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第十八話

南西島の実質的支配者である南西零郎太(なんせい・れいろうた)は、布団に横になったまま枕元にいる人物に向けて顔を向けた。


その顔は弱ってはいるが、枕元にいる人物に向ける視線は鋭かった。


息も絶え絶えだったが、大きく何度も息を吸っていた。


「こ、この……」


零郎太は大声を出そうとしていたが、体が弱っているので、なかなか声が出せなかった。


それでも力を振り絞って大声を枕元にいる人物に向けた。


「この!人殺しが!」


その言葉を聞いた枕元にいる人物、零郎太の息子である南西三郎太(なんせい・さぶろうた)は笑顔になった。


「いやあ、父上の怒鳴り声、久し振りに聞きますなあ。世間では父上が危篤などと噂している者もおりますが、噂とは当てにならないものですなあ。これなら順調に回復されるでしょう」


零郎太は大声を出したことで力を使い果たしたのか、また息も絶え絶えになった。


「ところで、父上。質問があるのですが?」


三郎太は、わざとらしく疑問の表情をつくった。


「私に対して『人殺し』とは何のことですか?私は誰も殺したことはありませんよ」


「白々しいことを言いおって……」


三郎太は今度はわざとらしくとぼけた表情をつくった。


「父上が体調を崩されてから、南西島の統治者との職務を私が代行しておりますが、その中では死罪に値する罪を犯した者に対する処刑命令を出したこともあります。しかし、それは正当なことです。それを『人殺し』と言われるのは……」


「とぼけているんじゃない。お前が殺したのは、一郎太(いちろうた)二郎太(じろうた)。そして今は、ワシ自身を殺そうとしている!」


零郎太の怒鳴り声にも、三郎太はとぼけた表情を崩すことはなかった。


「私が兄二人を殺したですと?一郎太兄上は流行り病で死んだのでは?」


「一郎太は酒に酔って船の帆柱に登って、そこから落ちて死んだんだろ!」


三郎太は、わざとらしく古い記憶を探るような表情になった。


「そうでしたかね?」


「とぼけるんじゃない!その場には、お前もいただろ!」


「ああ、思い出しました。そう言えば、そうでしたね。忘れていました」


「忘れていただと……」


零郎太は絶句した。


「父上が『酒に酔って墜死したなど家の恥になる。表向きは流行り病で死んだことにするから、お前も真相は忘れろ』と命じられたので今まで忘れていたのです。命令に従ったのに責められるとは、心外ですな」


「三郎太が墜死するように仕組んだのは、お前だろ!」


「父上……、お体が弱っているので、そのような妄言を吐かれるのですね。お気の毒に……」


「くっ……、貴様!」


興奮している零郎太に対して、三郎太は態度は穏やかなままだった。


「父上。話は変わりますが、二郎太兄上は川で溺れている女性を助けようとして、川に跳び込んだのですが、残念なことに二人とも溺れ死んでしまったのですよ?それが何で私が殺したということになるのですか?」


「二郎太とあの女は、心中したんだ!」


三郎太は、またもわざとらしく古い記憶を探るような表情をつくった。


「ああ、そうでしたね。さっきのは表向きの話でした。真相は遊廓の遊女と川に入水して心中したのでしたね。」


「そうなるように仕組んだんだろ!」


三郎太は事実を淡々と並べた。


「二郎太兄上は、一郎太兄上と違い大変真面目な方でした。酒も博打も一切やらず。文武両道に秀でたお方で、一郎太兄上が亡くなった時は、みんなはっきりとは口には出しませんでしたが、二郎太兄上が南西家の後継ぎになったことは良かったと思ったほどでしたからね」


「その真面目な二郎太に、あの遊女を紹介したのはお前だろ!」


三郎太は、うなづいた。


「ええ、真面目一辺倒の二郎太兄上に少しは息抜きをしてもらおうと、私が遊廓に誘ったのです。まさか、あんな結果になるとは……」


「そうなることを望んだんだろ!」


三郎太は表情を変えずに言葉を続けた。


「あの遊女に二郎太兄上は夢中になりましたからね。女遊びなんかしたことのない二郎太兄上は、本気になってしまった。ついには身分の違いを越えて結婚したいとまで言い出してしまった。真面目な人間ほど、いったん突っ走り始めると歯止めがきかないものですね」


