13 甘い夜
マルティナ様の二度目の襲撃を退けたその夜。
「そろそろ一緒のベッドで寝てもいいんじゃない?」
ゼノ様が、無邪気な笑顔でそう言った。
実は、ゼノ様が魔獣討伐で瀕死の重傷を負って以降、私たちは同じベッドを使っていない。
意識を失ったままのゼノ様を看病している間、私は寝室のソファで仮眠程度にしか眠っていなかったし、意識が戻ってからも大怪我をしているゼノ様と同じベッドで寝るなんてさすがに憚られたから、自室のベッドで眠るようにしていたのだ。
それに、自分の気持ちを自覚してからというもの、私はゼノ様に対してどう接すればいいのか正直わからなくなっていた。
正確にいうと、これまでどんなふうにしていたかが、全然思い出せない。自然に振る舞うことができず、常に微妙な距離を保ち、挙動不審な態度で過ごす毎日。
多分、ゼノ様も「なんか変だな」くらいには思っていたと思う。
でも、考えてみてほしい。
ほとばしる私への想いを一切隠さないゼノ様は、それでも私の気持ちを尊重して無理やり手を出すようなことはせず、『待て』を続けている状態である。
そんなゼノ様が、私のほうもいつのまにかゼノ様を好きになっていた、と知ったらどうなるか。
両想い=『待て』の解除=初夜決行=いよいよ抱き潰される
なんてことを考えてしまったら、挙動不審になるのも仕方なくない……!!??
だって、ゼノ様のことは好きだけど、その、抱き潰される覚悟まではできてないんだもの! だいたい、抱き潰されるって、どういうことなの!? 何が起こって、どうなっちゃうの!?
はっきりとしたことはよくわからないけど、持てる知識を総動員して想像すれば、恐らくは体力の消耗著しい結果になるのだろうし、だったらまだ病み上がりで傷も治り切っていないゼノ様には自重してもらいたいし、それなら私の気持ちはまだ伝えないほうがいいような気もするし、でも気持ちを自覚しちゃったら「好き」が溢れ出て止まらないし、そんなことをもう無限ループのように、一人で悶々と考え続けていたら挙動不審になるのも当たり前である。
平常心を保つのが、これほど難しいとは……!!
「……リア?」
気づいたら、ゼノ様が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「リア、最近ちょっと変じゃない? 俺のこと避けてる?」
「い、いえ、そんなことは……!」
と言いつつ、目を合わせられない。
だって、近いんだもの!
「もしかして、怒ってるの? 俺、なんかしちゃった?」
「お、怒ってなど……」
「じゃあ、どうしたの?」
ゼノ様のガーネット色の瞳が、真っすぐに私を見つめている。
その瞳があまりにもきれいで、優しげで、愛が溢れていて、ついつい見惚れてしまう。
そして心の底から、この人が好きだと実感してしまう。
――――でも実感しちゃったらもう、ダメだった。
「え、リア、顔が真っ赤だけど? 大丈夫? 熱でもあるの?」
「な、ないです!」
「でも、顔が……」
「気のせいです!」
そんなわけはない。自分でもわかる。異常なくらい、顔が真っ赤になっている。
それを隠すように背を向けると、私に対してだけ過剰なほどの心配性を発揮するゼノ様が、今度は後ろから私の顔を覗き込む。
「リア、どうしたの? 何かあるなら、言って?」
「……ないです、何も……」
「そんなわけないよね? 俺が気づかないとでも思ってるの?」
「それは……」
「……もしかして、俺との結婚がもう嫌になったんじゃない?」
予想だにしない言葉が耳に飛び込んできて、私は咄嗟にゼノ様を見返した。
ゼノ様は切なそうに、薄く笑っている。
「嫁いですぐに魔獣のスタンピードが起こったから怖かったと思うし、俺やグイドの傷を見るのだって初めてで気持ち悪かっただろうし、こんな野蛮で危険な領地になんか来たくなかったって思ったんじゃない? 俺と結婚したのは、失敗だったって――」
「それはないです」
つい、食いぎみに否定してしまった。
だって、それは絶対に、ない。
