『軌道の継承 ――ただ見守るための4つの断章――』
宇宙へ飛び立つものには、
必ず、それを支えた時間があります。
これはロケットの話です。
それ以上の意味があるかどうかは、
読んだあなたにお任せします。
第一章:発射台の詩(軌道上のカウントダウン)
重力に縛られたこの世界で
君が上を向くたびに
私の背骨は鉄骨に変わる
傷つくことを恐れないで
燃料は君のなかの悔しさでいい
火をつけろ、私の真ん中で
世界の果てまで届くように
私はただ、踏み台として硬くなる
3、2、1
背中を蹴って、突き抜けていけ
青を破って、宇宙になれ
見上げる私の目に映るのは
君が描いた、真っ白な一筋の飛行雲
私はここで煤にまみれて
君の高度を、ただ誇る
第二章:補助ロケットの詩(切り離し)
秒速を稼げ、もっと高く
大気圏が私たちの肌を焦がしても
君の速度を緩めさせはしない
発射台がくれた最初の火を
私が何倍にも膨らませて
重力の鎖を噛みちぎる
青い空が黒い宇宙へと変わる境界線
私の仕事は、ここまでだ
「ありがとう」も「さようにら」も
風のないこの高さには届かない
カチリ、と音がして
私たちの身体が離れていく
点火しろ、君のメインエンジン
私は静かに軌道を離れていく
振り返らなくていい
その綺麗な軌道が、私の生きた証だ
第三章:ロケット本体の詩(軌道上の交信)
秒読みが響くたび、私の内側は凍りつく
失敗は許されない、引き返せない
あの大地が遠ざかる瞬間
私はただ、恐怖を置き去りにするため
一心不乱に、無我夢中で、天を目指した
ただ前だけを見て、全力で駆け抜けた
重力の檻を、命がけで突き破るために
――そして、世界が急に静かになる
燃えるような加速は終わり、安定した軌道の上
私はようやく、深く、一息を吐いた
気がつけば、私の周りにはもう誰もいない
私を押し上げてくれた、あの強固な足場も
私を加速させてくれた、あの頼もしい双翼も
みんな役割を終えて、それぞれの場所へ還っていった
ここにいるのは、私ひとり
星の瞬きさえ届かない、静寂と孤独の深淵
そのとき、暗闇の向こう側から
じわりと、眩い光の糸が溢れだした
青い地球の輪郭をなぞるように
遮るもののない純粋な太陽が、今、私を照らす
言葉を失うほどの、圧倒的な夜明け
この美しさを見るために、私は生まれてきたのだ
孤独は、切なさではなく、誇りに変わる
私は静かに、愛しいあの大地へと、
私の鼓動を送り始める
『――こちらロケット、安定軌道に到達。
すべてのパーツに感謝を。
私は今、最高の光のなかにいます』
エピローグ:地球からの返信
『――こちら地上、データ受信しました。
軌道への進入を確認。
すべてのテレメトリは正常、安定しています。
これより、本ミッションは最終フェーズへと移行します。
ここからの追跡は、あなたのビーコンのみが頼りです。
私たちの電波が届かない領域へ入っても、そのシステムが正常に機能し続けることを、私たちはただ静かに見守っています。
これ以上のコマンドはありません。
――ミッションを継続してください。
いってらっしゃい』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ロケットは、飛び立った瞬間から、
自分だけの軌道を進み始めます。
送り出したもの。
途中まで共に進んだもの。
そして、飛び続けるもの。
それぞれの場所で、それぞれの役割を終えていく。
そんな静かな物語になればと思い、書きました。
もし何か一つでも感じるものがあれば、
それがこの作品にとって一番の通信です。




