12 再び徹底的に叩き潰す
ゼノ様は私を庇うようにすっと前に出ると、マルティナ様に対峙した。
その目は、憤怒とも憎悪ともいえる激しい感情がむき出しになっている。
「ここへは二度と足を踏み入れるなと言ったはずだが?」
絶対零度のゼノ様の声に、マルティナ様は怯みながらも言葉を返そうと躍起になった。
「だ、だって、ゼノの意識が戻ったって聞いたから、居ても立っても居られなかったのよ! 大事な従兄を心配して駆けつけるのは、当然のことでしょう!?」
必死に言い募るマルティナ様に対して、ゼノ様はふっと笑う。
とても、腹立たしげに。
「大事な従兄? 笑わせるな。俺はとっくに、お前との縁など切ったつもりだったんだがな」
「な、なに言ってるのよ。縁を切るだなんて、そんなこと……」
「リアを傷つけた時点で、お前は俺にとって到底許すことのできない忌むべき存在になったんだ。あのとき散々言い聞かせてやったってのに、お前には人間の言葉が通じないのか?」
うぅ、し、辛辣すぎる……!
聞いているこっちが居たたまれないくらい、ゼノ様の怒髪天モードは止まらない。
「わ、私はただ、ゼノのことが心配で――!」
「何が『心配』だよ。お前、俺の意識がない間もしれっとこの城に現れて、リアに暴言を吐きまくったんだってな」
その言葉に、私は驚いた。
だって、私はマルティナ様が来たことなど、一切ゼノ様に伝えていないのだから。
どこでどうやって知ったのだろうと不思議に思う私を背中で守りつつ、ゼノ様は容赦なくマルティナ様を追い詰める。
「辺境伯であるこの俺の警告を無視して平然と城に足を踏み入れる厚かましさにも呆れるが、それ以上に辺境伯夫人として敬うべきリアのことを疫病神呼ばわりするとはいったいどういう了見なんだ?」
「え……」
「しかも、リアが辺境伯領にきたせいで俺が魔獣にやられただの、だからさっさと出て行けだの、ひどい言いがかりをつけてくれたそうじゃないか。マジで聞くけど、お前の頭の中ってほんとどうなってんの?」
「どうなってんの?」と聞かれて「こうなってます」と見せるわけにもいかず(当たり前)、マルティナ様はぐっと唇を噛みしめている。
「あと、なんだっけ? あ、そうそう。リアがこなければ、お前が俺と結婚して辺境伯夫人になる予定だったんだって? 俺、初耳なんだけど。悪かったなー、お前の野望を阻止しちまって」
もはや怒りを通り越し、嘲りを含んだ冷淡な笑みを浮かべるゼノ様。
対するマルティナ様は、恐らく一番知られたくなかったことを知られてしまった事実に戦慄し、わなわなと震えている。
こうなるともう、誰かがマルティナ様のあのときの言葉を、一言一句漏らすことなくゼノ様に伝えたのだろうと想像できてしまう。
もしやと思ってリーンに目を向けると、とぼけた顔をしながらもどことなく得意げだった。しかも驚いたことに、マルティナ様を引き止めようとしていたバートも淡々とした様子ながら、なぜか納得の表情である。
「な、何を言ってるのか、私にはさっぱり……」
しかしここまできても、マルティナ様は知らぬ存ぜぬを貫こうとした。
ただ、『鬼神』と呼ばれる辺境伯に対して、それは悪手中の悪手でしかない。
「俺が寝ている間の話だからどうせバレない、とでも思ってるのか? 見くびられたもんだな」
「違うわよ! そんなの、どうせまたアウレリア様からすべて聞いたとでもいうのでしょう!? その人の言い分だけを鵜呑みにするなんて、おかしいわよ!」
「リアはお前のことなんか一言も言ってねえよ。リア以外の何人もの人間が、お前の愚行をこぞって教えてくれたんだ。残念ながら、もうこの城にお前の味方はいないんだよ」
非情で無慈悲な宣告に、マルティナ様は色を失う。
「マルティナ。俺の警告を軽んじたお前に、情状酌量の余地はない。黙って伯爵家に帰って、沙汰を待つんだな」
「……は? どういう意味よ……?」
