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碧色の泉  作者: 比世
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第九話

 はあ、良かった。とりあえず父さんと母さんを助けられたし、まあ、陛下も適当にやってくれる事だろう。あとは、フォリニ伯爵がどうなるか……。



「わっ、若様っ!」

 後ろから駆けてきた家臣の姿。

「ベルナルド……?」

 手は血に塗れ、腹から出血している。

「早く、早くお逃げください……!」

「どうした、この怪我は!」

「民の心が、王に向き始めました……しかし、その腹いせに、首謀者のフォリニ伯爵が、若様を殺そうとしているのです!

「俺を……!?」

「さあ、お早く!」






 何故だ何故だ。ああ、どこから漏れた!


 我が国の貴族と商家には因縁が付き物だ。そもそもフォリニ家と我が家はあまり関係が良くない……ああ、尚更だ。奴は、伯爵は、何かにつけ我がヴァラノ家を突いてくる。奴にとって、ヴァラノは目障りだという。家同士の昔からの因縁が残り続けているらしい。


 そして今のこれだ。奴にとっては極めつけだろう。


 憎きヴァラノの息子が、己の計画を台無しにしたと来たら、殺しに来るのは言わずもがなだ。ああ、下手を打ったな。



 酷い怒声と、銃声が聞こえる。森に、とりあえず森に逃げ込もう。

「はあ、はあ……きつい……」

 ああ、駄目だ。完全に息が上がっている。くらくらする。身体能力だけは、俺は駄目駄目なんだ。


 こんなことなら、剣術と格闘術の授業をサボらなければ良かった。他の教科が優秀すぎて何の支障もなかった所為で……いや、そもそもこんな揉め事に手を出さなければ良かったことだ。



 ああ、俺のお人好しが出てしまったばっかりに!



 反乱の影響で、何処の病院も負傷者で溢れていた。


 セーラが居るサン・アウレオ病院も例外ではなかった。廊下や中庭にも患者が横たわっている。薬や汗、血の匂いが充満。セーラ達は休みなく動き回っていた。


 そんな時。


「ちょ、ちょっと! やめて、やめてください」

 同僚のキアーラが困惑している。

「どうしたの?」

「この人が、何か、引っ張ってくるの」

 見ると、血の色が付いた手で服を掴む男。

「何か、伝えたいことがあるのかも」

 顔を近づけ、問いかける。

「どうされましたか?」

「わ、わ……」

「え?」

「わか、さま……」

「若、さま?」

「もしかして……。セーラ、これ見て」

「……?」

「紋章よ。……多分、ヴァラノ家の」

「ヴァラノ家の!?」



 ヴァラノ家の、若さま、若君? もしかして、



「あの、もしかしてアルヴィーゼさんが、危険な状況に置かれてるんですか?」

 力強い頷き。

「彼は今、何処に?」

「……もり、」

「森……近くの森って、」

「セルヴァの、湖の傍の森しかないわ。でも、わたしたちには……。え、セーラ? ちょっと、何をするつもりなの?」

「わたし、行かないと、」


 手に持っていた布を握りしめ、セーラは駆けていく。

「え? ちょっと、一人で行くつもり? ちょっと、セーラ!」



 その時、叫び声が俺の背中を突いた。



「居たぞ!」

「アルヴィーゼ・ヴァラノだ!」

「待て!!」



 轟音が耳を聾す。途端に身体が崩れた。



 あれ、肩が変だ。おかしい。力が入らない。それに、

「ああっ、ひっ、うっ……」

 痛い、痛いなんてもんじゃない、何だ、何だ、何なんだよこれ、



 まさか、撃たれた? これが銃弾というものか?



 背中は熱せられ、それなのに、悪寒がする、

 本当の本当にまずいかもしれない、



 動けずにいると、二発目が撃ち込まれた。今度は、腰に焼かれるような痛みが走った。

「いっ……ああっ……」

 体が重くて必死に動いているはずなのに、動かない。倒れ込み、必死に木陰に隠れる。



 手も地面も血塗れだ。暫くすると、辺りは静かになった。



 俺の名前を呼ぶ声がする。




 冗談抜きで今にも死にそうだ。ああ、こんな所で死ぬなんて、柄じゃあ無いのに。幻聴まで聞こえるなんて。もう俺は駄目だな。こんな、所で、終わる人生だったのか。


 結構、頑張ってきたつもりだったのにな。悪事を働いた訳でもないし、どちらかと言うと良いことをしてきたつもりだった……。ちょっと人に対して偉そうにした事もあったかもしれないけど。だけどこんな報い、ないだろ。まだ、やりたい事も成し遂げたいこともある、まだ、死ぬには、早過ぎないか。どうして、どうして俺がこんな目に、痛い、苦しい……俺が何をしたって、言うんだ、ああ、どうしてなんだ……。



 もう、死ぬのか。視界が霞んで、泉のように清らかな色が見える。これが死ぬ前の景色なのか。



 ふと、あの娘の顔が浮かんだ。



 いつも、碧色の空間で静かに佇む彼女。初めて会った時からずっと惹かれて、今までずっと。彼女にはかけがえのない想い人がいて、最後まで、俺には振り向いてくれなかったけど、傍にいられて、本当に幸せだったな。



 でも、気づいてほしかった、俺が君にどんな気持ちを抱いているのか、届かないままで死ぬなんて、思いもしなかった、伝えればよかった、悔いても悔いても、どうしようもないんだ、





 ああ、また、一度でいいから、会いたかっ、

 




「──アルヴィーゼ!!」

「え?」

 そこで意識がはっきりした。間違いない。あの娘の、セーラの声がする。




 本当に声が、聞こえる。




 思わずアルヴィーゼは叫んだ。

「セーラ! 居るのかい? ……っ、セーラ!」

 叫ぶ度、傷が痛んだが、無我夢中であの娘の名前を叫んでいた。

「アルヴィーゼさん! あっ、いた!」

「セーラ、どうして……此処、に……」

 セーラはアルヴィーゼを前に屈む。

「なんて酷い怪我……もしかして、撃たれて……。あっ、すぐに止血を!」

「早く、離れるんだ……。此処は危ない……もう、俺は駄目だから……早く、此処を離れて……」

「馬鹿なこと言わないで! ここを出て、ちゃんと生きるんです!」

「セーラ……」


 セーラは少し声を落とした。

「どうか、お願いです。……あなたは生きて」

「……っ、」

「少し痛みますよ、我慢してくださいね」

「うっ……ああ……」

「……やっぱり、酷い怪我」


 時間が経つ程に、出血は進んでしまう。いつまでも此処にいる訳にはいかない。

「立ち上がれますか?」

「何……とか」

 セーラが体を支える。

「ごめんね、重いでしょ」

「わたしの力が弱いだけです。あまり喋らないで、体力を消耗させないように……」

 アルヴィーゼは素直に頷いた。




「セーラ! 良かった、見つけたわ。突然出ていくから……あ、その人、」

 追いかけてきたキアーラ。安堵と共に、セーラはキアーラに頼んだ。

「直ぐに先生を、それと……大きな布を、運ぶための布を、早くお願い!」

「えっ、わ、分かったわ!」

「アルヴィーゼさん、大丈夫ですか?」

 意識がなくなってきた。横に寝かせ、脈を取る。

「弱い……どうしよう……」

 周りを見回す。


 今のところ、危険は迫っていない。きっと、大丈夫。大丈夫だから。絶対に、助ける。助けるの。



「セーラ! 来たわよ!」

「ありがとう、ありがとう……」

「なんて事ないわよ、早く助けないとでしょ」

 セーラは頷き、アルヴィーゼを共に運んでいった。


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