知っている」


「なら、巫女王国から去って行った創造神は、それからどうしたのか、考えたことはあるか?」


「いや……、考えたことは無いな」


「そうだろ。みんな、そうみたいなんだ。僕のお父さんが生きていた頃、僕がまだ小さかった頃に『巫女王国から去った創造神は、今どこにいて?何をしているの?』と尋ねたら、お父さんは驚いた……、と言うより、気味の悪い物を見るような目で、僕のことを見たからね」


熊雄は納得して、うなづいた。


「まあ、確かに、洋。お前は、たくさん本を読んでいて物知りだからな。たまに変な事や理解できない事を言うから、長年の付き合いのおいらでも気味悪いと思う事がある」


洋は熊雄の言葉にうなづいた。


「だから、お父さんは『よその人にお前の本心を話すんじゃないぞ』と幼い僕に厳しく言い付けた。その言い付けを僕は守って、他人に僕の本心を話したことは無い」


「おいらには話しているじゃないか?」


「熊雄は親友で他人じゃないからね。武子(たけこ)も同じだよ。二人にだけは僕は本心を話している」


熊雄は部屋にいるのは自分たち二人にだけなのを確認するように周囲を見回すと、洋に近づいて小さな声で話した。


「それでも、さすがに『創造神を僕はまったく信じてはいない』と洋に言われた時は、さすがにおいらは驚いたぞ」


洋は愉快そうに笑った。


「正確に言うと、ちょっと違うけどね。巫女王国の三つの島があって、そこに様々な動物や植物があり、人間がいるから、それを造った『何者』かが存在しているのは僕は確かだと考えている。その『何者』かを『創造神』とみんなは呼んでいるんだと考えている。だから、創造神の存在そのものは僕は信じているよ。創造神について信じていないのは別の事だよ」


「ええと……、洋が創造神さまについて信じていない事は、何だっけ?何度も聞いているんだが、ややっこしい話で、おいらは覚えられないんだ」


「世間一般では『良い事をすれば良い事が、悪い事をすれば悪い事が、自分自身に返って来る』そう言われているよね?」


「そうだな。おいらは小さい頃に、母ちゃんに何度もこう言われたな。『熊雄。お前は他の子供たちより体も大きいし力も強い。だから弱い者いじめをしたり、暴力を振るってはいけないよ。それは悪い事だ。悪い事をすると、創造神さまから罰を受けるよ』と、おいらは母ちゃんの言葉をちゃんと守ったぞ」


洋は少し皮肉っぽく笑った。


「そんな事言って、子供の頃に熊雄はガキ大将として喧嘩に明け暮れていたじゃないか?」


熊雄も皮肉っぽい笑顔を返した。


「おいらが喧嘩を売り買いしていた相手は、三度の飯よりも喧嘩が好きだという連中だけだ。喧嘩に弱いヤツに無理矢理喧嘩を売ったことはないぞ。それは弱い者いじめになるからな」


「弱い者いじめをするような下劣な趣味を熊雄が持っていないことは評価しているよ。話を戻すけど……」


洋は真剣な表情になった。


「世間一般に言われているように『人が悪い事をすれば、その人自身に悪い事が起きるのは、創造神が一人一人の行動を全て御覧になっていて、悪い事をした人に罰を与えるのだ』と、言われている。その逆に『人が良い事をすれば、その人自身に良い事が起きるのは、創造神が一人一人の行動を全て御覧になっていて、良い事をした人に幸運を与えるのだ』と、言われているよね?」


「ああ、そうだな」


熊雄は、うなづいた。


「僕が信じていないのは、『創造神が一人一人の行動を全て御覧になっていて、罰や幸運を与えている』と、いうところだよ」


「そのところを何度も聞いているんだが、今だにおいらは洋の考えが理解できない」


「簡単に言えば、現実には良い事をしているのに不幸になる人もいるし、悪い事をしているのに幸福な人もいるということだよ。人間一人一人の行動なんて創造神は見ているのかもしれないけど、わざわざ一人一人の運命を操ることなんてしていない」


