14 建国記念祭
あれから、数か月が経った。
魔獣討伐でゼノ様が受けた左肩の傷は完全に塞がり、何の問題もなく動かせるようになっている。痛々しい傷痕は残っているものの、解毒薬のおかげもあってか後遺症の類いは一切見られない。
そんなゼノ様の手には、王室から届いたと思われる上質な封書があった。
「そろそろ建国記念祭だけど、行きたい?」
年に一度、王国の誕生と繁栄を祝って行われる建国記念祭。
王都の街は賑やかな祭りでお祝いムードに包まれ、王城ではすべての貴族家を招いた大規模な夜会が開かれる。
「俺は夜会とかパーティーの類いなんてほとんど顔を出さないけど、リアは行きたいんじゃない?」
「正直なところ、夜会に関してはどちらでもいいのですが家族には会いたいなと……」
「あー、そうか。こっちに来てから、一度も帰ってないもんね」
ゼノ様は「ごめんね」と言って、隣に座る私のこめかみに優しくキスをする。くすぐったい。
王都の実家とは、解毒薬の入手に関する連絡や相談以外にも定期的な手紙のやり取りができている。一度も帰っていないのは、単に距離が遠すぎるということと、「リアと離れたくない」と駄々をこねる辺境伯がいたからである。
あの夜、躊躇なく初夜を決行し、有言実行の男であることを存分に証明したゼノ様。
私はゼノ様の重すぎて深すぎる愛情の片鱗を、身をもって知ることになった。本当に、すごかった。いろんな意味で。
あれ以降、ゼノ様の執着と独占欲はだいぶ過激に、そして過剰なまでに暴走している。それまでだって十分暴走していた感があるけれど、もうてんで比較にならない。
実家にいる家族は、私がゼノ様にこれ以上ないほど甘やかされ、深く愛され、ちょっと引くくらい執着されているということを、当然知っている。そして、生暖かい目で見守ってくれている。面目ない。
「行ったら行ったで面倒くさい輩の相手もしなきゃなんないだろうけど、殿下には一言礼を言うべきだよなあ」
私をその腕に閉じ込めながら、ゼノ様はひと房取った私の髪をくるくると弄ぶ。
確かに、エヴェラルド殿下があの婚約破棄宣言の場でうまいこと動いてくれなければ、こんな幸せはあり得なかったわけで。殿下に足を向けて寝られない私たちではある。
「エヴェラルド殿下にご挨拶するのももちろん大事ですけど、ゼノ様に関する誤った噂を正すほうが大事なような気も……」
独り言めいてそう言うと、ゼノ様は不思議そうに首を傾げた。
「俺に関する噂? どんな?」
「王都では、ゼノ様が身長二メートル以上の巨漢だとか、粗野で野蛮な乱暴者だとか、魔獣との戦いに明け暮れているから体中傷だらけで背中に大きな十字傷もあるとか、悪質な噂がまことしやかにささやかれているのですよ。お恥ずかしながら、私もすっかり信じ込んでいましたし……」
「ん? 背中の傷は、ほんとだよ? リアも知ってるでしょ?」
ゼノ様は悪戯っぽく、それでいて妖艶な笑みを浮かべる。
「毎晩見てるよね?」
「ま、毎晩は、見てませんから!」
「そうなの? 見てもいいんだよ? あ、今見せようか?」
「ゼノ様!」
しれっとシャツを脱ごうとするゼノ様を、慌てて阻止する。
そんな私を可笑しそうに眺めながら、ゼノ様はまるで他人事のように「まあ、火のないところに煙は立たぬというからね」とつぶやいた。
「もしかして、噂についてご存じだったのですか?」
「ちょっとだけね。詳しいことはよく知らないけど、殿下がちらっと教えてくれて」
「気にならなかったのですか?」
「うーん、気になったとしても、どうにもできなかったから。俺は辺境伯を継いだばかりで、それどころじゃなかったってのもあるし」
確かに、先代の急死で突然跡を継ぐことになったゼノ様は、そんな些事にかまけている暇などなかっただろう。
実際のゼノ様の姿を見ればすべてが嘘だと一発でわかるのに、王都を訪れる時間も余裕もなかったゼノ様には噂を否定する機会がなかったのだ。
でも、ゼノ様だって王都の学園で数年を過ごしたのだから、噂が嘘だと知っている人は大勢いたはずである。例えば、エヴェラルド殿下のように。
ではなぜ、あんな根も葉もない噂が、王都で横行していたのか。
そこに何やら悪意めいたものを感じてしまうのは、私だけではないはずである。
「ゼノ様にとってはさほど気にならない些細な噂だとしても、やっぱりこのままでいいとは思えません。ゼノ様のためにも、辺境伯家の名誉のためにも、誤りはしっかりと正すべきですよ」
ふんすと鼻息も荒く話す私に、ゼノ様は面白いほどパッと目を輝かせる。
「リアは俺のためを想って、そんなことを言ってくれるの?」
「当たり前です」
「もう、リア可愛い。可愛すぎる。大好き。このまま押し倒していい?」
「……ダメに決まってるでしょう!」
◇・◇・◇
そんなこんなで、建国記念祭の夜会当日。
久しぶりに会えた家族は、私たちの結婚を心から祝福してくれた。
「本当はね、殿下からラグビルド辺境伯の想いを予めお聞きしていたの。あなたにもそれを伝えて安心させてあげたかったのだけど、『大事なことは辺境伯本人に言わせたいから、黙っていてくれないか』と殿下にお願いされてしまって……。だから肝心なことは、何も言えなかったのよ」
そんなことだろうと思っていましたよ、お母様。
私たちの結婚の立役者であり功労者でもあるエヴェラルド殿下は、得意満面でゼノ様の(怪我をした)左肩をバシバシと叩いた(わざとなのか?)。
「いやー、我ながら、いい仕事をしたと思うんだけど。どう?」
「殿下のご厚情には、感謝してもしきれませんよ」
「学園時代は硬派で武骨なイメージしかなかったあのゼノが、ここまで夫人にメロメロとはねえ。いいものを見させてもらったよ」
「うるさいです、殿下」
殿下とゼノ様は不思議と馬が合うらしく、学園時代はよく行動をともにしていたらしい。
ゼノ様の密やかな片想いにいち早く気付いたのも、殿下だったんだとか。
若かりし頃の微笑ましいエピソードを嬉々として披露する殿下に、「あー、もういい加減にしてくれよ」なんて砕けた口調で抗議するゼノ様が、ちょっと新鮮だった。
和やかな雰囲気が続く中、私とゼノ様はここぞとばかりにたくさんの貴族たちと顔を合わせ、直接言葉を交わすことに専念した。
ゼノ様の真の姿を見せつけるためである。
挨拶に来たゼノ様を見て驚く貴族もそうでない貴族もいたけれど、とにかく私たちはにこやかな笑顔を振りまき、友好的な空気感を演出し、あの噂が根も葉もない嘘であることを暗に主張し続けた。
そうすることで、悪質な噂の沈静化を図ったのである。
ところが――。
ひと通り挨拶を終え、化粧室に行こうと一人で廊下に出た瞬間、いきなりぐい、と腕をつかまれたのだ。
「え!?」
そのまま私を柱の陰まで強引に引き込んだのは、なんと元婚約者マリヌスだった。
「ちょ、ちょっ――」
「アウレリア、私が悪かった! 謝るから、もう一度私と婚約してくれないか!?」
「……はあ?」
お久しぶりのマリヌス登場ですが、次話で完結です……!




