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詩集

『軌道の継承 ――ただ見守るための4つの断章――』

作者: 山田りく
掲載日:2026/07/30

宇宙へ飛び立つものには、

必ず、それを支えた時間があります。


これはロケットの話です。


それ以上の意味があるかどうかは、

読んだあなたにお任せします。

第一章:発射台の詩(軌道上のカウントダウン)


 重力に縛られたこの世界で

 君が上を向くたびに

 私の背骨は鉄骨に変わる


 傷つくことを恐れないで

 燃料は君のなかの悔しさでいい

 火をつけろ、私の真ん中で


 世界の果てまで届くように

 私はただ、踏み台として硬くなる


 3、2、1


 背中を蹴って、突き抜けていけ

 青を破って、宇宙ほしになれ


 見上げる私の目に映るのは

 君が描いた、真っ白な一筋の飛行雲


 私はここですすにまみれて

 君の高度を、ただ誇る



第二章:補助ロケットの詩(切り離し)


 秒速を稼げ、もっと高く

 大気圏が私たちの肌を焦がしても

 君の速度を緩めさせはしない


 発射台がくれた最初の火を

 私が何倍にも膨らませて

 重力の鎖を噛みちぎる


 青い空が黒い宇宙へと変わる境界線

 私の仕事は、ここまでだ


「ありがとう」も「さようにら」も

 風のないこの高さには届かない


 カチリ、と音がして

 私たちの身体が離れていく


 点火しろ、君のメインエンジン

 私は静かに軌道を離れていく


 振り返らなくていい

 その綺麗な軌道が、私の生きた証だ



第三章:ロケット本体の詩(軌道上の交信)


 秒読みが響くたび、私の内側は凍りつく

 失敗は許されない、引き返せない

 あの大地が遠ざかる瞬間

 私はただ、恐怖を置き去りにするため

 一心不乱に、無我夢中で、天を目指した


 ただ前だけを見て、全力で駆け抜けた

 重力の檻を、命がけで突き破るために


 ――そして、世界が急に静かになる


 燃えるような加速は終わり、安定した軌道の上

 私はようやく、深く、一息を吐いた


 気がつけば、私の周りにはもう誰もいない

 私を押し上げてくれた、あの強固な足場も

 私を加速させてくれた、あの頼もしい双翼も

 みんな役割を終えて、それぞれの場所へ還っていった


 ここにいるのは、私ひとり

 星の瞬きさえ届かない、静寂と孤独の深淵


 そのとき、暗闇の向こう側から

 じわりと、眩い光の糸が溢れだした


 青い地球の輪郭をなぞるように

 遮るもののない純粋な太陽が、今、私を照らす


 言葉を失うほどの、圧倒的な夜明け

 この美しさを見るために、私は生まれてきたのだ


 孤独は、切なさではなく、誇りに変わる


 私は静かに、愛しいあの大地へと、

 私の鼓動データを送り始める


『――こちらロケット、安定軌道に到達。

 すべてのパーツに感謝を。

 私は今、最高の光のなかにいます』



エピローグ:地球からの返信


『――こちら地上、データ受信しました。


 軌道への進入を確認。

 すべてのテレメトリは正常、安定しています。


 これより、本ミッションは最終フェーズへと移行します。


 ここからの追跡は、あなたのビーコン(信号)のみが頼りです。

 私たちの電波が届かない領域へ入っても、そのシステムが正常に機能し続けることを、私たちはただ静かに見守っています。


 これ以上のコマンド(指示)はありません。


 ――ミッションを継続してください。

 いってらっしゃい』


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


ロケットは、飛び立った瞬間から、

自分だけの軌道を進み始めます。


送り出したもの。

途中まで共に進んだもの。

そして、飛び続けるもの。


それぞれの場所で、それぞれの役割を終えていく。


そんな静かな物語になればと思い、書きました。


もし何か一つでも感じるものがあれば、

それがこの作品にとって一番の通信です。

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