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4話

 



「聞きましたよ、ソフィアさん! 随分と大変な目に遭ったそうじゃないですか。どうして相談してくれなかったんですか!」


 カウンター越しに身を乗り出し、ソフィアの両手をぎゅっと握りしめたスワロウの勢いに、ソフィアは言葉を失った。

 あまりの衝撃に、数秒間、思考が停止する。


「あ、ああ……婚約破棄と退学の件、ですね……」


「冷静なふりをしなくてもいいんですよ! 人生の一大事じゃないですか!」


「いや、そうですね。あの日こそ落ち込みましたけど、今はもう……」


「よく見たら、目の下にくまが! きっと毎日、眠れない日々を過ごしているんでしょうね……」


 スワロウに指摘され、ソフィアは思わず自分の目の下を擦った。


 実際のところ、学院生としての早起きから解放されたが故の、ただの夜更かしなのだが、スワロウの目には「悲劇のヒロイン」として映っているらしい。


「本当ですか? 恥ずかしいです。でも、次の日にはだいぶ落ち着いてきたというか。逆に考えたら、完璧に自由になったんだな、と思ったりして……」


「そんなわけないじゃないですか!」


 スワロウが、悲痛な声をあげる。


 その潤んだ瞳、わずかに震える唇――ソフィアは、既視感を覚えた。


 前世で観た名作映画『月はいまも独り』。息子を亡くした母親を演じた際、彼女が見せた「魂を削るような慈愛の表情」そのものだ。


「お可哀そうに……。辛すぎて、自分の心にふたをしてしまっているのかもしれない……」


「はあ、そうですかね……?」


 そう言われると、そんな気もしてくる。


「辛いときには、ひとりで抱え込まないで。友達に話をするだけでも、だいぶ心が軽くなるんですよ?」


「……そうですね。でも、私の友達はみんな学院に通っているので、今の私には気軽に会いにくいというか。仕事の都合もありますし」


 スワロウは、はっと息を呑み、決意に満ちた顔でソフィアを見つめた。


「私が話を聞きます。いえ、ぜひ聞かせてください!」


「え?」


「お店がオープンした時からの常連さんですし、うちの精霊猫の爪切りでもお世話になっている仲じゃないですか。それくらいのことは、させてください。……あ、とても美味しいパエリアを出すお店を知っているんです。パエリアは、お嫌いですか?」


「むしろ、好きですけど……」


「だったら、一緒に行きましょう。私がしっかりと、ソフィアさんの悩み、怒り、絶望、世の中に対する恨みつらみを、すべて受け止めます!」


 まるで頼れる姉のような、あるいは聖母のような力強さで言い切ったスワロウに、ソフィアは完全に押し切られ、気が付いた時には頷いていた。


 帰り道で、ソフィアはふと気づく。


 あの店で顔を合わせた回数は、百回くらいはあるだろう。簡単な会話をしたことも、何十回もある。

 だけど、店の外で二人きりで会うのは、これが初めて。なんだか不思議な気持ちだ。


 分かっていることは、ただひとつ。


 約束の日の前夜に、夜更かしをして隈を作るのはいけない、ということだ。




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