8 徹底的に叩き潰す
翌日。
マルティナ様は、何食わぬ顔で普段通りの時間に屋敷を訪れた。
「あら? ゼノもいるなんて、珍しいのね?」
応接室に姿を見せると、いつもはいないゼノ様がいることに気づいてパッと目を輝かせる。
「どうしたの? この時間って、いつもは騎士団の訓練に行ってるはずじゃ――」
「なあ、マルティナ。後学のために、教えてほしいんだが」
「え?」
「何をどうやったら、お前みたいな嘘つき陰険女になれるんだ?」
その言葉に、マルティナ様の愛くるしい笑顔はぴしりと凍りつく。
「な、なに言って――」
「お前が昨日、リアに言ったことは全部知ってるんだよ。俺とお前が『そういう関係』だなんて出鱈目言いやがって。マジで寝ぼけてんのか? それとも頭がおかしくなったか?」
「あ……」
「悪いけど、俺はお前をそういう目で見たことは一度もない。笑わせるな」
事もなげに、そして冷ややかに、ゼノ様が吐き捨てる。
も、も、猛烈に、怒っていらっしゃる。怒髪天を衝く勢いである……!
マルティナ様はしどろもどろになって、どうにかこうにか取り繕う。
「そ、それは、アウレリア様が、あ、あまりにも馬鹿げたことを仰るから……!」
「馬鹿げたことを言う辺境伯夫人には、堂々と嘘をついてもいいっていうのか?」
「だ、だって、アウレリア様は、ゼノのこともこの辺境伯家のこともなんにも知らないんだもの! それなのに偉そうなことばかり言うから、少し思い知らせてやろうと思って――!」
「リアが何も知らないのは、当たり前のことだろう? だからこそ、俺たちの知っていることを教えて、伝えて、知ってもらうべきなんじゃないのか?」
「そうだけど……」
「少なくとも、知らないことを責め立てたうえに、根も葉もない嘘を並べて傷つける必要はないと思うが?」
ゼノ様のド正論に、マルティナ様は一言も返すことができない。
それでも反省する気はないらしく、メラメラと燃えるような目をして悔しげに私を睨みつける。と思ったら、すぐに殊勝な顔つきになって、しおらしい態度を見せる。
「……う、嘘なんかついて、ほんとに悪かったわ。ね、謝るから。ほんとにごめんなさい」
「それで済むとでも思っているのか?」
突き放すような尖った声は、その場しのぎの軽い謝罪を一蹴した。
「お前、これまでずっと、リアに対してずいぶんと失礼な態度を取っていたそうだな」
「……え? な、なんのこと……?」
「しらばっくれるのもいい加減にしろよ。俺は全部知ってるって言っただろ」
「私は、何も……」
「自覚がないのか? 悪気なく悪態をつくなんて、性根が腐ってるとしか言いようがないな」
「ちょっ……!」
情け容赦のない痛烈な罵倒に、さすがのマルティナ様も顔を歪める。
「ぜ、全部知ってるって何よ。どうせアウレリア様から話を聞いただけでしょう? 一方から聞いた話だけを信じてすべてを判断するなんて、当主として間違ってるとは思わないの?」
「思わないね。夫が妻の言うことを信じて、何が悪いんだ?」
「アウレリア様が、自分に都合のいいように話を捻じ曲げた可能性だってあるじゃないの!」
「お前のようにか?」
「……え……?」
「お前自身が自分に都合のいい嘘や出鱈目を並べるような女だからって、リアもそうだと思うなよ。リアはお前とは違う。一緒にするな」
「は? 何よそれ……。私の話は聞いてくれないの!?」
「人を傷つけるためだけに嘘をつく女の話など、聞く価値もない。違うか?」
鋭い刃物のような視線が、マルティナ様を一気に貫く。
逃げ道を失ったマルティナ様は、はくはくと浅い呼吸を繰り返している。
そんな従妹を冷え切った目で一瞥したゼノ様は、淡々と言った。
「俺の大事な妻を故意に貶め、傷つけて排除しようとするやつなど、この辺境伯家には必要ない。とっとと帰れ」
「ちょ、ちょっと、ゼノ……!」
「こっちは今すぐ八つ裂きにしてやりたいところを、一応親戚だからって我慢してるんだ。斬り刻まれたくなかったら、早いとこ失せろ」
「そんな! 必要ないなんて言わないでよ! 私だってこの家のためにいろいろと尽くしてきたじゃない! 私がいなかったらバートはもっと大変だっただろうし、屋敷の管理や家政の仕事だって……」
「確かに、お前のおかげでいろいろと助かったことは否定しない。女主人の仕事をよその令嬢に頼むことがどれだけ非常識で軽率だったか、気づかなかった俺自身にも非があると思ってる。だからこそ、その恩に免じて今回だけは見逃してやるって言ってるんだよ」
「え……」
「わかったらさっさと帰れ。そして二度とこの城に足を踏み入れるな」
問答無用の最後通告に、マルティナ様はなす術もなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
◇・◇・◇
あとでわかったことだけれど、マルティナ様に最後通告を突きつけてすぐ、ゼノ様は使用人の一人を解雇したという。
「辺境伯家の内部情報を外に漏らすやつなんて、いらないからね」
ゼノ様はにこやかに、さらりとそう言った。
でもリーンが言うには、とんでもない修羅場だったらしい。
「いきなり使用人全員に招集がかかって、行ってみたら鬼の形相の旦那様が抜き身の剣を片手に仁王立ちしてたんですよ。それだけでもう、これは何かやばいことが起こったんだなと思うじゃないですか」
「そ、そうね」
「旦那様はマルティナ様を出禁にしたと仰って、簡単に経緯をお話しされたんです。そして、『この中に、辺境伯家の内部情報、特に俺とリアに関する機密情報をマルティナに漏らしたやつがいる。正直に名乗り出ろ』と命じられまして」
「機密情報って……。なんか恥ずかしいんだけど」
「まあ、明言はできませんからね。でもピンとくる人はピンときますよ」
「それで、名乗り出たの?」
「出るわけないじゃないですか! 相手は抜き身の剣を持った『辺境の鬼神』ですよ? あっという間にぶった斬られて終わりですよ」
「そうよね。命は惜しいわよね」
「そしたら旦那様が、『正直に名乗り出るなら命だけは保証してやる』『名乗り出ないなら、お前たち一人ひとりを順番に斬り刻む』と言って剣を振り上げたんです。もうそれだけで卒倒する女性の使用人が続出して、しくしく泣き出す人もいるし、男性の使用人たちは顔面蒼白でがくがくぶるぶる震えて、阿鼻叫喚の巷と化す、とはこのことかと」
「リーンはどうしてたの?」
「バートと一緒に、倒れた人たちを介抱してました。私はマルティナ様とはほとんどかかわりがありませんし、むしろ圧倒的に奥様派なので、まあ斬られることはないだろうなと思いまして」
「あなたって、意外に肝が据わってるのね」
「そうですか?」
「ふふ。それで? どうなったの?」
「結局、最後には渋々名乗り出たんです。居たたまれなくなったんでしょう。まあ、多分あの人なんじゃないかな、と予想した通りの人でしたけど」
「どうしてわかったの?」
「簡単なことですよ。彼女はマルティナ様からの個人的な贈り物を、一番多く受け取っていましたから」
「それだけマルティナ様に心酔していたのかしら」
「というより、買収ですね、あれは」
そんな騒動があった、数日後。
どうやらゼノ様は、一大決心をしたらしい。恐ろしく硬い表情をしながら、突然こう言ったのだ。
「……リア。今日から一緒に、夫婦の寝室を使ってくれないかな」




