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第二十話

周囲にまったく陸地の見えない海を一隻の船が航行していた。


その船には帆柱はあったが、煙突は無かった。


煙突が無いということは、この船には蒸気機関は搭載されていないということであり、巫女王国では近頃では、そのような船は珍しかった。


その船の甲板の上では、船乗りたちが作業をしていた。


ほとんどの船乗りたちの動きはにぶく、顔色は悪かった。


「うぅ……、体の調子が悪い……」


「やっぱり、巫女王国から遠く離れようとするから、創造神さまが怒ってらっしゃるのではないか?」


船のあちこちで船乗りたちは、そう言い合っていた。


一方、船の船長室では、一人の中年男が土下座をしていた。


その中年男も顔色が悪かったが、顔色の悪さは体調の悪化だけが原因ではなかった。


土下座を向けている相手に対する恐怖からであった。


(ひろし)さま」


中年男は土下座をしたまま、自分の前に座っている男に声をかけた。


中年男の前に座っているのは、廻船問屋太平屋(たいへいや)の主人である太平屋洋(たいへいや・ひろし)であった。


「何か僕に話があるそうだけど、言ってみてください」


洋は何の感情も込められていない平坦な声で答えた。


「もう限界です。船乗りたちのほとんどが体調が悪化しています。やはり、巫女王国から遠く離れるようなことは無茶だったん……」


中年男は、それ以上話を続けることは出来なかった。


いきなり胸ぐらをつかまれて持ち上げられたからだ。


中年男を片手で持ち上げたのは、洋の横に立っていた相撲取りのような体格をした男だった。


杉田英雄(すぎた・ひでお)さん。あなたは何を言ってるんだ!?」


中年男の名前は「杉田英雄」。


数年前までは、太平屋の筆頭手代だった男だ。


熊雄(くまお)くん。苦しい……」


杉田の胸ぐらをつかんでいるのは、かつて相撲取りになることを目指していた熊田熊雄(くまだ・くまお)であった。


「苦しいのは当たり前だ!言って分からないヤツには、体に分からせるしかないだろ!杉田さん!あなたは洋さまから大きな恩があるのを忘れたのか?」


「も、もちろん。忘れてはおりません」


「いいや!忘れている!

恩を覚えているのなら、洋さまに逆らうような事を口に出すわけが無い!」


熊雄が鬼のような形相で睨んでくるのに怯えながらも、杉田は口を開いた。


「逆らっているわけではございません。ただ単に意見を申し上げているだけで……」


熊雄は大きな手で杉田の頭を鷲掴みにした。


「それが、逆らっているんだ!杉田!貴様に洋さまに意見をする権利があると思っているのか!?」


「痛い!痛い!」


痛がる杉田を床に放り投げると、熊雄は今度は足で踏みつけた。


「重い!重い!」


「さあ!杉田!洋さまのご恩を忘れていないのならば、どんな恩があるのか口に出して言ってみろ!」


「は、はい!私こと杉田英雄は、首府で一番の廻船問屋である太平屋の筆頭手代であった数年前、愚かにも番頭になろうとし、あろうことか太平屋の正当な後継ぎであります洋さまを排除して、太平屋を乗っ取って、自分が太平屋の主人になろうとしたのです」


熊雄は、杉田を踏みつけている足に少し力を入れた。


「い、痛い!」


「そうだ!杉田!貴様は、そのような愚かな事を企んだのだ!その結果が、どうなったのか、言ってみろ!」


「は、はい!当時、下っぱの手代だった泉後健(せんご・たけし)さんが目覚ましい活躍をして太平屋に多大な利益をもたらしました。それに対して、私は……」


杉田は言葉に詰まった。


「私は……、何だ?話を続けろ!」


熊雄にうながされて、杉田は話を続けた。


「私は取り引きに失敗して、多大な損失を太平屋に与えてしまいました。本当に申し訳ありませんでした!」


土下座する杉田に対して、熊雄は足で蹴った。


「それたけじゃ、ないだろ!洋さまも亡くなられた先代の主人も心の広いお方だ。単に店に損失を出しただけなら責めたりしない。きちんと謝罪して、仕事に励んで、損失を取り戻せば良かったんだ。それなのに、あなたはどうした?」


「そ、それは……」


「今更隠すような事じゃないだろ!言え!」


「わ、私は……、管理を任されていた店の金の一部を持ち逃げしたのです」


「その通りだ。それは犯罪なんだぞ!それが分かっているのか?」


「は、はい!もちろん。分かっております!」


「さらには、貴様には妻や子もありながら、それを見捨てて逃げたんだぞ!自分の家族を何だと思っているんだ!?」


「つ、妻や子に辛い逃亡生活をさせたくなかったので……」


そう言った瞬間、杉田の顔面が床に押し付けられた。


熊雄がやったのだった。


「馬鹿か!貴様は!俺は事実を知っているんだぞ!格好をつけてどうする!?お前の口から事実を話せ!」


熊雄は、床に押し付けた杉田の頭を持ち上げた。


杉田は、蛇に睨まれた蛙のようになりながら言葉を発した。


「そ、その当時、大変親しいお付き合いをしていた女性と一緒に逃げたのです!」


「つまり、貴様は家族を捨てて!若い愛人と逃げたんだぞ!夫として父親として恥ずかしいと、思わないのか!?」


「は、はい!今では充分に反省しております!」


「貴様が行方不明になっている間は、貴様の妻子の生活費を洋さまが面倒を見ていたんだぞ!その事を忘れてるんじゃ、ないだろうな!?」


「もちろん。深く感謝しております!」


「貴様の隠れ家を太平屋の手の者が見つけだした時には、貴様の持ち逃げした金は、さらに愛人に持ち逃げされてしまった後だった。愛人は今にいたるも行方不明だ。結局、金は戻って来なかったんだ!本来なら、貴様は奉行所に突き出されるところだったんだぞ!」