「そりゃあ、スタンピードに関しては驚きましたし怖かったですけど、ここはそういう土地なのですから当たり前のことでしょう? グイド様の怪我だってゼノ様の傷だって、はじめはびっくりしましたけどもう慣れました。だいたい、あなたの傷口に毎日薬を塗っていたのは私なのですよ? さすがに慣れます」
きっぱり言い切ると、ゼノ様は呆気に取られながらもホッとしたのか、少しだけ頬を緩める。
「……俺が嫌になったわけじゃないんだ……?」
「当たり前です。むしろ――」
そこまで言いかけて、私は慌てて口を噤んだ。
でも、私に関すること全般においてすこぶる目敏いゼノ様が、それを見逃すはずもなく。
「むしろ、なに……?」
期待と不安に彩られた視線に射抜かれ、身動きができない。
「リア、言って?」
「え……」
「『むしろ』のあと、何て言おうとしたの?」
「それは、その……」
もごもごと言い淀み、うろうろと視線を彷徨わせ、ぐずぐずと躊躇う私を、ゼノ様はじっと見据えている。
気まずさに目を逸らしたまま、ようやく観念した私はゆっくりと口を開いた。
「…………私も、ゼノ様を、お慕い――」
最後まで言い切ることは、できなかった。
なぜなら、目の前のゼノ様に強い力で抱き寄せられ、がっしりと後頭部に手を添えられ、問答無用で唇を塞がれてしまったから。
ゼノ様の口づけは甘く激しく、ついばむような軽いキスを繰り返したかと思えば、執拗なまでに何度も何度も角度を変えて唇を重ね合わせ、それは次第に深くなって、私の思考もうっとりと溶けていく。
「リア、ほんとに好き。大好き。愛してる」
一度唇を離したゼノ様はそうささやいて、また貪るようなキスを続ける。
私はまったく抵抗することができず、なす術もなく体中の力が抜けていく。
そうして息も絶え絶えになった頃、ゼノ様は突然私を横抱きにすると、そのままベッドの上にぽすん、と寝かせた。
「リア……」
熱を孕んだ艶っぽい声が、耳元をくすぐる。
ぶるりと身悶えすると、またついばむような甘いキスが至るところに降ってくる。
このまま身も心も委ねてしまえば――――
と、とろけた頭で一瞬考えた私は、すんでのところで我に返った。
「ちょ、ゼ、ゼノ様……!」
ゼノ様は答えない。
キスで私の体を愛でることに夢中である。
「ゼノ様ってば!」
胸を押し返したり背中を叩いたりしてもびくともしないゼノ様に焦った私は、思い切り大声で叫んだ。
「ゼノ様! 『待て』!」
「……へ?」
「い、一旦、落ち着きましょう!」
緩んだ拘束からいち早く抜け出て距離を取ると、ゼノ様は不服そうに口を尖らせる。
「なんで? リアも俺のことを好きになってくれたんだろう? じゃあもう待たなくてもよくない?」
「ダ、ダメです! まだ病み上がりなんだから、自重しないと!」
「えー、やだ。自重したくない」
「せっかく傷口が治りかけてきたのに、また開いちゃったらどうするんですか!?」
「そのときはそのときってことで」
「はあ!?」
「ごめん、もう無理。やめられないしやめたくない。リアが嫌なら、我慢するけど」
「嫌、というわけでは……」
うっかり本音が漏れてしまって、またかーっと顔中に熱が集まってくる。
「リア、可愛すぎるんだけど。俺を殺す気なの?」
「はい?」
「そんな可愛い顔されたら、我慢できるものもできなくなっちゃうよ」
「いや、はじめから我慢する気なんてなかったでしょう!?」
「うん。ない」
「ダ、ダメですよ! 私はあなたの体を心配して言ってるんです!」
「こんなときでも俺のことを心配してくれるの? うれしすぎるんだけど。リア大好き。もう放さない。愛してる」
「ちょ、ちょっと! ゼノ様!」
そのまま私の体を柔らかく押し倒したゼノ様は、唇を塞ぐことで私の言葉を甘く閉じ込め、思う存分、心ゆくまで、私を翻弄し続けたのだった。
……もちろん、治りかけていた傷がまた開いてしまって、医者に散々怒られたことは言うまでもない。
ゼノは有言実行の男です(笑)
残り二話で完結します!




