私の心は売らず貴方の恋心を売る
なぜ、被害者の方が感情を切り取らねばならないの?小説を読んだ時は納得できなかった。だから、自分ならば。
「魔女様、あの人の彼女への恋心を奪って」
魔女は興味なさそうにしていた顔を途端におや、という様子で見てくる。かなり珍しい事を依頼するのだとわかってくれたようでなによりだ。
元婚約者であるが、すでに後継者として落第を押されて補佐官落ちする予定の男には貴族の後ろ盾などない。なにをされようと守る人はいないのだ。彼はそれを一度だって、加味することはなかったけど。
「女の方には?」
「女の方にはその恋心を入れて」
「おやおや、面白そうなことになるさね」
魔女の楽しげな声音になにも思うところなどない。
ことの発端は、ラティーシャとハベンが街で婚約者の散歩として歩いていた時のこと。一人の女の子がひらりとハンカチを落として、マナー通りに婚約者は拾い上げてそれを持ち主に返そうと近寄る。
「君、これ、ハンカチが地面に落ちましたよ」
「え?ああ、すみません。ありがとうございますっ」
ハンカチをなくしたことに気付いた相手はぺこぺこと謝る。その仕草が可愛らしかったのか、くすりと笑う婚約者。すぐにこちらに戻るのかと思いきや少し話し込む。いつまでも待てないと彼に近寄り、声をかけた。
「ハベン、街を歩く時間がなくなるわよ」
「ああ、ごめん」
女の子は婚約者か恋人らしきこちらを認識すると驚いたように顔を見てきて、慌てた顔をする。貴族なのだから驚いたのだろう。頭を低くしてぺこりとされた。
「彼女、花屋をしているんだって」
「そう」
たった今会ったばかりの人の働く場所になんて、その言葉だけでいい。しかし、彼は素っ気ない返事が引っ掛かったのか眉をひそめた。なにその顔、と言いたかったがグッと我慢する。たがだか一分も会ってない人になぜそこまで感情移入できるのか、わけがわからず。
両親や友人に己の対応は冷たかったのかと聞いてみたが、皆は首を傾げて問題がないと言う。逆に彼への不信感を指摘される。
相手の心が冷めていたのかもしれないと。そうなのだろうなと自分もうっすら思う。たかが、ほんの少し自分の望む反応を貰えなかっただけで不機嫌になるだなんて、家門を守る男としてどうなのだろうかと思い始める。
入婿のくせに少々態度が酷くなり始めていたのも実感があったので、共に切り盛りしていく夫婦となるべき片方がそんな態度では、預けられるわけもなし。
次会った時、茶会をしたのだが話題は我が家のことではなく、例の花屋の女のことだったのには素直に驚いたものだ。
いやいや、今日は将来のことについて話すと前回の時に言っていたから、そのために色々覚えてきたというのに。彼は楽しげにたまたま再会したと話す。
本当に?本当にたまたま?花屋の場所を聞いていたから、彼から赴いたの間違えではなく?
疑いを持ちつつもしばらく話を聞いていたが、身が無いので辟易する。そろそろ話題を軌道修正しなければ。
「そんなことより、うちの例のものの生産過程なのだけど」
そちらの方が今後のことであり、重要なこと。そう口にしたら彼は突然激昂する。
「なんて人だ!せっかく彼女について話していたのにっ、冷たくないか?」
「へ?」
近くいた執事やメイドに目配せしたら、彼らも唐突な怒りに目を白黒していた。間違ってないわよね、と首を傾げる。いきなり豹変されても困るのだけど。
友達になったと思われる人のことを事前に話し合おうと言っていた話題より先に出し、こちらの時間を無駄に奪うことをしておいて怒鳴るとは何様だ。
「あの、なんですか?」
「は、は、は、なんだ、なにがだ?」
相手はまだ興奮冷めやらぬ顔でフーフーと獣のように息を吐く姿を冷めた目と、醒めた態度で返す。いきなり怒るなぞ貴族子息として教育不足なのではないのか。教育をやり直した方が生家のためにもなる。
こちらとしては飼育員でも乳母でもなんでもないのだから、機嫌は自分でとってもらわないと。冷たい目で男を見てお前は子供か?赤ん坊なのか?といった他人を見る目で見つめたら、相手はビクッと肩を揺らす。
しかし、その日から彼女の話を聞くようになった。店員と客にしては頻度が多い。一体何の用件でそんなに花を男が買うというのか。今まで買ってきていた、とかならばわかるが彼が花に興味を抱いたことなど知る限りない。
少女のように花が好きなわけでもないことも知ってる。どんな下心なんだ。理解してしまっているので白い冷たい目を向けるしかない。彼はどんどん花が溢れて家だけに留め置けなくなったので、無駄にうちに送りつけてくる。
配達員と花屋に卸している花の栽培者に謝れ。誠心誠意謝れ。絶対に大切に思ってない心で買っていて、いい格好したい気持ちが透けて見えている。
おまけに、花がたくさんあるのでこちらにも普通に夢中なのが分かりやすくて、家族もなんなのだろうといきなりの花攻撃に眉間の皺を最近、深くしている。
あちらは花屋でも始めたのかと聞かれてクスッと嘲りに笑みを浮かべると親は少し話しただけで由々しき事態だなと腕を組む。
密かに小さく、または知られないように心に秘めていくのならまだしも、こちらに分かりやすくわかるように恋をしている男が、自分が持ち込めなくなった花をこちらに寄越す浅ましさと愚かしさに嘆かわしいな、と怒る。
他所の娘に熱を上げ、他所の娘のために花を買い占める行為。不誠実だ。娘の方はお得意様なのだからお喋りにも付き合うだろう。そこに恋の気持ちがあるとは考えにくい。
