端原帝国における印刷台府の成立 ―情報統制の政治力学―
序論:情報の「権威化」と印刷台府
端原帝国創立期、特に「二月二日」に犬法良と木帋恒興が私撰歴史書『上書年鑑』の編纂を開始したことは、単なる記録保存以上の意味を持っていた。それは、既存の「端原年鑑」の散逸に備えるという名目でありながら、実質的には「どの事実を正史とするか」という情報の選別権を私的に掌握する試みであった。
この動きが後に、帝国の公式機関としての**「印刷台府」**へと昇華していく。本稿では、武力による制圧が完了した後に、いかにして印刷台府が「文字」と「紙」を用いて帝国の正当性を固定化していったかを論じる。
第一章:成立の背景――「年鑑」の私撰と権力の二重構造
印刷台府の起源は、戦時下における情報の不確実性にある。
情報の武器化: 2023年12月の「被官・長池怜私刑事件」から始まった一連の騒乱において、端原壮真は常に「義」を掲げて決起した。しかし、その「義」は記録され、流布されなければ、単なる地方勢力の叛乱に埋没してしまう。犬法良が帰還し、直ちに歴史編纂に着手したのは、軍事行動と並行して言論の防衛線を構築するためであった。
散逸への懸念と「上書」の権威: 年鑑に記された「既成の歴史書の散逸に備えたバックアップ」という動機は、裏を返せば、我氏政権(旧体制)が保有する公式記録を「無効化」し、端原側の視点による歴史に置き換える「上書き(上書)」のプロセスであった。
第二章:組織構造と実務層の「コンソメ(陰朝)」的性格
印刷台府が成立する際、その実務を支えたのは皮肉にも政治的中枢から排斥された「コンソメ民(陰朝)」を中心とする技術層であった。
1. 技術的独占と政治的疎外
11月27日の臨時閣議で「コンソメ民の閣僚登用禁止」が決定されたことで、彼らの上昇志向は実務・技術部門へと流れた。印刷台府は、高度な製紙技術、活字鋳造、そして何より広範な「商人ネットワーク」を持つコンソメ民の能力を吸収する受け皿となった。
2. 聖公庁との連携
飛竜院靖勝率いる聖公庁が、神場智光や亜郎夏行といった旧新興コンソメ住民を登用したことは、印刷台府の官僚化を加速させた。彼らは「政治家」としては無名であるが、「記録官・執行官」として帝国の意思決定を紙面に定着させる不可欠な存在となったのである。
第三章:政治的意義――「紙の壁」による統治
印刷台府の政治的意義は、以下の三点に集約される。
① 反逆の「定義」と事後正当化
年鑑にある「番場事件」や「新居の変」において、誰が逆臣で誰が功臣であるかは、現場の戦いではなく、その後の「布告」によって決定された。印刷台府は、端原壮真の「罪が無いからこそ殺すのだ」という冷徹な決断をも、「帝国の安定のための必要悪」として法制化し、印刷物として全国に頒布することで、異論を挟む余地を奪った。
② 「四月条約」の固定化
4月1日に締結された「四月条約」は、印刷台府によって大量に複製され、全知事・代臣に下された。これにより、武垣氏や麻霧氏といった有力豪族は、「紙に書かれた契約」に縛られることとなった。口約束の同盟から、書面による「主従関係」への転換こそが、印刷台府の最大の功績である。
③ 恩赦と選別のシステム
7月7日の「神王即位」に伴う大規模な恩赦において、誰が許され、誰が「秘書官代」として雇用されるかのリストを作成したのは印刷台府である。情報の「名簿化」は、かつての敵を管理可能な「記号」へと変貌させた。
第四章:情報の非対称性と「影の支配」
印刷台府は、情報の拡散だけでなく**「隠蔽」**をも司った。
謀書の捏造と摘発: 6月30日の「新庄実伸による偽状事件」に象徴されるように、印刷台府の技術は、偽の情報を「本物らしく」仕立て上げるためにも利用された。
「宿命」の法制化: コンソメ民が「潜在的敵対者」として監視され続ける宿命は、印刷台府が発行する官報によって恒久化された。
結論:言論の帝制
印刷台府の成立は、端原帝国が「武力の時代」から「法と情報の時代」へ移行したことを象徴している。犬法良らが私撰から始めた歴史の記述は、印刷台府という国家機構を通じて、数百年続く「帝国の真実」へと固定された。
政治的意義とは、すなわち**「記録する者が支配する」**という真理の制度化に他ならない。印刷台府は、陽朝(中央)の光を美化して描き出す一方で、陰朝をその影の中に永遠に閉じ込めるための、巨大な「暗室」としての役割を果たしたのである。




