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第二話

太平屋洋(たいへいや・ひろし)はしばらく番頭からの報告を黙って聞いていた。


番頭が報告を終わると、洋はいくつかの指示を出した。


番頭は一礼して、書斎から出て行った。


洋は読書の続きを始めた。





約百年前からは経済と産業の面で、急激な社会の変化が起きた。


その原因は、北東島の特産物である石炭の利用である。


もともと巫女王国は、森林資源に恵まれていた。


人々は森林から木を切り出して、薪や木炭などの燃料として長年使用してきた。


しかし、人口の増加にともない森林資源が不足し始めたのである。


新たに農地を開くために、森林を切り開いた。そのため森林は、どんどん少なくなって行った。


木は薪や木炭のような燃料としてだけではなく、様々な材料として使われている。


建物、橋梁、船、全て材料は木材だ。


森林資源の枯渇により、燃料・材料の不足が起き、その代用品が早急に求められた。


燃料の代用品として、使われ始めたのが石炭だったのである。


北東島で石炭が採掘できることは、古くから知られていたが、森林資源が豊富だった時代は森林から木を切り出すより手間が掛かるため、石炭が利用されることは、ほとんど無かった。


しかし森林資源の枯渇により、石炭が脚光を浴びることになったのである。


北東島で採掘された石炭は全国各地に運ばれ、家庭での調理用・暖房用燃料として使用された。


一方、材料としての木材の代用品として開発されたのは、新しい製鉄法によって作られた「鉄」であった。


もちろん。製鉄法は古くからある。それは、鉄鉱石を鉄にするために必要な高温を得るために木炭を使うものであった。


その方法では、大量の鉄を作るためには大量の木炭が必要となり、森林資源の枯渇の原因となった。


石炭が製鉄のための燃料として使われなかった理由は、石炭に含まれている硫黄分が鉄を脆くしてしまうため、木炭を使うよりも品質の悪い鉄しか作れなかったからである。


しかし、石炭を蒸し焼きにすることで硫黄分を取り去る方法が発見されると、蒸し焼き石炭が製鉄に使用される事により、大量の鉄の製造が可能になった。


鉄の大量生産の恩恵を最初に受けたのは、造船業であった。


造られる船の大きさは、入手可能な木材の大きさに左右された。


森林資源の枯渇により、大木の入手が難しくなると、以前建造した物より小さな船しか造れない状況になっていた。


しかし、鉄により製造される船には、理論上は大きさに制限は無い。


過去に建造された最大の木造船より、巨大な鉄製船が大量に建造された。


巫女王国は三つの島から成り、大都市のほとんどは海運に便利な沿岸にあるため、物流の主役は船である。


大型船の大量建造が可能になったために、海上の輸送量は一気に増加した。


しかし、陸上の輸送量は停滞したままであった。


陸上の輸送方法は、牛の背に荷物を載せて運ぶか、人間が人力で引く荷車であった。


もちろん。馬が引く荷馬車は、すでに発明されていた。しかし大将軍府は、それを武士身分以外の者が使用する事を認めなかった。


なぜなら、馬に乗り武器を操るという事は、武士のみに認められた特権である。


その馬を武士以外の身分の者が「たかが荷物運び」に使うのは「武士の誇り」を傷つけると考えられたのからであった。


陸上輸送の改善は、炭坑で起こった事が切っ掛けになった。


炭坑で掘り出された石炭は、当然人力で地上に運び出される。


最初は二人一組で棒を担いで、棒に石炭を入れた袋を吊り下げて、運んでいた。


しかし、それでは運べる量が少なく、巫女王国で高まる石炭の需要をまかないきれないので、新しい方法が明された。


大きな箱に車輪を着けて、その箱の中に石炭を入れて、人間が押すことにした「箱車」が発明された。


炭坑の坑道は当然デコボコしており、平坦にするには手間が掛かるため、次のような方法が考案された。


二本の木の棒を平行に並べた物を、坑道の入り口から奥まで敷設する。


箱車の車輪を木の棒の上に置く、車輪には出っ張りが着いていて、木の棒から簡単にはずれないようになっている。


木の棒は「線路」と呼ばれるようになった。


平坦な通路を作るより、手間が掛からないため作られた線路であったが、思いがけない効用があった。


平坦な通路を箱車を押すよりも、線路を使う方が少ない力で大量に物を運べることが分かったのであった。


線路は最初の木製の物から鉄製の物に変わり、「鉄道」と呼ばれるようになった。


「鉄道」は炭鉱における石炭輸送だけでなく、都市における都市内交通機関としても敷設された。


人間が人力で押し乗客が乗る「客車」、貨物を乗せる「貨車」が、都市内に網の目のように敷設された鉄道の上をゴロゴロと走る光景が当たり前になった。


人力では輸送量に限界があるため、馬が引く「馬車鉄道」を実用化しようとしたが、大将軍府は荷馬車と同じ理由で認めなかった。


そこで注目されたのが、蒸気機関であった。


