第一話
初めてのオリジナル小説に挑戦します。
どうぞ、よろしくお願いします。
北東島から中央島にある首府に向かっている一隻の帆船がある。
帆船は商船であり、積み荷は北東島の特産物である石炭だ。
蒸気船はすでに発明されているが、運用には費用が掛かるため、一部の軍船や商船のみが蒸気船であり、この中央島・北東島・南西島から成る「巫女王国」において使われている船のほとんどは帆船である。
「船長。あと一日で目的地の首府に到着しますね」
船橋に上がってきた事務長が、船長に話し掛けた。
「ああ。首府の港に着いて積み荷の石炭を下ろしたら、しばらくは休暇だ。妻や子供にも久し振りに会えるぞ」
船長も事務長も間もなく家に帰れる嬉しさが、態度にあらわれていた。
「もちろん。積み荷の石炭を狙う海賊に襲われたりしなければですがね」
事務長が、冗談混じりの口調で言った。
船長は相手に合わせて、軽く笑った。
「確かに石炭は国の産業にとって重要な物だが、嵩張るし、それほど高く売れる物じゃない。金儲けが目的の海賊が狙ったりしないだろう」
「そりゃそうですよね。まともな海賊なら、北東島からの商船なら金塊を運ぶ船を狙いますよね」
「金塊を運ぶ船の方は、護衛として武士が大勢乗り込んでいるが、こちらには護衛は一人もいないからな。襲われたら、一溜まりもないぞ」
船長と事務長は、暇潰しの雑談として話しているだけなので、緊張感は全く無かった。
その時、望遠鏡で周囲を見ている見張りから、船橋に報告が入った。
「子の刻方向に蒸気船有り!」
報告を受けた船長と事務長は、子の刻の方向、進行方向正面を見た。
船長の帆船は東からの風を帆に受けて、西に進んでいる。
正面に見える蒸気船は、反対に東に向けて進んでいる。
「風に逆らって進むなんて、蒸気船にしかできない芸当だな」
船長が望遠鏡で蒸気船の甲板を見ると、刀剣で武装した大勢の男が見えた。
蒸気船は明らかに、船長の帆船に向けて全速力で進んでいる。
「まさか!海賊!?総員!接舷斬り込みに備えよ!」
船員たちは武器を取り出して武装した。
武器と言っても、木で出来ただだの棍棒である。
(くそっ!こういう場合は、身分制度というヤツが恨めしい!)
船長は部下を動揺させないように、内心でのみ罵った。
刀剣のような武器を使うことが許されるのは、武士身分にある者だけなのである。
船乗りは商人身分のため、棍棒までしか武装が許されない。
(海賊が刀剣で武装しているからには、棍棒でかなうわけがない。積み荷を素直に渡せば、こちらの命は助ける可能性はあるかもしれないが……)
しかし船長は、その可能性が低いことも分かっていた。
最近、首府の近海に出没する海賊は、容赦無く船員を皆殺しにし、船ごと積み荷を奪うのだ。
(しかし海賊は、今までは金塊のような高価な品を運ぶ船だけを狙っていた。何故?石炭を運ぶ船など狙うのだ?)
船長の疑問は、彼が生きている内に答えが分かることはなかった。
首府から離れた海上で事件が起きた数日後の朝、首府で一二を争う大商人である廻船問屋太平屋の一人息子の太平屋洋は目を覚ました。
彼は今年で十五歳になる。
身長は高くもなく、低くもなく。
太っているわけでもなく、やせているわけでもない。
いわゆる平均的な体格である。
顔も平凡で、どこといって特徴があるわけではない。
特徴と言うべきは、彼が布団から抜け出してすぐに顔に装着したものである。
それは眼鏡であった。
彼は近眼なのである。
木版印刷技術が普及しているとはいえ、本はいまだに貴重品で高価であり、読書のし過ぎで近眼になるということは、本が大量に読めるほど裕福であり、知識を頭に詰め込んでいるという証拠であった。
彼は寝室から、隣にある自分の書斎に移った。
富裕な者の屋敷では、来客に見栄を張るためだけに、ろくに読みもしない本を書斎に並べていることがあるが(大量の蔵書を所有しているのは、それだけの財力があることをあらわす)、この書斎にある本は、どれもよく読み込まれた跡があった。
洋は本棚から歴史書の一冊を取り出すと、世界の始まりから読み始めた。
この世界の最初は広大な海が広がるだけで、陸地は一つも無かった。
その寂しい様子に心を痛めた創造神は、広大な海の中央に三つの島を作った。
それが中央島・北東島・南西島である。
それが約数万年前のことであった。
創造神は三つの島にさまざまな動物・植物を作った。
最後に作ったのが、創造神自身の姿に似せて作った五十人の男と五十人の女であった。
中央島の中心地。現在では「巫女王都」のある場所で百人の人間は、最初から成人した姿で誕生した。
創造神は女の一人に「この三つの島に住む人々を導く、巫女となり、王になりなさい」と言い残して、去って行った。
巫女は創造神の言葉通りに、女王となり三つの島を統治する「巫女王国」を建国した。
