1、発端
「ねぇ。電車を待っている位置、ここでいいの?」
きっかけは、古屋あんりの一言だった。
「えっ?」
中島三月は聞き返して、頭上の電光案内板を見た。
日曜日の夕暮れ。友人三人と電車に乗って都会へ行き、映画、水族館、食事にウインドウショッピングと楽しんで、駅で帰りの電車を待っているときであった。
待っている電車は「10両編成の四ドア車 普通 本越行き」
続いて足元を見る。「四ドア車 停車位置」
「……ここでいいと思うけど」
「そーじゃなくって。休日の夕方、帰り時で、都会から住宅地方面への下り列車だよ。なにも考えずに立って待っているだけだと、座れるかどうか微妙なのだ」
あんりは座って帰る気満々のようである。確かに日中街を歩き回った足で、地元駅までの約三十分、揺れる電車の中で立ち続けるのはつらい。
実は三月も席が空いていたら、それが一人分のスペースでも、友人三人を押しのけて座るつもりだった。しかし、こうあんりの「座りたいパワー」を目の当たりにすると、つい反対のことを言ってみたくなるのが人情と言うものだ。
「それが? いいんじゃない」
「その『いいんじゃない』は、座れなくってもいいってこと? それともこの位置なら絶対座れるから移動しなくてもいいってこと? どちらかしら?」
友人三人のうちのもう一人、佐々木真美子が、勘ぐるような口調で聞いてきた。
実のところ、座れなくてもいいや、の気持ちで言った言葉だったが、真美子の挑発的なセリフに、三月は答えた。
「座れるってことだよ」
勢いでもあてずっぽうでもない。何となくこの位置なら椅子に座れる気がする。――そう、神のお告げみたいなものがっ。
「ふーん。ならあたしは移動するわよ。ここだと確かにあんりの言うように微妙だから」
「まさか、真美子も座りたいわけ?」
真美子は、この南小六年生、四人組のメンバーの中では一番大人っぽい。つやつやした下ろした黒髪はシャンプーのCMのごとく、シンプルなTシャツジーンズ姿は、かえって彼女の魅力を引き立てている。成績も優秀で、容姿とともに中学生でも十分通用する。
そんな大人な彼女は正直に答えた。
「まぁね。疲れたし」
ちなみに、メンバーの中では3月生まれの三月が一番年下である(まだ11歳)。
「よしっ。じゃあ勝負だぁ」
突然、あんりが大声を上げた。実はそれなりのお嬢様で、普通に着こなしているキャミソールとレギンスもなにげにブランド物だったりする彼女だが、深窓のご令嬢といった雰囲気は、かけらも感じられない。活発な性格で、三月とはボケ・つっこみ関係なく馬鹿話をする間柄である。
「勝負ぅ?」
「そう。これから、私と三月とまみっちが三つに分かれて、電車に乗り込むの。そして誰が一番早く長く座れるかを争う勝負なのだ」
「面白いじゃない」
いつもクールなツッコミ役の真美子も、珍しく乗り気だ。
こうなったらもう、三月も後には引けない。
「よし、やってやろうじゃん」
「あのぉ……三人って、私は?」
取り残された四人組最後の一人、白石美姫がおずおずと口をはさむ。薄桃色のワンピース姿が愛らしい反面、弱弱しさを感じさせる少女である。
あんりが即答した。
「姫ちゃんは審判。電車内を行き来して、誰がいつどのくらい座っていたか調査して報告するのっ」
「えぇぇぇっ……じゃあ私は座れないの?」
美姫も座りたかったようである。けれど、貧乏くじを引くのが美姫と言う人物なのだ。
「てなわけで、決定っ」
「しくしくしく」
こうして、勝負は始まった。
大したオチも待っていませんが、一万字を超えそうなので、連載という形をとりました。




