4、優先席
そのころ三月は――優先席にちゃっかり座っていた。
座るために体の不自由な人もしくは妊婦さんのフリをしようとしたが、無理っぽいので、やめた。けど、あくまで「優先」席なのであって、指定席ではないのだ。周りに優先される人がいなければ、座ったって問題ないはずっ。
現に見よっ。左に座っている太ったおばさんは健康そうだし、右のおじいさんだって、きっと「おじいちゃん」じゃなくて「おじさん」って呼ばれたいお年頃に違いないっ。
そう決め込んで、三月はその二人の間に座り込んだ。一応「あー疲れた」と呟いたり、自分の肩を叩いたり足をもんだりしつつ。これに関しては、実際街中を歩き回って疲れているのだから、嘘じゃない。
ほっと一息ついて、問題は次の駅だ。向かいの優先席には、それらしい人が座っている。もし次の駅で優先されるべき方が乗ってきたら、どかなくてはいけないのは、三月なのだろうか?
いや、お前がどけ。
とばかりに、隣のおばさんを睨んだけれど、はじき返された。その面の厚さと言ったら……ダメだ年季が違う。かなわねぇ。
りりりりりりーん。
突然、ポシェットの中の携帯(着信音「黒電話」)が鳴った。
「あわわわ……」
慌てて携帯を取り出す。近頃電車での携帯使用も多少緩和されてきた感じもあるが、優先席付近での使用は厳禁。
着信表示を見ると「ふーちん」。
あんりからだ。やつも同じ電車に乗っているはずだろうに。もしかして、乗り損ねたのかな?
とりあえず話してみることにした。もちろんかがみ気味に小声で。隣のおばさんの視線が痛い。
「……もしもし」
「あ、三月。元気ぃ?」
「元気ぃ? じゃないっ。あんたも電車に乗ってるの?」
「うん。あ、今近くのおじさんににらまれたから、ちょっと移動中なのだ」
移動中。つまりあんりは座れなかったということか。うしっ。
「私は座ってるよ。んじゃ、切るから」
「えー。もっと話そうよ。つまんないもん」
「だめ」
「えー。じゃあメールでも」
「うっ……それも駄目っ」
「……もしかして、三月、優先席?」
ぴっ。慌てて携帯をきる。だが、ほとんど間もなくまた掛けてきやがる。仕方なく電源を切った。優先席前では携帯電話の電源を切ること。私は常識に生きる女よっ。
ちらりと辺りをうかがうと、おばさん以外にも痛い視線がちくちく。
次の停車駅を示す車内アナウンスが流れる。
もう一度回りをうかがう。座っている乗客の中に、降りようとする人は見当たらない。しかも、電車が止まると、見るからに高齢者な人たちが、乗り込もうとしているではないか。付け加えるなら、視線は明らかに三月を見ている……気がした。
仕方ない、とあきらめる。私は、鉄の心臓を持つ真美子でも、馬耳東風な心臓を持つあんりでもない、普通の女の子なのだ。
三月は次の駅で降りるフリを見せながら、優先席を立った。
止まった電車が再出発したころ、揺れる電車以上に揺れながら、律儀に美姫が現れた。
「あ、三月ちゃんも座れなかったんだ」
「いや、さっきまで座ってたんだけど」
「でも、今は立っているよ」
「えぇと、さっきまで優先席に……」
説明しようにも、さっき自分が座っていた席には、予想通りお年寄りが座っている。周りの人に、さっきまで優先席に座っていましたよね? と証明してもらうのは恥ずかしいし、真面目な美姫に白い目で見られてしまう気がする。
「えーと、三月ちゃんも座れず……と」
律儀にメモ帳にメモをする美姫。
「じゃああたし、真美ちゃんの様子も見てくるから」
美姫はふらつきながらさらに先頭車両に向かった。
三月は、はじめてのおつかいを見守る母親の気持ちに共感しつつ思った。
なんか無理があるよなぁ、この勝負。まぁ、ふーちんが考えたものだし。