蒸気機関は、最初鉱山での排水用に使用された。


鉱山で地下深く掘り進むようになると、地下水が湧き出るようになった。


地下水が坑道をふさいでしまうため、汲み出す必要がある。


湧き水を汲み出すための揚水器は、人力で動かしていたが、深く掘り進めば進むほど増大する湧き水に人力では対応できなくなった。


そこで、絡繰り職人が発明した蒸気機関を揚水器と接続し、石炭と水がある限り、無限に動力を発生する蒸気機関は全国の鉱山で排水用に導入された。


最初の蒸気機関は往復運動しかできなかったが、次には回転運動できる物が発明された。


その蒸気機関は鉄道車両に載せられて、車輪を回転する動力となる「蒸気機関車」が発明された。


それにより鉄道の輸送力は、飛躍的に増大し、町と町を結ぶ長距離鉄道も敷設されるようになった。


蒸気機関は船にも搭載され、それまでの風任せの帆船と違い。蒸気船は逆風や無風でも航行可能であった。


陸上交通、海上交通に飛躍的な変化が起きたことで、巫女王国の社会に大きな変化が起きた。


それは商人身分の繁栄、武士身分の経済的な没落である。






洋は本の「武士身分の経済的な没落」の文章を読むと、ニヤリと笑った。


その笑いはさわやかなものではなかった。


文章を今度は口に出して読んだ。


「武士身分の経済的な没落……そうだよ。今、この国での最も富裕なのは、お前ら武士じゃない!僕たち商人だ!」






番頭は店の方に戻ると、部下の手代たちを集めて、洋からの指示を伝えていた。


手代たちの頭である筆頭手代は、感銘を受けたように何度もうなづいていた。


「さすがは番頭さんだ!海賊の目的が分かっていらっしゃる!」


筆頭手代の言葉に、番頭は思わず反応した。


「海賊の目的とは、何なのですか?」


番頭は洋から言われた「石炭相場について全国各地から情報を集めろ」という指示を手代たちに伝えただけで、その指示の意味は全く分かっていなかった。


「いえ。いえ。番頭さん。分かっていますよ」


筆頭手代は番頭を称賛する声と態度だった。


「海賊の目的は、石炭相場を高値にする事が目的だと、見込んでいらっしゃるんでしょう?」


「石炭相場を高値にする事が目的!?それは、どういう事ですか?」


「番頭さんは、あっしが本当に分かっているかどうか、試そうと言うのですね?分かりました!説明しましょう!」


筆頭手代は、張り切って説明を始めた。


海賊は石炭船の船乗りを皆殺しにした後、わざわざ首府と鉄道で結ばれている漁村の浜辺に死体を置いた。


この事で、石炭船が海賊に襲われたのはハッキリした。


死体を海に捨ててしまえば、海賊に襲われたのか、事故で遭難したのか分からないようにできるのに、この海賊はそうはしなかった。


その理由は「石炭船が海賊に襲われて、船乗りが皆殺しにされた」という話を世間に広めるためである。


この話が世間に広まれば、海賊に襲われる事を恐れて、石炭を船で運ぶのを拒否する廻船問屋も出てくるかもしれない。


運賃を値上げする廻船問屋も出てくるかもしれない。


それにより、石炭の相場は上がる事になる。


値上がりを見越して、石炭の買い占めに走る商人もいるだろう。


それが更に石炭を高値にする。


「最近石炭は余り気味で、安値が続いていましたからね。何者かが石炭を高値にするために海賊を操っていると言うのですね?番頭さん」


番頭は驚いて声も出なかった。筆頭手代の言うことは全く思い浮かばなかったのだ。


番頭はこういう事があるたびに、自分の劣等感が刺激された。


商人としての能力は、明らかに筆頭手代の方がはるかに上だと思い知らされるからである。


だが筆頭手代は、番頭の内心も知らずに番頭を称賛していた。


番頭が無言のままでいるのを、筆頭手代は番頭の話が終わったと解釈して、手代たちに振り向いた。


「さあ。仕事だ!仕事!まずは、石炭が安値のうちに大量に買い占めたヤツがいないかどうかを調べよう!」


手代たちが部屋から出ていき、部屋に番頭と筆頭手代の二人だけになると、筆頭手代は番頭に小声で話し掛けた。


「しかし、大変ですね。番頭さんも」


「大変とは、何がですか?」


「洋さまの事ですよ。この廻船問屋太平屋の形ばかりの主人とはいえ、店の事は番頭さんに任せきりなんですから、読書家で物知りなのは結構ですが、商売にも関心を持って欲しいものです」


「そう言うな。亡くなられた洋さまのお父さまから、洋さまの面倒を見るように、私は頼まれたんだ」


「義理堅いところも、番頭さんの凄いところですね」


そう言い残して、筆頭手代は部屋から出ていった。


番頭は部屋に一人残った。


(みんな。私が商人として優秀で、洋さまは一日中読書をしているだけだと思っている。だが実際は、店の商売の指示は全て洋さまがしていて、私はただの伝言役にすぎない)


番頭、泉後健(せんご・たけし)は自分が番頭となった五年前の事を思い出していた。

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