第十九話
南西島の実質的に支配している南西家の当主である南西零郎太は、襖を開けて部屋の中に入ってくる四人の家老を布団に横たわったまま満足そうに見ていた。
四人の家老が枕元に座ると、息子である南西三郎太に勝ち誇った顔を向けた。
「どうだ!?三郎太!お前の企みも、これで終わりだ!」
三郎太は無表情のまま、平静な声を出した。
「父上。父上には私の他には子供はいませんし、親族にも跡継ぎになれるような適当な男子はいませんよ。私を父上殺しの罪で捕えるとしたら、伝統ある南西家は父上の代で終わることになります。それでよろしいのですか?」
「構わん!お前が南西家の当主になるぐらいならば、いっそのこと家を潰す!」
大声を出す零郎太に対して、三郎太は冷静なままだった。
「私は父上にずいぶんと嫌われたものですね」
「自分を殺そうとしている者に好意を持てるわけないだろ!」
「ああ、それはそうですね。ところで、父上。質問なのですが?」
「何だ?」
三郎太は、四人の家老たちの顔を見回した。
「家老たちに私を捕縛させたとして、どこに突き出させるおつもりですか?」
「決まっている!巫女王国政府だ!」
三郎太は、零郎太の言葉に納得したように何度もうなづいた。
「当然のことですね。この南西島は巫女王国政府の直轄地であり、我が南西家は管理人にすぎないのですから、しかし、父上。お分かりなのですか?」
「分かっているか?とは、何をだ?」
「知っての通り巫女王国政府は、独自の武力をはるか昔に失っております。私を捕縛するための軍勢が送られてくるのならば、巫女王国政府が大将軍府に『依頼する』という形で、実質的に大将軍府の軍勢が南西島に来ることになりますよ。それがお分かりなのですか?」
「もちろん。分かっている」
「大将軍府にとっては、南西島を実質的に支配している南西家は目の上のたんこぶでありましたからね。南西家を堂々と排除したとしたら、この南西島を大将軍府の直轄地にしてしまうでしょう」
「それも分かっている」
「大将軍府は南西島を直轄地にしたとしたら、譜代大名や旗本に領地として南西島を分け与えることになりますよ。それが、お分かりなのですか?」
「もちろん。分かっている。家を潰す覚悟で、ワシはいると言っただろ!」
「……だ。そうですよ。家老さんたち」
三郎太は、四人の家老たちの方に顔を向けた。
家老たちは、今まで黙っていて二人の会話に口は挟まなかった。
一番家老が零郎太に目を向けながら口を開いた。
「ふざけてるんじゃないぞ!このクソジジイ!」
「何だと!?」
零郎太は一番家老の口から、そのような言葉が出たことに驚いた。
「クソジジイとは、誰のことだ!?」
「零郎太!貴様のことに決まっているだろ!このクソジジイ!」
「一番家老!貴様!誰に対して口を利いていると……」
零郎太の言葉は遮られた。
一番家老が両手で零郎太の口をふさいだからだ。
「もちろん。分かっておりますよ。南西家の当主であられる零郎太さまに口を利いているのですよ」
一番家老の顔は、遊んでいる子供のように楽しそうであった。
まるで小さな虫を潰して遊んでいる子供のような表情であった。
一番家老は、零郎太の鼻までふさいだ。
零郎太は息苦しくてもがいた。
「いーち、にー、さん、しー、ごー……」
一番家老は鬼ごっこの鬼のように数をかぞえ始めた。
三郎太は、一番家老にのんびりと声をかけた。
「楽しく遊んでいるところ悪いけど、窒息死はさせないように注意してね。この男は僕が毒殺で殺すんだから」
「分かっております。三郎太さま」
一番家老は、二十までかぞえると手をはなした。
「二番家老!三番家老!四番家老!一番家老を捕らえろ!」
零郎太は命令したが、家老たちは座ったままで動こうとしなかった。
それどころか、零郎太と目を合わようともしなかった。
「お前たち、まさか……」
「ようやく、お気づきのようですね。零郎太さま」
一番家老はニヤニヤと笑っていた。
「私たち家老も、すでに零郎太さまの側の人間なのですよ」
「何故だ?父親殺しの罪を犯した者に、何故、味方する?」
「そんなことも分からないのですか?」
一番家老は、物覚えの悪い子供に教えるように話した。
「この南西島が大将軍府の直轄地になったとしたら、我々は南西家の家臣たちは、どうなりますか?領地を失い浪々の身になってしまうのですよ。我々には家族や家来がいるのです。家族や家来を悲惨な境遇に追いやろうと、あなたはしているのですよ。零郎太さま」
一番家老は立ち上がった。
「それでは、私どもは、これで失礼します。親子水入らずの時間をお楽しみください」
家老たちは、部屋から出ていった。
「クソッ!一番家老のヤツ!元々は下級武士であったというのに、ワシが引き立てて一番家老にまで出世させてやったというのに……」
「父上。出世したからこそ、それで得た地位や財産を失いたくないのですよ。家老たちが私に味方したのは、そういうわけです」
