2、開戦直前
一人残された中島三月は、再び電光掲示板を見上げた。
「10両編成の四ドア車 普通 本越行き」。掲示板に書かれた到着予定時刻は、隣にある時計が示す時刻の三分後。いやあの時刻は到着じゃなくて出発時刻なのか?
ここが座れそうだ、と言った手前、三月は動けない。
真美子は迷いもせずに、ホームの先頭方向へ移動した。あんりは、審判にされた美姫を引き連れて、ホームに来る前上がってきたエスカレーター付近に戻って行った。
三人の行動を見つめながら、三月は、とりあえずお告げのあった神に祈ってみたりした。
……五秒で止めて、辺りをうかがう。休日帰り時のホームに人はたくさんいる。三月の前にも、すでにカップル二組が並んでいる。彼女の後ろにも結構な人が続いている。
今頃移動したあんりや真美子はこの後ろに並ぶのだから、留まった自分は案外有利かもしれない。
「うしっ」
と内心ガッツポーズしたところで、ホームに軽快な音楽が響き、間もなく列車が到着すると、アナウンスが流れた。続いて列車の音が聞こえて、目の前を、勝負の舞台が横切る。
(しまったっ)
流れ行く車中をうかがうと、思ったより空席が目立つ。これでは先頭に向かった真美子がいきなり有利だ。
しかしいまさら移動するわけにも行かない。ただ運命を天に任すのみ。二両目・三両目……どんどん空席がなくなり、立ったままの乗客の比率が上がる。そして真ん中の五両目二番目のドアが、三月の目の前に止まった。
扉が開いたら、前にいるカップルの赤い糸を斬り裂いてでも車内に飛びこんでやる、と意気込みながら、スタートを待つ。
空席は、どこだっ?
しまった、と佐々木真美子は舌打ちをした。
ホーム先頭には、すでに待ち人の列ができていた。
階段や売店から離れたホームで待つ乗客は、他の位置に比べ少ないはずだった。
だが、あんりや三月よりまともな知識を持つ者なら、考えることは同じようだった。競争率の低さを狙い、多少の移動を犠牲にして座席を得るという考えを持った同志が、すでに多数並んでいた。電車到着直前に移動したことも致命的だった。
(後悔していても始まらないわね)
とりあえず最後尾に並んで待つ。だがこの位置では、例え席が空いていても座れるかどうか定かではない。
真美子は思考を巡らせた。なにか裏技はないか? 真っ先に思い付いたのは、禁断の秘儀、割り込みだった。
いやいや、と真美子は首を振る。
あんりなら、社会ルールなんかわかんなーい、みたいな、アホな小学生になりきって割り込むかもしれない。だがそのようなルール違反を……それ以前に、あんりがやりそうなことを、自分が実行するのはプライドが許さない。
仕方ない。気に入らないが、電車が到着するまでは天に流れを託そう。知恵を絞る機会はまだ先にある。
列車到着のアナウンスが流れる。先頭だから電車が止まるまで車内の乗客数は分からない、
真美子は軽く瞳を閉じて待った。
さてと、どうかしらね?
古屋あんりと白石美姫は、エスカレーターでホームまで上がってきた位置に戻った。そこはすでに長蛇の列だった。しかも下からエスカレーターでホームに上がってくる乗客予定者が、どんどん増えてくる。
「なんか人が一杯だね……」
美姫が尻込みしている。確かに、これだけの人が乗ったら満員電車になってしまうだろう。
だが美姫とは対照的に、あんりは自信満々の様子を見せる。
「ふっふっふ。大丈夫なのだ。文明の機器エスカレーター付近は、乗る客も多いけれど、降りる客も多いんだよ。日本人は皆ぐーたらだからねぇ」
「けど……人がたくさん降りても、こんだけの人が乗り込んだら、やっぱり一杯で座れないんじゃ……」
美姫のもっともな指摘に、あんりは首をかしげる。このままだと美姫はどうでもいいけど、自分も座れないかもしれない。
「う~ん。それもそうだねぇ……そうだっ。ここはやっぱり、まみっちみたく、うんちくを述べて先頭に割り込むかな」
「ダメぇ~。真美ちゃんはそんなことしないし。割り込みしたら、ふーちゃん、失格にするからねっ」
そんな会話をしていたら、構内にアナウンスが響き、電車が入ってきた。
見ると、意外と先頭車両の席が空いている。これはいきなり真美子が勝利か? けど同じ所で待って座れてもつまんないので、後悔はしていない。その代わりに、駅から出たら、力を温存した真美子におぶってもらおう、なんて考える。
むしろ敵は三月である。彼女の待ち位置付近、つまり元いた場所は、予想通りビミョーな感じだった。
そしてあんりたちの前は……やはり一番人が多い。
あんりは瞳を輝かせ、わくわくしながら扉が開くのを待った。
さぁて、何人の人が降りるかなぁ。