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碧色の泉  作者: 比世
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第八話

 夜明け頃、微かに朝日が光差す時。


 扉が微かに開き、王は寝台の上で身構えた。

「失礼しますっと……ああ、大丈夫ですよ。俺は敵じゃあないので」

「何者だ」

「おお……殺気立ってますねえ。ああ、あんまり動かないでください。傷は浅いとはいえ、刺されたんですから。俺は、アルヴィーゼ・ヴァラノです。ヴァラノの名くらいは知っていると思いますが」

「ヴァラノ家は、商家の筆頭……」

「少しは信用できましたか? まあ、何でもいいんですけど。えっとなんて言ったかな、ああ、メルリーノ女史に頼まれて来たんですよ、貴方を助けて欲しい、ってね」

「メルリーノ……が」

「忠義に厚い臣下をお持ちのようで」


 アルヴィーゼは周りを見回す。

「……一旦は此処でいいとして、フォリニの連中は、随分元気だから此処もいつ露呈するか」

 王は視線を逸らす。

「ああ、そうだ、街にこんな物が落ちていましてね。読んで差し上げましょうか」


 アルヴィーゼの手に、一枚の紙。


「何なに、『――王はお前達を救えない。お前達民の窮苦は王家の罪悪に拠るもの。さあ今こそ王を殺せ。全ての元凶を滅ぼす時だ。』……ですって。はあ、散々な謂れようですね」

「……」

(だんま)りですか」

「……何がしたい。君に、私の何が解ると言うんだ」

「ええ、ええ! 分かりませんよ! 他人の心の内なんて知るものですか! そんなもの、知ろうとも思いませんし、知りたくもありませんね!」

「なっ……」

「王家が滅亡しようとどうなろうと、私の預かり知るところでは無いのでね。王制はいけ好かないし、私にはご立派な愛国心だって備わっていませんよ。……でも。この国には、大勢の民が居る。不本意だろうがなんだろうが、王という責任を担ったなら、最後まで果たすのが、筋ってもんじゃあないんですか!」

 王は瞬き、俯いた。

「自分の地位にかこつけて民を虐げる奴も嫌いですけどねえ、俺は、責任逃れしてる奴が一番嫌いなんですよ!」

「……それは」

「それで、貴方は逃げるんですか? 民を恐れ尻尾を巻いて逃げた……こんな滑稽な王、末代まで語り草になるでしょうねえ」

「貴様っ!」

 王が立ち上がり、アルヴィーゼの胸ぐらを掴む。だが、アルヴィーゼは動じない。

「こんな気力が残ってるなら、この事態を、王として収めれば、いいんじゃあありませんか」

「簡単に言うな」


 手を離し、王は俯いた。


「ええ、簡単な事は言ってませんよ」

「どうすれば……いい、どうすれば、いいのだ」

「結局人任せですか? はあ……。例えば、まあ例えばですけど。王自ら人々の前に出てみたらいいのでは」

「そ、そんなことをすれば、私は……殺される、」

「そうですね。何処かに逃げて怯えながら暮らして遂には死を迎える……それか、潔く民に身を捧げる、か。まあでも二択ではありませんよ。ですが、逃げるなんてのは一時的な手段にしかなりません。根本的な解決にはならないんですよ」

「そんなの……」

「貴方は、本当は逃げたいわけじゃあないんでしょう?」

 王は息を呑んだ。

「国の為に働きたかった。でも、阻まれ尽くされて、気力を失った。違いますか?」

「……っ」

「今。何もせず民に向き合わなくてこの先後悔しませんか?」


 溜息を吐くアルヴィーゼ。


「王として上からやたらめったらに命令したって民の心は変わりません。変えられませんよ」

 アルヴィーゼの瞳が確かに王を捉える。

「ご自身で決めてください、これからどうするのかは。俺は頼まれて来ているので貴方がどうなろうと一向に構わないんですが。まあ少なくとも……貴方を助けたいと思う人が存在していることは、気に留めてもいいんじゃあありませんか」



 光の広場。いつもは市場が開かれ、明るく賑わう場所だが、今は薄暗く、立ち騒ぐ民衆達。その波に紛れ、中心に向かっていく。


 誰にも気づかれていない。本当に、民は、俺の顔を知らないのか。こんな、こんな王は、お飾りもいい所だ。



 今こそ、進み出よう。この身が、果てようとも。



「……わ、」

 王は言い吃る。

「私は、オルランド・リアレ……そなたらの王である」

 その瞬間に熱気が一気に此方へ向けられた。


「王だと!?」「殺せ殺せ!」

「聞いてくれないか! 私の話を……」

「誰が聞くか!」「ふざけるな!」


 その時、石が飛んできた。額に当たり、流血する。

「陛下っ!」

「……っ、大丈夫だ。続ける」

「ですが……」

 震える足を立ち上がらせ、顔を向け、王は叫ぶ。

「私の命は! そなたたちの物だ。好きに、して良い。だが、その前に。少し聞いて欲しい……」

「黙れ!」「早く捕えろ!」

「――私は、私は商人だった!」

 言葉の驚きに、一瞬、熱気が(ほど)けた。

「彼奴何言ってんだ……?」

「商人……?」



 王のその表情(かお)の切実さ。途端、民の中の数人が、驚きの表情を浮かべた。



「私は商人として、生きていた。私は……王家から逃げた身だ。私は、王族として恩恵を受けておきながら、その務めを放棄した。兄弟達が王位を巡って争うのをずっと目の前で見てきて、嫌気が差した。だから、王家から逃れ、地位を捨て、商人として生きる、人生を得た。これが本当の人生だと思った。あの頃の私は、()()()()()

 唇を震わせる王。

「何の皮肉だろう。私への罰だろうか。我が兄弟たちが殺しあってまでも求めた王座が、私の元に降った。初めは、義務感や正義感なんてものに駆られて、王の職務を立派に務めようとそう思っていた。だが、私が成すこと全て、阻止された。従順な傀儡を求められていただけだったのだ。それからの私は、王として、死んでいた……」


 唇を噛み、きっと前を向く。


「そなたたちが望むのなら、私は、喜んで……死のう。もう、私は……覚悟を、決めた。だがその前に、この国の惨状を放っておく訳にはいかない。私はお飾りだろうと、王の位を受けた者だ。王として、最期の悪足掻きをする。フォリニ伯爵とその仲間とは、これからずっとそなたたちを苦しめることになる。王家と市井、どちらも知った私には、分かる。だから、だから……どうか、皆踏み止まってくれ。彼等に、懸けて良いのか、どうか。今一度、考えてくれ」



 王の姿に、数人の商人達が酷く動揺していた。

「あれって……まさか、そんなはず」



 ある時、忽然と消えた商人の仲間。毎日顔を合わせていた。間違えるはずがない。何てことだ。……彼奴が、この国の王となっていたことに、今気付くとは。


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