三郎太は、いったん言葉を切ると、零郎太の耳元に口を近づけて、ささやくような声で話を続けた。


「二郎太兄上が、父上に『あの遊女と結婚したい』と言った時、父上は猛反対なさったではないですか?」


「当たり前だ!遊女などという卑しい身分の者と、由緒正しい我が南西家の跡取りとの結婚など賛成できるか!」


「父上は、そう言って説得しましたが、二郎太兄上は頑として聞き入れ入れなかった。その二郎太兄上に父上としては大変な譲歩のつもりでした提案、あれがまずかった」


「どこが、いったいまずかったのだ?それだけはいまだに分からん」


零郎太は本気で疑問の表情を三郎太に向けた。


「父上。お分りになりませんか?父上は二郎太兄上に、あの遊女のことを『妾』にすることは認めると言ったのですよ?」


「それのどこが悪いのだ?卑しき身分の遊女が、由緒正しき南西家の跡取りの妾になれるのだ。名誉なことではないか?」


三郎太は笑い声を出した。


「父上と一郎太兄上は間違いなく親子ですな。女を物としか考えていない。一郎太兄上の女癖の悪さは相当な物でしたが、明らかに父上の血を引いてますな。それに比べると、二郎太兄上はお二人の血縁とは思えないほどの善人でした。幼い頃に、私の母親の話をしたところ、二郎太兄上は涙を流して私の母親に同情してくださいまして、二郎太兄上は『自分は女性を乱暴にあつかうようなことはしない』とまで言ったのですよ。そんな二郎太兄上にとって愛する女性を妾にするのは耐えられなかったのでしょう。それで、この世で結ばれないなら、あの世で結ばれようと、川に入水して心中してしまったわけでしたな」


「お前の母親のことか……」


零郎太は言葉につまった。


「はい、兄上二人は父上の正室から生まれましたが、私は父上の言うところの卑しい遊女から生まれたのです。父上が遊廓にお忍びで出掛けた時に気に入られて、この城まで連れて来て一年ほど、この城に住んでいたのです」


三郎太は部屋の中を見回した。


「母上は、この部屋で毎晩父上の夜の相手をさせられたそうですな。私が妊娠したことが分かった後でもお構いなしに、危うく私は生まれる前に死ぬところだったそうですな?」


「お前の母親のこと、恨んでいるのか?」


三郎太は薄く笑いながら首を横に振った。


「恨むだなんて、そんなまさか、私が生まれた後、母上に飽きた父上が、私と母上を城から僅かな金銭だけを持たせて追い出して、母上は女手一つで私を六歳まで育てましたが過労で死んでしまって、この城に私は引き取られましたが、城の者から野良犬のようにあつかわれたことを恨んでいると?」


いったん言葉を切った三郎太は、怒りの形相を零郎太に向けた。


「恨むくらいでは、生ぬるい!」


「ようやく、本音を言ってくれたか」


三郎太が怒りをあらわにしたのに、むしろ零郎太は安堵した。


「お前が何をしたのか分かっている。ここ一年ほど、ワシの毎日の食事に毒を盛っていたであろう?」


「父上。妄想もたいがいになさってください。父上の毒味役は全員健康ではないですか?食事に毒が盛られていたのならば、彼らも寝たきりの病気になっていなければ、おかしいではないですか?」


「ワシの毒味役は五人おり、毎日交替になっている。一名がワシの食事を毒味のために食べてから四日間が空くわけだ。ワシの食事に盛られていた毒は特殊で、毎日摂取しなければ効き目は無いそうだ」


「そこまで分かっているのならば、父上のお命がどうなるのか分かっておいででしょう?」


「ああ、助かる方法は無いそうだ。ワシの命は、あと一月だそうだ。もう覚悟は決めた。南西家はお前に譲ってやろう。だから真相を教えてくれ」


「真相?」


「一郎太と二郎太には『死ぬかもしれない』ことをして、その結果、お前の望み通りに死んだ。ワシは確実に死ぬように毒を盛った。ワシと一郎太のことは分かる。お前のことを野良犬のように酷いあつかいをしたからな。だが、二郎太を殺したのは、何故だ?あいつは、お前に優しかったじゃないか?」


三郎太は、うなづいた。


「確かに二郎太兄上は善人でした。幼い頃に父上や一郎太兄上が気まぐれに、私を殴ると、二郎太兄上はかならず私を慰めてくれました。だから憎かったんです」


「憎かった?二郎太のことをか?」


「そうです。父上や一郎太兄上が私を殴るたびに、私は内心でお二人のことを低俗な人間なんだと軽蔑していました。自分は二人よりも人間としては、高級なんだと思い込むことができたのです。だけど、二郎太兄上に優しくされたら、そう思い込むことができないじゃないですか」


三郎太は遠くを見るような目になった。


「だから二郎太兄上に遊女を紹介して、二郎太兄上が遊女に酷いあつかいをすれば軽蔑してやるつもりだったんです」


三郎太の目には、かすかに涙をが浮かんでいるようだった。


「二郎太兄上は本当に善人だったのですね。悪いことをしました」


零郎太は、三郎太の告白を聞き終えると大きく息を吐いた。


「あらためて確認するが、ワシに毒を盛ったのは、三郎太。お前なのだな?」


「はい、その通りです」


「ワシには息子は、お前しか残されていない。南西家の当主の座が欲しいのなら、ワシが自然に死ぬのを待てば良かったではないか?」


「何年も待てなかったのですよ。一刻も早く南西家の当主の座を手に入れて、やりたいことがあるのです」


三郎太の告白に、零太郎は満足したような顔になった。


「お前たち!聞いていたな?入って来い!」


零郎太は閉じている襖の外に向けて声をかけた。


襖が開いて、四人の男が部屋の中に入ってきた。


男たちは南西家の家老であった。


「三郎太を父親殺しの罪で捕らえよ!お前たち四人が証人だ!」


零郎太は、家老たちに命じた。

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