王国と言っても、国民は巫女王を含めて僅か百人であり、最初は小さな村でしかなかった。
その百人が農地を耕し、山や森で獣を狩り、海で魚を釣った。
男女の間には子供が産まれ、人口は増えていった。
巫女王の役割は、巫女の長として年に一度の創造神より最初の百人が誕生した日を記念日とする「建国記念日」を祝う祭りを主催すること、男女の結婚を祝福し、子供の誕生を祝福するぐらいである。
巫女王は世襲ではなく、代々の巫女王は自身の死期をさとると後継者を指名して、指名された人物が新たな巫女王として即位する。
巫女王は普段は、創造神を祭る大神殿の奥深くにいて、滅多に人前に姿をあらわさない。たまに儀式の時にも顔は薄い布で覆っているため、顔は身の回りの世話をするごくわずかな人々を除けば、誰も見たことがない。
それが巫女王に神秘性を与えているのである。
実際の政治は大臣たちが行っており、数千年の平和な時が流れて行った。
巫女王国に初めて分裂の危機が訪れたのは、約千年前のことである。
南西島に統治のために中央から派遣された統治官が、自らを「南西島王」を名乗り巫女王国からの独立を宣言したのである。
巫女王国政府は、もちろん独立を認めることはなく、反乱だと認定した。
大臣の一人を征南西将軍に任命すると、十万人の政府軍を与えて反乱軍討伐に向かわせた。
征南西将軍の指揮のもとで、政府軍は反乱軍を一年に満たない期間で壊滅させ、南西島王を処刑した。
「南西島王の乱」は終わったのであった。
巫女王国政府を困惑させたのは、征南西将軍が乱の終結後にとった行動であった。
征南西将軍は十万人の兵力を指揮下においたまま、中央に帰還しようとしなかったのである。
それどころか政府に次のような文書を送ってきたのだ。
「南西島は今だに不穏な状況にあり、軍を引き上げることができません。つきましては状況が治まるまで、統治官としての権限を征南西将軍である私にいただきたい」
中央から派遣される統治官は任期は三年であり、任期が切れれば、中央から派遣された新たな統治官と交代する。
しかし、この場合征南西将軍が求めているのは「不穏な状況が治まるまでの統治官としての権限」であり、いつ不穏な状況が治まったかを判断するのは征南西将軍自身である。
つまり「無期限の南西島の統治官」に任命することを求めるのと、同じ事なのである。
もちろん。巫女王国政府は本音としては、それを認めたくはなかった。
しかし、征南西将軍は政府軍の主力であった十万人の兵を自らの私兵としてしまっており、南西島の地元勢力とも結ぶつきを強くしていたため、政府が武力で打倒するのは不可能になっていた。
結局、巫女王国政府は征南西将軍の要求を全て呑むしかなかった。
征南西将軍は自分の息子の一人に将軍を継がせて、地位を世襲にした。
征南西将軍は表向きは、巫女王の家臣としての立場を崩すことはなく、南西島から巫女王国政府に納められる税は激減したものの送ったのである。
そして、これが巫女王国における戦国時代の始まりであった。
王国各地で多数の「自称将軍」が発生し、地域の覇権をお互いに争い出したのである。
戦国時代は約百年続き、最後には巫女王から政治の全てを委任された征国大将軍が、大将軍府を開いて巫女王国を再統一したのである。
初代大将軍は戦乱の時代が再び来ないように、武器を持つことが許される身分を造った。
それが武士である。
他の身分は武器を持つことは、許されなくなった。
そうして太平の世が訪れた。
約百年前からは経済と産業の面で、急激な社会の変化が……
「洋さま。洋さま」
書斎の閉まっている襖の向こうから太平屋の番頭、泉後健の声がした。
読書中を邪魔された洋は少し不快に思ったが、本に栞を挟んだ。
「入ってください。番頭さん」
番頭は襖を開けて、書斎に入って来た。
番頭は、今年で四十歳になる。
若い頃はかなりの美男子で、今でも近所の奥さんから若い娘まで熱い眼差しを向けられるほどである。
本人は愛妻家で、妻と一人の息子と二人の娘を愛しており、他の女には目を向けたこともない。
人間としては善人であり、商人としては有能な人間と周囲から見られている。
「浜辺に死体が上がりました。全員、北東島から石炭を運んでいた船の船乗りです」
「場所は?」
洋は番頭に無愛想に質問した。
番頭が死体の上がった漁村の名前を口にすると、洋は首府周辺の地図を取り出した。
「ふむ。海賊は、死体の置き場所を考えているな。この漁村は人口が少ないから、浜辺に死体を置いていく時に人目につく可能性は少ない。だが、この漁村は鉄道が通っているから、首府にすぐ話は届く」
番頭には洋の言っている言葉の意味は、全く分からなかった。
番頭は疑問をいだいたまま、報告を続けていた。
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