「確か、洋の父ちゃんと母ちゃんの事が、洋がそう考えるようになった切っ掛けだったっけ?」


「そうだよ。僕のお父さんとお母さんが死んだ原因は知ってるよね?」


「洋の母ちゃんが産後の肥立ちが悪くて、父ちゃんの方は強盗に襲われてだったよね?」


「ああ、そうだ」


洋は遠くを見つめるような顔になった。


「お母さんのことは僕が生まれてすぐのことで、顔も知らないから正直に言うと悲しくは感じてはいない。でも、お父さんに僕がお母さんのことを聞くと、とても悲しそうな顔になった。そして……」


洋は今にも泣き出しそうな顔になった。


「お父さんが強盗に襲われて死んだ時は、物凄く悲しかった!何日も僕は泣いて過ごした!」


「葬式には、おいらも出席したけど頭が悪いから、どんな言葉を洋に掛ければ良いのか分からなかった。あの時、何の役にも立たなくて、ご免な」


洋は首を軽く横に振った。


「熊雄は顔を見るだけで、本当に心の底からお父さんの死を悲しんでいて、僕のことを心配していることが分かったよ。むしろ、感謝している。許せないのは……」


洋は怒りの表情になると、拳を握り締めた。


「僕のお父さんが死んだのは『あくどく儲けてたから、創造神さまから罰を受けたのだ』と陰口を叩いていた連中だ!」


洋は拳で床を何度も叩いた。


「ふざけたこと、ぬかしてるんじゃない!お父さんを殺した強盗は、お父さんが太平屋の主人だと知ってて襲ったんじゃない!お父さんが一人で外を歩いていた時に懐ある僅かな金を狙ったんだ!創造神とは何の関係も無い!」


洋はしばらく興奮していた。


それがおさまったのを見計らって、熊雄は声を掛けた。


「洋。今起きている事に話を戻すけど、船乗りたちは体調が悪化しているのは、巫女王国から遠く離れようとしているから創造神さまがお怒りになっているからだと信じ込んでいるぞ。このまま進むのは無理じゃないのか?下手をしたら反乱が起きるぞ」


洋は忌々しそうな顔になった。


「そこが理屈に合っていない。巫女王国から遠く離れようとしている首謀者は僕だよ。創造神が怒りを最初にぶつけるとしたら僕になるはずじゃないか?でも、僕は何とも無い。念のため船医に診察してもらったが、異常無しだ。この事から『創造神は人間が巫女王国から離れようとしても怒ったりはしない』と証明できる」


「理屈の上ではそうだろうし、洋と付き合いの長いおいらは理解できるが、船乗りたちの体調悪化はどう解決するんだ?このままでは反乱が起きないとしても、船が動かせなくなるぞ?」


「それなんだよなあ……、どうして船乗りたちの体調が悪くなるんだ?その原因を取り除くことができれば問題は解決するのだけど……」


「洋。解決できるあてがあるのか?」


洋は首を横に振った。


そして独り言を言いながら考え込んだ。


「船乗りたちの体調が悪くなっているのに、僕と熊雄が平気なのは何故だ?白米、塩漬けにした魚、漬物……、朝昼晩三度の食事は同じ物を食べているのに……」


熊雄は棚からお菓子を取り出して食べた。


それは「巫女実(みこみ)」だった。


「うん。甘くてうまいな。しかし、洋。船乗りたちが巫女実を『船乗りの誇り』で食べたがらないとは初めて知ったな?」


「ああ」


洋は生返事をした。


それに構わずに熊雄は話を続けた。


「巫女実は一年以上腐らない果物で、値段が高いのに全員分のオヤツとして折角船に積んだのに、船乗りは『船酔い止め』を食べるのは船乗りの恥だと言って食べないんだよな」


洋は巫女実を見つめた。


「ひょっとして、これか?」






さらに十日後、船は相変わらず巫女王国から離れる方角へ航海していた。


甲板にいる船乗りたちの顔色は良くなっていた。


船の前方には陸地が見えていた。


巫女王国の人間が初めて見る新たな土地だった。

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