「は、はい!洋さまのご恩には深く感謝しております。罪深い私に『杉田屋』というこの船一隻の小さな廻船問屋の主人にしていただいて……」


熊雄は両手で杉田を持ち上げると、壁に押し付けた。


「杉田!『船一隻の小さな廻船問屋』だと!?やはり、洋さまのことを逆恨みして、不満を持っているようだな!本格的なお仕置きが必要なようだな!」


「まあまあ、そのくらいにしておこう。熊雄」


今まで黙って見ていた洋が口を開いた。


熊雄は、杉田を床に下ろして座らせた。


「熊雄。暴力はいけないよ。暴力は」


「はい。申し訳ありません。洋さま」


熊雄は洋に頭を下げた。


「杉田さん。悪かったね。熊雄は僕の用心棒だけど、個人的には幼なじみの友達で、友達思いの男だから、やり過ぎてしまうことがある。どうか許してほしい」


杉田は、恐怖に震えながら無言で何度も首を縦に振った。


「ああ、ところで、さっきの杉田さんの意見だけど、『船をここから引き返そう』という意味なのかな?」


「は、はい。そうです」


「その意見は却下します」


「な、何故ですか!?」


「理由を説明する必要はありません。あと十日間は船員たちに耐えるように言ってください」


「船員たちは肉体的にも精神的にも限界です。どうやって説得すれば……」


「説得する方法を考えるのは、杉田さんです。僕が考えなければならないのならば、あなたをわざわざ杉田屋の主人にしている意味がありません」


杉田は、洋が言外に「できなければ、貴様を無一文で放り出す」と言っているのが分かった。


「わ、分かりました。何とか、やってみます」


杉田が部屋から出て行くと、熊雄は洋と向かい合わせに座った。


「洋。こういう役は、おいらは何度やっても嫌なものだな」


熊雄は、苦笑いしながら馴れ馴れしく言った。


洋も笑い返した。


「ごめん。ごめん。熊雄。相手によっては『威圧感』や『圧迫感』を与えなければならないけど、僕には無理だからね。僕がこんな顔をしたら、どうなる?」


洋は、本人としては精一杯怖い顔をつくった。


その顔を見て、愉快そうに熊雄は笑いだした。


「相手を笑わせるだけだな。おいらを『脅し役』にして正解だよ」


ひとしきり笑った後、熊雄は真剣な顔になった。


「巫女王国を離れて一ヶ月になるが、こんなに遠くまで来たのは、おいらたちが初めてじゃ、ないのか?」


洋も真剣な顔でうなづいた。


「嵐とかで遭難して、海流に流されて結果として、ここまで遠くに来た船は記録にあるけど、自分の意志で来たのは僕たちが初めてだろうね」


巫女王国の歴史書においては、この世界は最初は広大な海があるだけで陸地はまったく無かったとされている。


創造神が巫女王国を構成する三つの島、中央島・北東島・南西島を造ったのだ。


創造神が造った最初の百人の人間は、全員が中央島の小さな村で暮らしていた。


人口が増えると、中央島のあちこちに新しい村がつくられ、大きな町に成っていった。


さらに、南西島・北東島に移り住む者たちもいた。


三つの島の間を人や物が移動するためには、当然船が使われた。


初期の航海術は未熟だったため、海流に流されて遭難する船が多数出た。


そのほとんどは行方不明となり帰らぬ人となったが、幸運にも戻って来れた少数の船があった。


生還した人たちが共通して語るのは、巫女王国から離れて一ヶ月ほどすると、体調が悪化したとのことであった。


保存食が充分積まれていた船であっても、それは同じで死者まで出るほどであった。


そのことから巫女王国では、「創造神が造られた三つ島から離れようとすると、神罰を受けることになる」という考えが広まるようになった。


そのため航海術が発達して、蒸気船が使われるようになっても、巫女王国の三つの島を移動するのに船は使われるだけであった。


あえて巫女王国から遠く離れようとする者はいなかった。


しかし、今、太平屋洋が、それに挑戦しているのであった。


「しかし、洋の言うように、この世界に巫女王国以外の陸地なんかあるのか?」


「僕は、あると思っている」


「そう思う根拠はあるのか?」


「ある」


洋は部屋の棚から紙を取り出した。


紙は白紙だった。


洋は紙を床に置くと、墨をつけた筆で何やら描き始めた。


「これが根拠だよ。熊雄」


熊雄が紙を見ると、小さな黒い丸が紙の真ん中に三つ描かれていた。


熊雄には意味が分からず。疑問の表情を洋に向けた。

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