「クソッ!三郎太!お前も憎いが、家老たちのことも憎くなった!今まで、あいつらはワシの前では従順だったから、尚更だ!」
「父上。家老たちのことを罰したいですか?」
「当然だ!だが、このありまさでは何もできん!」
「そうでもないですよ」
零郎太は懐から数枚の紙を取り出した。
「何だ?それは?」
「家老たち四人の数々の不正行為の証拠を記した書類です。これを使えば父上は当主として、あの四人を切腹にも打ち首にも処断できます」
零郎太は驚いた。
「あの四人は、お前の味方だろう。それをワシに処断させる気なのか?」
「味方?あの四人が?」
三郎太は皮肉に笑った。
「長年仕えてきた父上のことを自分の領地を失いたくないばかりに、簡単に裏切って私に乗り換えるような連中ですよ。家臣として信用できるわけないでしょう」
「お前は、ワシだけではなく家老四人も殺す気なのか……」
三郎太は笑いながら首を横に振った。
「いいえ。あの四人を殺すのは父上にやってもらいます。」
疑問の表情を浮かべる零郎太に、三郎太は話を続けた。
「正確に言うと、私か、家老四人か、どちらかを殺す機会を父上に差し上げましょう」
閉じている襖の外を指差した。
「今、この部屋は人払いがしてあって、下働きの者も誰も近づいては来ません。しかし、これから私が外に出て、下働きの者を一人襖の外に待機させましょう」
三郎太は立ち上がると、襖に向けて歩いた。
「私は、下働きの者を呼んだら自分の部屋に戻ります。父上は下働きの者に、私か家老たちか好きな方を呼ぶように命じてください」
「どういうことだ?」
「もし、父上が私を呼んだのならば、父上は私に家老たちを不正行為を理由に処刑するように命令してください。もし、父上が家老たちを呼んだら……」
三郎太は歯を剥きだしにして笑った。
「家老たちに、私が家老たちを殺そうとしていることを伝えてください」
「なっ!?」
零郎太は、三郎太の言葉の真意が分からず驚愕した。
「そのようなことをしたら、家老たちは先手を打ってお前を殺すだろう」
「ええ、確かにそうなるでしょう」
三郎太の声は、他人事を話しているかのようだった。
「家老たちは、私を父上殺しの罪で巫女王国政府に突き出すでしょうね。この南西島は大将軍府の直轄地になるわけです。でも、一番家老は要領の良い男ですからね。上手く立ち回って自分の領地は維持する……、いや、大将軍府から領地を増やされることもありえるかもしれませんね」
「いったいお前は、何がしたいんだ!三郎太!」
三郎太は、ゆったりとした口調で答えた。
「私の一番の望みは南西家の当主となって権力を握ることですが、二番目の望みは南西家そのものが滅びることです。しかし、その望みは、私自身が生きていてはかなわないわけです。私には自殺する気はありませんから、みずから南西家を滅ぼすことはできないのですよ」
そして三郎太は、零郎太を見つめた。
「しかし、父上が私を殺す決断をなさったのなら、抵抗せずに私はそれを受け入れましょう」
零郎太は疑問を口にした。
「それなら最初に話は戻るじゃないか、ワシは南西家を潰す覚悟で、家老たちにお前を捕えさせようと……」
「しかし、先ほどとは状況が変わりました。私が父上殺しの罪で処刑されたとしたら、あの家老たちはのうのうと生き延びるのですよ。それが父上に許せますか?特に一番家老のことは?」
零郎太は、一番家老にされたことを思い出して、怒りの表情になった。
「つまり、私は父上に二つの道どちらかを選ぶ権利を与えているのですよ。私を殺して、南西家を潰して、家老たちを生き延びさせるか、あるいは、私を生き延びさせて、家老たちを殺して、南西家を存続させるかをです」
三郎太は襖を開けて、部屋から出ていった。
「それでは、父上の決断をお待ちしております」
襖が閉まってからしばらくして、近づいてくる足音が聞こえた。
「ご当主さま。下働きの者でございます。御用がございましたら、お申し付けください」
零郎太にとって聞き覚えのある下働きの男の声だった。
「襖を開けて、姿を見せろ」
襖が開くと、平伏している一人の男がいた。
「頭を上げて、顔を見せろ」
名前は覚えていないが、その男は間違いなく見覚えのある下働きの男だった。
「そこにいるのは、お前一人だな?」
「そうでございます」
「では、用を申し付ける。家老たちを呼べ」
「ふーん。父上は実の息子を殺すことにしたのかあ」
零郎太にとって一番聞きたくない声がした。
下働きの男の背後から三郎太があらわれた。
下働きの男が去っていくと、三郎太は大笑いした。
「大馬鹿ですな!父上は!私が父上に私を殺す機会をあげるわけが、ないでしょ!」
「何故?このようなことを?」
零郎太の声は、絶望で弱々しかった。
「最後に少しばかりの希望を与えておいて、それを奪う。父上が絶望する顔が見たかったのです」
十日後、中央島の首府にある廻船問屋太平屋には、瓦版の朝刊が配達されていた。
一面の見出しは、南西零郎太の病死を伝えるものだった。