6話
「……ソフィアさん、私、本当に困っているんです」
スワロウは、酔いに揺れる声でそう切り出した。
「お店に来る女性客の方々に、何度も何度も言い寄られて。その度に、角が立たないようにデートをお断りするんですけど……そうすると泣いたり、怒ったり……もう、修羅場ですよ」
頭を抱え、深いため息をつく。
「それなのに、次の日には何事もなかったみたいな顔をして、お店に来るんです。本当に……女の人が、分からないです」
「……」
ソフィアは黙って、続きを促す。
「それに、近所のお節介なおばさまたち! 顔を合わせるたびに、頼んでもいないお見合い話を持ってくるんです」
スワロウの語気が強まる。
「結婚して家庭を持って、初めて男は一人前なんだからって。何回も、何十回も! あまりにしつこいから、顔を合わせないように避けていたんです。そしたら今度は、勝手に自宅の中にまで入り込んできて……不法侵入ですよ!」
ドォン!
テーブルを拳で叩き、「痛っ……」と顔を顰める。
「あの人たちの熱意って、一体どこから来てるんですか? 正直言って、私なんか赤の他人じゃないですか。赤の他人が結婚していようが、いまいが、本来どうでもいいことじゃないですか」
言葉が止まらない。
「それなのに、独身でいるだけで人を社会不適合者みたいに扱って……。自分たちは良いことをしているっていう、あの『正義感』に満ちた顔!」
スワロウは身震いした。
「……怖いですよ。私は、今のままで十分に幸せなんです。それなのに……」
「この世界では、それが当たり前ですからね」
ソフィアの言葉に、スワロウは苦く笑った。
「おかしいと思いませんか? もっと自由に生きてもいいじゃないですか。誰に迷惑をかけているって言うんですか」
再び拳を振り上げかけ、途中で力なく下ろす。
「……私の知り合いの話なんですけどね、ソフィアさん」
空になったグラスを指先で転がしながら、スワロウは遠くを見るような目をした。それは、どこか懐かしむような眼差しだった。
「『みくり』ちゃんっていう、すごく賢いのに、損な立ち回りばかりしちゃう子がいて」
ソフィアの胸が、わずかにざわつく。
「彼女は、職がなくて困っていた時、ある男性に提案したんです。――『就職としての結婚』を」
「……就職、としての結婚?」
ソフィアの背筋に、微かな電流が走る。
「そう。契約結婚です」
スワロウは淡々と、しかし熱を帯びて語る。
「恋愛感情とか、家柄とかじゃなくて、お互いのメリットのために結ぶ合理的な契約。雇用主が夫で、従業員が妻。家事という労働に対して、対価として生活費と給与を払う」
一拍置いて、微笑む。
「……どうですか? 素晴らしいシステムだと思いませんか?」
その瞬間、ソフィアは確信した――この人は、自分と同じだ。
「そういう『盾』があれば、お節介なお見合い攻撃も、世間の偏見も、全部シャットアウトできるのに。パン作りに専念できるのに……今の穏やかな生活を、守れるのに」
声が、少しだけ震えた。
「……だけど、この世界で、そんな考え方を理解してくれる人なんて、いるわけがないですよね」
「……スワロウさん」
「やっぱり、ソフィアさんも……私のこと、おかしいと思いますか?」
真っ赤な顔で俯くスワロウ。
ソフィアは、その目を逃さぬよう、まっすぐに見つめ返した。
そして、静かに、しかしはっきりと告げる。
「今の話、知り合いの話じゃなくて――ドラマの『逃げ恥』ですよね」
ピタリ、とスワロウの動きが止まった。
掲げようとしていたフォークが宙で静止し、赤く染まっていた頬の色が、サーッと引いていく。
「…………え?」
それは驚愕というより、
世界がひっくり返る瞬間を目撃した者の声だった。
「貴方も、私と同じです」
ソフィアは続ける。
「前世の記憶を持ったまま、違う性別で生まれ変わったんですよね?」
スワロウの瞳が、驚きで大きく見開かれた。
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