太客なのだから、多少おべっかくらい余裕で言うだろし。あちらも客商売。おまけに父たちが調査で雇った人によれば、恋人がいるらしいのだ、花屋に。
つまりだ。婚約者に勝ち目はない。いい格好はイイカモである。別にだからと言って花屋に罪はない。勝手にのぼせ上がって、勝手に買い占めて、勝手に好かれていると思い込む男が完全に悪い。
カモにされる貴族子息がなによりも、絶対悪い。ラティーシャは別に恨んでない。女も花も。自分に当てはめて、商売をしているとしよう。高めに設定しているのに買い占めてくれる客がいるのならデートだってしても構わないと思う。
花屋の女は別にデートはしてないが、軽い手作りのクッキーをおまけにつけたりしている。それも、彼氏に作った余ったクッキーだが。
特に隠していない。余物のクッキーですが……と照れながら言うのだ。照れた感情の先はきっと、好きな彼氏のことでも考えていたのだろう。だから、彼女から奴への好意は、客以上の物がないのは明白。
それに、貴族が花屋を経営する平民に恋をしているという思い上がりは、平民からすると考えにくい。仮にちょっとよく思われているのかな、程度だ。微弱。物珍しいとか珍味とか。
入れ込み具合は花の量で丸分かりだけど。だが、客にもう来ないでなんて大量に買ってくれる人にわざわざ言わない。言ってしまって、不利益を被ることなど商売をしている人間は特に理由もないし、しないだろう。
ちょっとだけ嫌だろうと、困ろうと倍上でチャラになる。その日、最大の売上額がちょっと話すだけで稼げるわけだし。彼氏と奮発した食事だってできる。プレゼントや旅行だっていけるだろう。
花のように水を啜るように、責められるものではない。商売とは得てしてそういうものだ。吸われに行く方が悪い。吸われたくないなら買わなきゃいいだけなのだ。
話すだけ話して買わなければいい。女は相手に買え、なんて押し付けがましいことを言ってない。ただ、花が全て売れればその日、花屋の女の仕事は終わりだ。なので、閉店時間まで独り占めできる。
バカなことに費やしているのは男だけ。魔女に依頼した恋心は感情だけにして、相手は指名しない。花屋の女はさらに彼氏へと感情を深くさせるだけだ。それに対して婚約者は恋心をなくして唖然とするだけ。
早速依頼がなされる次の週までに相手へ不貞行為を理由に婚約解消を申し立てて、花屋の女の話を具体的に弁護士へ語られ、向こうの親は自分たちの屋敷が花だらけになっている理由を知ったのだ。
花屋に行っていることは知っていたが、女を追いかけているところまでは知らなかったみたい。聞いてもイイ感じで、誤魔化されてしまっていたのだろう。
こちらへ取り繕うのは下手なのに、家族にはイイ顔をしていたのは本当に呆れる。頻度と購入数を知った向こうのハベンの父親は、申し訳ないと言うと解消のサインをした。
それだけでは弱い動機だと思われるだろう。だが、婚約者だった男は知らない間にこちら側の家族を激怒させていた。全部の花を買って送りつけてくるまでは呆れていたが、花の名前や用途までは耳に入らなかったのか、墓に供える花までうちに送ってきたのだ。
流石の婚約者の父親もゴネることなく終始謝り続けていたし、ハベンからの謝罪も手紙もなかった。彼もその場にいたが、花屋の女に告白することを思案しているのかやけに機嫌が良さそうで、こちらに相性が悪かったんだなと、謎の言葉を残されて気持ち悪さしかない。
そして、親の心子知らずな子息の息子が恋心を抱く女とさらに仲を深めようとした時、急にフッと恋心が消失する。花屋に行こうとして、女を目にして恋人が会いに来ていた時に二人の姿を見た時、怒りが胸を支配した。
「お前っ」
怒りが頂点に達して花屋の恋人の男を感情に任せて殴った瞬間、怒りが解けた。ラティーシャは予定していた時よりも効果が変な時に解かれたと知ったのは、恋心の魔法の効果を調べている時。どうなるのかの結末くらいは、凄く知りたい。好奇心様々。
「きゃああ!な、なにするんですか!?」
「僕のものにっ……え?」
殴ってすぐに消失したことによりそれ以上騒ぎは起こらなかったが、息子のしたことに庇う気をなくした父親の当主は息子を平民落ちまではしなかったものの重要なポストに就けることを断念した。恋で騒ぎを起こす人間を責任者にできない。
さらに、元婚約者の男はいい大人なのだから。子供ならともかく、大人が己の恋情をコントロールできないのは人として貴族か貴族でないか、以前の問題と親族からも非難を受けたとか。
ラティーシャは新しく父に紹介してもらった婚約者と茶会をしたり散歩をしたりしたりして、ちゃっかり未来を掴んでいた。今度の人には人のハンカチを拾わないで、と前婚約者の話をしてみたらクスッと可笑しそうに笑う。
「従者に拾わせて届けさせるから、心配しないでくれ」
なるほど、その方法が至極当たり前の貴族の拾い方だ。元婚約者はハンカチの他に恋も拾い上げたのでああなった。困った顔をせず、ちゃんと違う方法にしてくれると言う。
こちらを慮ってくれる新しい婚約者に、売らずにいた恋心が動き出す音がした。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。なんで被害者の方が割りを食わされるのだと言う気持ちから派生した勝手に売り払ってやる精神




