3、開戦
真美子は自分がまた一つミスを犯したことに気付かされた。
並んでいる一番先頭のドアは、扉から入ると、左手に席があり、右側は運転席だ。一つ後方のドアなら、前後左右に席がある。これは単純に考えても二分の一の損失だ。
停車寸前の列車の中には、空席がちらほら見られた。しかし自分の前に並ぶ人の列。車内の様子を観察するに、降車客の数は多くない。
案の定、扉が開き真美子が車内に足を踏み入れたときには、近くの席は全部埋まってしまっていた。
「仕方ないわね……」
真美子はスタートでの着席を断念した。だが他の二人も座れるとは限らない。それに審判は美姫だ。いざとなったら彼女に、あたしの勝ちを宣言させればいいだけだ。
もっとも、裏技を使わなくても勝算はある。
ここから三つ先の八丁駅。あそこは、駅の出口がホーム先頭にある。つまり、そこの駅で降車予定の客は、楽するため、先頭車両に乗っているのだ。駅に着けば、現在座っている客のかなりが席を立つはず。そこで勝負をつける。
三月はいら立っていた。
お降りの方から先にお進みください、と言う生易しいアナウンスを盾に、ぞろぞろと、彼女の気も知らない乗客がゆっくりと降りてくる。
三月は脇から入り込もうとしたが、カップルが邪魔され、正攻法で突っ込んだら、降車客に押し戻された。……無念っ。
それでも、ようやく降車客が少なくなったところで、前を押しのけるように、車内に乗り込むことに成功した。
すかさず席を確認。元から少なかった空席のほとんどは、出遅れたせいで、隣の扉から入った客に先を越されてしまっていた。
だが、三月はひとつの隙間を発見した!
あった。左奥の三人がけのシート。その真ん中の席が空いているっ。左右に座っている人の体型が、少し大きめ(つまり太っている)ので、スペースが小さいから敬遠されているのだろう。しかし子供(都合のいい時だけ子供となる)である自分にとっては余裕の空間。ビバ小学生っ。
周りに立った乗客がいるけど、座ろうとする気配はない。三月ははやる気持ちを抑えて、ゆっくりとその席へと向かい――衝撃の事実を目の当たりにした。
『優先席』
それは、お年寄り・身体の不自由な方・妊婦さんのために、電車協会(?)が用意した特等席。健康体である三月に座ることの許されない席だった。
さて、どうする?
列車が止まった。目の前のドアの向こうには、降車客が殺到してかなりの数だ。隣の美姫は圧倒されおびえているが、あんりにとっては好都合。降りれば降りるほど、席は開くのだ。
降りようとする人間と乗ろうとする人間が、ドアを挟んで対峙する。決闘前の睨み合い。ドキドキする。
「よね?」
「何が?」
美姫が瞳を白黒させる。
などとやっていたら、扉が開いて、開戦。人があふれ、とても中の様子は見えない。割り込みしようとしても、降りてくる人に邪魔される。それどころか、後ろから美姫に服をつかまれて行動に移すことさえできなかった。
あんりは天を仰いだ。
「何ていうことなのだ。審判に妨害されるなんて? これがアウエーの洗礼と言うものなのかっ」
「割り込みはだめっ」
てなわけで、すっかり出遅れてしまったあんりたちが乗り込むころには、ドアの前には、もう座るのあきらめました、もしくは次の駅で降りますんで、みたいな人たちがたむろしていた。それらを押しのけて、奥の座席前まで移動したけれど、すでに客で埋まっていた。おばさんなみのパワーで割り込もうにしても、そのスペースすら見当たらない。
完敗だ。あんりは、ちらりと隣の美姫を見る。彼女も座れなくって落胆しているようだ。そんなことはどうでもいいけど、美姫は審判なのだ。つまり彼女が証言すれば、白もピンク色になるのだ。座れなくても、三月と真美子に勝てるチャンス。
「姫ちゃん。あめ食べる?」
「……もしかして、買収」
「うん」
「買収はダメだけど、あめは貰うね」
「あぁぁ、姫ちゃんが高等な技をっ」
ひょいぱく、とあめだけ食べられてしまった。まいっか、のど飴だし。
「さぁさぁ、姫ちゃんは移動だよ」
「ふぇ。ろうして?」
「審判なんだから。まずは三月のところだよ」
美姫の背中をぽんと押す。ちょうど列車が小さく揺れたせいで、美姫の身体は大きくよろけたが、そこは彼女らしく、責任を持ってしっかりと三月の様子を見に、隣の車両へと移動していった。
「さて、と」
審判の目がなくなったところで、あんりは携帯電話を取り出した。