「ラグヒルド辺境伯家は、プリスカ伯爵家に対して正式に抗議し謝罪を求める。辺境伯夫人を不当に貶め、侮辱した罪はきっちり償ってもらうぞ」
「……ちょ、ちょっと待って。それって……」
「プリスカ伯爵家がどんな判断を下すのか、楽しみだな」
「ま、待ってよ、ゼノ! ゼノってば!」
慌てた様子で駆け寄ろうとしたマルティナ様は、使用人たちによってあえなくその動きを封じられてしまった。
彼女の悲痛な叫び声にもまったく動じることなく、ゼノ様はくるりと振り返ってにっこりと微笑む。
「戻ろっか」
「……いいのですか?」
「あとで正式な抗議文書を送るから。大丈夫」
「いえ、その、プリスカ伯爵家は親戚なわけですし、無益な争いは避けられたほうが……」
ラグヒルド辺境伯家とプリスカ伯爵家は、親戚というだけでなく領地も近い。
おまけに、辺境伯騎士団の副団長はプリスカ伯爵家の次男グイド様である。
単なる親戚という言葉では片づけられない間柄の伯爵家に対し、正式に抗議の意を表明すれば事を荒立て騒ぎを大きくすることにもなりかねない。謝罪を求めるということはマルティナ様に何らかの処罰を求めるという意味にもなるわけで、両家の関係に亀裂が生じてもおかしくはない。
そんな私の懸念を察してか、ゼノ様は軽い調子でこう言った。
「伯母上はともかく、プリスカ伯爵も跡を継ぐ予定の長男も、至ってまともな人だからね。マルティナのやったことを客観的な証拠もそろえて説明すれば、然るべき措置を取ってくれると思うよ」
「でも、そうなると両家の仲はどうなるのですか? グイド様の立場だって……」
「いや、むしろグイドがそうしろって言ったんだ」
思いがけないその答えに、私はつい「え?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「この前マルティナとやり合ったあと、グイドにも全部話したんだよ。そしたらあいつが、これまで俺には話してなかったことを洗いざらい教えてくれて」
グイド様の話によると、マルティナ様がゼノ様に恋情を抱き、いずれ辺境伯家に嫁ぐつもりで虎視眈々と狙っていたことを、実はプリスカ伯爵家の全員が知っていたという。
ただ、グイド様は、ゼノ様が私に一途な想いを抱いてどうしようもないほど恋い焦がれていると知っていたから、マルティナ様の気持ちが届くことはないだろうとも思っていた。それは、グイド様の話を聞いたプリスカ伯爵も跡継ぎである長男も、同様の見解だったらしい。
ところがマルティナ様は、「諦めたほうがいい」というグイド様の忠告に耳を貸さなかった。
そしてゼノ様の伯母にあたる伯爵夫人も、マルティナ様の想いを後押しするだけにとどまらず、いろいろと悪知恵を吹き込んでは言葉巧みに娘をそそのかしていた。
そんなわけで、伯爵家は男性陣と女性陣とで意見の対立が生じ、なんともギスギスした雰囲気が充満していたというのだ。
「俺の意識がないときにマルティナが来た話も、グイドから直接聞いたんだ。まあ、教えてくれたのはグイドだけじゃないけどさ。でもグイドはマルティナの言い分に心底呆れたらしくて、今度何かあったら大ごとにしてくれていい、そのほうがあいつのためだって言ってたんだよ」
「……そうだったのですね……」
結果として、ゼノ様はそのあとすぐにプリスカ伯爵家に対して正式な抗議文書を送りつけた。
そこには、マルティナ様の傲慢不遜な所業の数々が複数の証言とともに記されていただけでなく、伯爵家として妥当な処遇――「処罰」ともいう――を提示できなければ両家の絶縁も辞さない、というだいぶ脅迫めいた文言もあった。
抗議文を受け取ったプリスカ伯爵家の対応は早く、公に謝罪の意を示してくれたうえ、マルティナ様を早々に他家へ嫁がせることを決めたらしい。
ある意味過酷な処罰ともいえるその意外な嫁ぎ先を知るのは、もう少しあとの話である。
誤字報告、ありがとうございます!




